お出かけしよう1
「アルドー。今日は外に出ないか?」
朝食後の食器洗いを手伝っていたツムギにレイドが話しかけ、同じく食器洗いをしていたエリスと視線を交わす。
エリスは一つ、深く瞬きをし洗い物を続けた。
「そと…でしぅか…」
手を止めたツムギはレイドに不思議そうに聞き返す。外に出ようとしたときにエリスに止められた過去があるので、エリスの方を見る。
「…外に出てもいいわ。けど、お父さんとお母さんと三人でね…」
最初は、レイドがツムギを守るという話だったが初めて外に出るときは三人で出ようと話しあって決めたのだ。レイドは身体強化系統の魔法は上手いが、補助系統の魔法は苦手だ。だから、補助系統の魔法を得意としているエリスが最初の内は同行することになった。
魔法には、3つの系統がある。
一つ目が、攻撃系統魔法。<火球>の魔法など、主に力を一気に放出する魔法のこと。魔法の質が高いと得意。
二つ目が、補助系統魔法。<魔力壁>ーー物理攻撃を防ぐ壁ーーなど、魔法に自分の魔力を注ぎ続ける魔法のこと。魔力の操作が上手い人は大抵、補助系統魔法が得意。
三つ目が、身体強化系統魔法。魔力を体に纏い身体能力を上げる魔法のこと。魔力を何かの現象に変換して使うわけではないので、この世界では魔法と定義をなされていない。魔力の量を込めるとそれだけ強くなる。
身体強化系統魔法だが、実は一つだけその系統の魔法がある。<魔装>という魔法で、自分の一番濃い属性を纏う。取得難易度が高くレイドにはとても使えないものだ。
魔法には詠唱が必要で発動まで時間がかかる。自分が行っても邪魔になるかも知れないが、それでもツムギが心配なのでエリスは一緒に行くことにしたのだ。
しかし、外に三人で出るということにわくわくしながらも、嬉しい気持ちを抑えたいツムギはそんな思惑が動いていることなど知らなかった。
(…嬉しいと思っちゃダメだ。二人を大切に思っちゃダメ)
布巾で拭き終えた皿を食器棚に置きながら、作り笑いを浮かべたツムギは「わかりぃした。…りました」と噛みながら言った。
ツムギの誕生日から3日後。彼は初めて家の敷地外に出る。太陽はそんなツムギを祝福するかのように燦々と輝いているが、同時に雲もどんより浮かんでいる。そんな天気だった。
▽
食器洗いを終えてから数十分後、洗濯物を干してから家を出た。ツムギ達三人の暮らす家は村の中でも高台にある。なのでツムギは村の真ん中に巨大なテレビのような魔道具を見ることが出来ていたのだ。
今日から始まる外出の目的はツムギに二人とは違う人と親しくなって、ツムギの世界を広げるためのもの。また、黒髪黒目を悪い存在だと思っている村の人に違うと伝えるためのものだ。
最初の内は無理かもしれないが、徐々にでも受け入れて貰いたい。エリスとレイドの思いは一つ。
しかし、やっぱりツムギが偏見の目で見られることは、もはや決定事項のようなもの。外出した初日にそんな目で見られてしまえば「外に出たくない」と言われてしまうかも知れないので、レイドとエリスは髪の色を隠すためにフードを被らせる。
もっとも、レイドとエリスが黒髪の赤子を拾ってきたことは周知の事実なので、効果は薄いだろう。
ツムギは自分がどういうふうな言い伝えがある存在か知らない。また、レイドも最近は愚痴を言わないので、自分の存在のせいで二人が白い目で見られていることなど知らなかった。
レイドが愚痴を言わなくなったのは、村人たちを相手に狩りで得た獲物の売買をしなくなったからだ。人に期待をしなければ不満というのは薄れていく。
「アルドー。手を握ろう」
家から出て少し歩くとエリスが立ち止まり手を差し出して言った。ツムギは自分の手を見た後、差し伸べられた手を握る。
「…はい」
「お父さんも反対側を握って…?」
「あ、ああ…?」
困惑しながらも言われるがままにレイドもツムギの反対の手を握る。エリスは幸せそうにウフフと笑う。
「子供が出来たらこういうのやってみたかったの」
ただ、手を繋いで歩くだけ。その行為をエリスは羨ましかった。「子供が出来なくても、レイドがいればいい」ツムギが来る前にエリスがよく言っていた言葉だ。
そんなことを言っていても、やはりエリスは子供が欲しかった。
…エリスとツムギは血が繋がっていない。レイドとも同じく繋がっていない。けれど、こうして手を繋げる。血は繋がっていないけど、レイドとエリスに手を繋いでいる様子は正しく本物の親子のようだった。
「そうか…!確かにいいな、いかにも仲良し親子みたいで」
うんうんとレイドはしみじみ言葉を紡ぐ。外出の目的をこなすことは大事なことだ。それは忘れていない。だが、仲を深めて親子になっていくのはもっと大事なこと。小さな握られた手を二人は愛おしく思った。
(…違うよ。僕はあなた達の子供じゃない。…そんな言葉は言わないで…)
ツムギは二人の顔を見たく無くて、見られたくなくて下を向く。手を放そうと思っても、子供の力じゃ敵わなくてもう一度さっきより強く両手に力を入れた。
「……はい…。そおでしぅね…」
それからツムギは顔を上げ吹けば消えてしまうような子供らしくない笑みを浮かべた。
涼風吹付け道の脇に煙る白い綿毛のタンポポが空へと登った。