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プロローグ2

「時間なので戻りますね」

 先生がきたので紡の席の近くにいた葵は、自分の席に戻る。席は廊下側から数えて2列目の前から4番目なので紡の席から遠い。葵が戻ったのでそれにつられて雅人も紡を一度睨んでから席に戻る。しかし、紡は人の顔を見ないので睨まれたことには気が付かなかった。


「ごめんね。あいつやつあたりしてて。」

 薫は紡に近付きそういった。彼女は窓側から2列目の一番後ろの席なので紡の席とすれ違うのだ。


「…いえ?」

 やつあたりとはなんでだろう。

 紡は密かに心に思う。


 キーンコーンカーンコーン…。

 少しして、チャイムが時間の訪れを告げた。SHRの始まりだ。


「起立。礼」

 クラス委員の号令の声がチャイムとともに教室に行き渡る。

 一日の半分が過ぎ、お昼の時間が訪れたのだ。


「紡君!一緒にお昼食べませんか!」

 葵は礼をしたあと、すぐに紡の席に近寄った。

「…あ、いや…ごめん…。これからいく所があるから…」


 いく所とは学校内にある購買部だ。そこでいつも紡は昼食を買い、一人で人目のない場所で食べるのだ。

 だが、購買部で買って教室に戻るのには10分もかからない。昼食の誘いを断る理由にしては弱いだろう。


 誘いを断るには理由がある。スクールカーストの高い葵と昼食を取ると、クラスで視線の海に晒されてしまう。それは嫌だし、葵はいつも一緒に目立つ3人と食べているので、その中で食べる勇気もなかった。

 食事はあまり親しくない人と一緒のテーブルで食べたくないというのは紡の常々思っていることだ。

(…自分も食事を美味しく取れないし、他の3人も自分と一緒だと嫌だろうし)


 いつもはこれで葵は諦めるのだが、今日は違った。


「…今日もですか?それでは紡君の用事が終わるのを待っていますね!」

「………え…。待ってなくていいよ…!」

「いえ!一緒にお昼を食べたいのでいつまでも待ちますよ!」

 どうしようと紡は思った。断るのは簡単だ。ただ一言「あなたと一緒に食事をするのは嫌です」とでも言えばいい。

 しかし、それでは葵を傷つけてしまうので論外だ。だからといってそれ以外にいい断り文句が紡はすぐに思いつかなかった。


「…分かったよ。それならどこで食べる…?」

 紡のその言葉に葵は顔を輝かせ、「食堂にしましょう!」と言った。

「わかった。…少し待ってて。…先に食べててもいいけれど」

「はい!食堂で待ってますね!」

 どうやら紡の先に食べててもいいよ発言はスルーされたらしい。

 紡は教室の時計を見て、(まだ昼休みは終わらないな…)と心の中でため息をついた。


 購買部に行き、生徒にパサパサで飲み物がないと食えないと評判のコッペパンを買う。紡的には確かに飲み物が欲しくなるけれど、味は悪くないと思うので毎日買っているものだ。

 だいたいの生徒は人気の惣菜パンがなくなったから仕方なく我慢して買うらしい。値段は他と比べ安く100円でそこそこ量がある。


 それから、学校内にある食堂に覚悟して行く。

 食堂にも食べ物は当然売っているが購買より高く、利用する生徒は昼食を持ってきていないものの半分が購買部で買い、もう半分は食堂で買うのだ。


 長机がいくつか連なっていて入り口から見て奥の方に葵達4人がいる。葵の他に3人いるのを確認して紡は胃がキリキリするのを感じた。葵だけでなく4人は律儀にも食べずに待っていたようだ。


「…ごめん。待った…?」

 紡の中性的な声を聞き、葵は笑顔を向ける。

「いえ、全然待ってませんよ!…なんというかデートの待ちあわせしたみたいな会話ですね!」

「?そうかな…」


 葵はそう言ってから紡に自分の席の隣に誘導したあと、机の上に用意していた弁当の蓋をあけ、自分の言ったデートみたいだという発言に急に恥ずかしくなった。

(…デートの待ち合わせ……紡君と…デート)

 顔を赤くしてニヤニヤし始めた葵に人の顔を見ない紡は気付かないが、雅人は気付いた。


「…デートの待ち合わせだったら普通は男が女を待つものだけどな」

 雅人は嫌味らしくそう呟くが紡は気にした様子を見せずに手を合わせたあと、パンの袋を剥ぎ、一口齧りついていた。


「紡君は初めから食べてていいと言っていました。どうして四季君はそう口を挟むんですか?」

 雅人は葵に見つめられる。綺麗な青が混じる葵の瞳に見つめられたいと、雅人は思っていたが、こんな理由で見つめられると居心地が悪い。

(だいたい葵が毎日昼食を誘うのを断る癖して、今日は何故誘いに乗ったんだ!…それに、葵の隣は俺の席のはずだ!)


