これからのことを考えよう
「アルドーに本格的な魔法を覚えさせようと思うんだが、どう思う?」
散歩に行った日の夜、疲れたのだろういつもより早く寝静まったツムギ。彼の寝る間にレイドとエリスは今後のことを相談する。
「?どうしたの急に」
エリスは困惑した。普通、本格的な魔法を覚えさせるのは早くても7歳くらいからだ。それまではツムギはもう使える無属性魔法<念動>など、簡単な魔法から練習を始める。
というのも、あまりに早くから魔法を覚えると自己管理が出来ないし、何より、周りの人が危険なのだ。魔法という武器があったら使いたくなってしまうものだろう。
それを善悪の分別のできない子供が力を持つことは危険だ。
「今日のことを見て、思ったんだ。自衛手段がないとアルドーは危険だって。それに、いつまでも俺たちがついてまわる訳にはいかないだろ?魔法はすぐには覚えられない、なら今から教えた方がいいんじゃないか?」
「でも、アルドーはまだ2歳なのよ。魔法を覚えさせるには、さすがに早過ぎると思うの…。暴発させるのも危険だし、もう少し成長してからの方がいいわ…」
暴発とは主に攻撃系統の魔法を魔力の制御が甘い者が放とうとしたときに起こる現象で、自分に攻撃の余波が帰ってくるときもある。
余波が帰ってくる場合、トラウマで以降魔法が使えなくなったり、最悪の場合死に至ることもある。
エリスの言葉を聞いてう~んとレイドは唸る。
「…そうか。だが、アルドーは頭がいい。していいことと、してはいけないことの区別はもうついているだろう」
「それはアルドーを過大評価しすぎているのよ…!本格的に教えるにはやっぱり早いわ」
「なら、いつまで三人で外に出るんだ?」
レイドの相談の本質はそこにある。今日のように一方向からの投石ならレイド一人でも対処出来るが、多方向から投石されたらレイドに防ぎきる自信はない。
エリスが居れば魔法で全方位防げるが、エリス一人だと詠唱のときに少し時間を有するし、焦ると魔法が失敗する可能性がある。
「レイドは私たち三人で村に行くのが嫌なの…?」
しかし、エリスはレイドの言葉の意味を違う捉え方をした。レイドが三人で外に出るのが嫌なのだと認識したのだ。
「え?いやっ!違う!」
「どう違うの…?三人で出かけるのが嫌だからそう言ったんでしょう…?」
悲しげに顔を伏せるエリスにレイドはあたふたする。
「い、いや、だっていつまで付きっきりで一緒にいたら、仕事にいけないだろう?」
「本当に?三人で手を繋いで歩きたいって言った私を見て、子供みたいだって恥ずかしくて嫌だと思ったんじゃないの…?」
「可愛いとは思っても、恥ずかしくて嫌だとは思ってないぞ!」
少し大きな声で食い気味に否定するレイドの言葉にエリスの頬は赤く染まる。レイドは結婚してからもう10年くらい経っているが未だに可愛いと言ってくるからたちが悪い。
「か、可愛いって…私はもう26よ…!可愛いなんて言われる歳じゃないわ…!」
可愛いなんて子供や幼い頃に言われる言葉だとエリスは考える。自分くらい歳をとっている人に使うだなんてレイドはおかしい。綺麗だと言われると嬉しい気持ちになるが、可愛いと言われるととにかく気恥ずかしさが勝る。エリスは気恥ずかしさに身悶えた。
「いや、最近結婚したときより表情豊かになったし、笑顔が可愛くて魅力的になった…!…って…と、とにかく可愛い……」
言っている途中に恥ずかしくなったのだろう。レイドもまた顔を赤くした。
「れ、レイドもかっこいいわ…。今日アルドーを飛んでくる石から守ったとき、不謹慎にもかっこいいってときめいてしまったもの…!レイドはかっこいい…わ…」
「!そ…そうか……」
かぁぁ…と音が出そうな程赤くなるエリスの頬、レイドの顔も同じくらい赤い。
「こ、この話は置いておこう」
「あっ、恥ずかしくなって逃げたのね…」
エリスは赤い顔でからかうように呟く。
「…そうだよ。可愛いエリス」
一度口を噤んで考えてからレイドはそう返した。レイドの返しに一本取られたエリスは再び下を向いて気恥ずかしさが通り過ぎていくのを待ち、口を開いた。
「こ、この話は置いて置きましょう…」
「あっ、恥ずかしくなって逃げたんだね。可愛いエリス」
「うぅ……そ、そうかも知れないわ…!」
やけくそ気味にレイドの言葉に肯定したエリス。彼女は顔から火が出そうだ。
本題に入る前に二人の間に沈黙が降りる。付き合いたてのカップルのようなそわそわした心を落ち着けてから、レイドが話を切り出した。
「さっきの話に戻るが、覚えさせる魔法が攻撃系統じゃなくて、暴発のリスクも少ない補助系統ならどうだ?」
「補助系統…でも、補助系統は魔力の操作が上手くないといけないわ…。魔法を覚えたてのアルドーでは扱うのは難しいと思うし使えるかしら…?」
「問題はそこなんだよなぁ…」
魔力には攻撃系統の魔法に適した魔力と、補助系統に適した魔力の質があると言われている。補助系統はそのうえ魔力の操作が難しく、補助系統に優れた魔力の質を持っていようが最初は扱いやすい攻撃系統の魔法を覚える。
いきなり難しい補助系統は使えないだろうが、やってみる価値はある。レイドはそう考えた。
「難しいかもしれないが、とにかく明日教えてみてくれないか?」
「…私が教えるの?」
「ああ。……俺、明日狩りに行かないといけないしな…」
頭を掻くレイドをジーと見てエリスは呟く。
「…本当の理由は?」
「……補助系統魔法は使えないからだな…」
レイドが意気消沈といった様子だ。
「今のレイドは少しかっこ悪いわ」
エリスはふふっと笑って今度こそは、とからかう。
レイドはエリスの言葉にがっくり肩を落とした。