 今回、いつもの如く葵の隣で昼食を取る気でいた雅人だが、座ろうとした瞬間。「そこは紡君が座ります!」と葵に言われ苦しくも葵の前に座ったのだ。

 いつもは葵の隣に雅人が座り、葵の前に薫が座り、斜めに陽大が座るのだが、今日は葵の隣に紡が座り葵の前を右から薫、雅人、陽大が座っている。紡の前が陽大だ。


 雅人は自分のいらぬ発言が招いた居心地が悪い環境を紡に責任転嫁するように、恨みがましい視線を送る。

(なんか喧嘩してる…?僕のせい…?…それとすごい視線を感じる)


 しかし、紡は視線には気づいてもそこに込められた恨みには気が付かない。そして、30回以上パンを噛んだので飲み込み、また一口齧りつく。

(…やっぱり、僕と一緒じゃない方がよかったんじゃ…?)

 そんな思いも飲み込めたらどんなに心が軽くなるだろうかとかんがえながら。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて、料理が冷めちゃうでしょう。早く食べましょ」

 薫が明るい声でそう言って、鳥なし親子丼なる謎メニューに口を付けた。

 葵と陽大は弁当。薫と雅人は学食メニューだ。

 陽大と紡はすでに食べていたが、ほかの3人はまだ一口も食べていない。


「…そうですね。いただきます」

 葵は手を合わせ食前の儀式をした。雅人は何も言わずに豚バラ肉の薄いかつの乗ったご飯の量がやけに多い丼ぶりをたべ始める。


 まだまだ空気の悪い食事会は始まったばかりだ。


「紡君!見てください!料理、失敗せず作れるようになりましたよ!」

 葵は紡に弁当箱を見せる。玉子焼きにハンバーグ、ほうれん草の胡麻和え、また2つ入っているミニトマトが鮮やかで色のバランスも取れている。


「………そうだね」

 紡はパンを飲み込んでから頷く。葵は小学生の頃の調理実習でカレーを作ったときは、「ゴロゴロ野菜の方が美味しいですよね」とか言って、三等分(ちゃんと三等分出来ていない)で人参、ジャガイモ、玉ねぎを入れた。

 クッキーを作ったときは焼き時間を間違えて黒焦げにしたりしていた。そのときは塩と砂糖も間違えていたらしくしょっぱかったのを紡は覚えている。


「…すごく美味しそうだね」

 そう言ってから紡はパンを齧る。葵は紡の昼食を見る。

「紡君のご飯はそれだけなんですか?」

 パンを齧る紡を気にして葵は呟く。

「……え、うん」

 紡は頷く。


「自分でお弁当作ったりしないんですか?」

 葵は疑問に思ったことを聞く。葵の知っている限り紡は料理が上手い。小学校のときの行事で弁当を持ってきたとき、紡は自分で弁当を作り持ってきていた。

 そのことを聞いた葵はすごいと感心したものだ。そのときは葵と紡は仲がよかったので、物欲しそうに「美味しそうです」と呟いた葵に紡は少し食べさせて上げたりした。

 紡の作ったものは唐揚げと煮っころがしや黒豆の煮物などにインゲンなどで彩りを豊かにしていたが、やけに茶色や黒色が多い弁当だった。そして食べさせてもらったものは美味しかったので、そう聞いたのだ。


「うん…。…面倒臭くって」

 紡は俯きがちの頭で頷きいう。

 紡は面倒臭いと言うが葵には本音で紡が面倒臭いと言っているようには思えなかった。


 葵が弁当を分けてもらったときのおいしいといわれて嬉しそうな紡の顔や、料理を作ることは楽しいと笑った紡が面倒臭いというのは葵には少し違和感を覚えた。それに料理が面倒臭いのなら、小学生のときも自分で弁当など作らないだろう。 


 もっともただ単に料理に飽きたという理由かもしれないが。

(どんな理由にしても紡君の昼食がパンだけなのは変わらない。それなら…)


「紡君のお昼それだけなんですよね…?良かったら私のお弁当のおかず食べてみませんか!」

「…えと、いや、悪いよ…」

「小学生のときに紡君のお弁当を分けてもらったお礼です!」

 そう言って葵は弁当の蓋にハンバーグと玉子焼きとほうれん草の胡麻和えを載せて紡の前に置いた。


(…小学生のときって、そのときは日向さんのおかずも交換したし、そんなに前のことを持ち出さなくても…。それに四季君に穴が開くほど視線を向けられてる気がするし…)

「…あの…そんなにもらったら日向さんの分がなくなるし、僕のことは気にしないで…」

「いえ!大丈夫です!玉子焼き2つでご飯一杯いけます!」

 そう言って葵は玉子焼きを食べた。


「…ホントに悪いから」

 紡はどうすればいいだろうと悩む。

(日向さん、今日はなんかぐいぐいくる)

 少しの間紡は動きを止めた。


「…君は葵の作ったものは食べられないというのか?」

 紡が悩んで動きを止めていると、薄いカツの丼を食べていた雅人が言った。紡は本当に食べたら悪いと思っていたのだが、今の雅人の言い方だと葵の料理を食べるのが嫌だから、適当に理由をつけているように感じる。

「…違うよ…!僕はただ!」

 紡は慌てて弁解しようとした。

「まあいい。君がいらないなら俺がもらうからな」

 しかし、雅人の言葉に遮られてしまい結局は言えなかった。雅人は紡の前に置かれた葵のおかずの乗った弁当の蓋に手を伸ばし、自分の前に置いた。


「四季君!それは紡君にあげたものです!勝手に話を進めないでください!」

「雅人さすがにそんな強引に話を進めるのはどうかと思うわよ」

 葵は雅人の行動に憤りを感じた。薫もそれを咎めた。

「だが、いらないと思っている奴に押し付けるのももったいないだろう?」

 しかし、雅人は自分の行動を省みることはしない。自分の言っていることが間違っているとは思わないのだ。


 雅人の言葉に葵は考えて紡に聞く。

「…紡君。いらなかったですか?私の作ったものは食べたくないですか?」

 葵は紡の顔色を伺う。

(ここは食べたいと言うのが正解なのかな…?でも、そう言ってしまえば日向さんと四季君がまた言い合いしてしまう気がする…。だとすれば、"食べたくない"って言うしか…でも、それはきっと日向さんを傷付けてしまう。'"箸がないので食べられない"という理由はハンバーグに刺さっているピックがあるから食べられなくないし、どう言うのが正解なのかな…?)


 行動に関する正解を求める紡だが、その答えはきっとない。誰かに関わることは、ときに人を苦しめてしまうし、ときに人を嬉しくさせる。

 だが、間違った行動というのはある。それは紡の今の行動だ。物事を考えている間も時間というものは過ぎるもので、考えすぎるあまりだんまりを決める紡の行動は、葵や雅人に嫌な気持ちになって欲しくないと願うのなら間違いだろう。


 紡が黙っているのを見て葵は肩を落とした。


「黙るということはそれが答えじゃないのか?」

 雅人は責め立てるようにそう言ったが、声音とは反対に口元は喜びの色を浮かべていた。紡はその声を聞きハッとした。

「…い………」

 反論しようとしたが、上手い言葉が分からずに結局黙り込んでしまう。


「…すみません。いらなかったですよね。紡君。ごめんなさい…」

 葵は落胆した声で紡に謝った。紡は自分がいるから葵に嫌な思いをさせている。そう思うだけで気分が重くなる。紡の想定していたよりずっと食事会は重い空気が漂っていた。


「…四季君。それ食べていいですよ……」

 葵の落胆具合が異常に凄く、喜色を浮かべていた雅人もさすがに落ち着き、浮かれていた自分を叱りつけたい気分になる。


「あぁ…。ありがとう。頂くよ」

(そうだ。ここは葵の手作りの物を貰って嬉しがっている場合じゃない。葵を励まし、接近するチャンスじゃないか)

 雅人はハンバーグを食べた。

「美味いな!これ!」

 お世辞抜きに雅人は美味しいと感じた。学食の質より量といった薄いかつ丼との対比でそれがさらに顕著に感じられる。


「ありがとな葵!すごく美味いぞ!」

 美味いに美味いを重ねた雅人の言葉に葵は愛想笑いを浮かべた。

「…ありがとうございます」

「全く、これを食べることを拒む人がいるとはな」

 雅人はさらに玉子焼きを食べ呟く。

「おっ!これも美味い。葵は料理上手だな!」


(なんなのこの会話、雅人何言ってるのよ!ちゃっかり嫌味言ってるし、しかも、雅人が余計なことをしなければなんだかんだ言って斉藤君は美味しいと言って食べていたでしょうし、葵が好きなのは分かるけれどやりすぎよ!どう収拾つければいいのよこれー!)

 薫は罵詈雑言を雅人に浴びせたい気持ちになっていた。

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