2年目の誕生日3
エリスは食器を全て洗い終えた。見ればレイドがツムギに絵本を読み聞かせていた。
エリスはレイドの絵本のチョイスを見て(なんでこの本を選んだの…)と思ったが、話の途中で遮る気にもならなかったので一通り話し終えるのを待った。
彼女的には神人の出てくるハッピーエンドとは言えない物語より、勇者と魔王の出てくる物語のほうが後味のいい話なのでそっちを話して欲しかった。
しかし、当のツムギは今の話を聞いて思うところがあるのか何か考え込んでいる様子だった。
(ここのところは赤ん坊らしさがますますなくなってきている気がするわ…)
その様子を見てエリスは思った。だが、
(考え込んでいるところもかわいいわ…)
と結局親馬鹿なエリスであった。
▽
魔道具の時計(アナログ時計に似ている)は6時と告げていた。
ツムギは今日一日、アルドーとエリスとでリバーシやトランプといった遊びに興じた。その遊びの道具が出てきたときここは本当に異世界なのだろうかと疑問に思ったツムギ。
素材的には安価なものなので値段は安い。おそらく昔、この世界に召喚された人が広めたのだろう。その人達がどういう状況だったのか知っているだけ単なる遊びの道具として見れない。
また、この世界特有の遊びもした。それは魔法を使った遊びで、無属性魔法<念動>ーー物を動かす魔法ーーで、紙(捨てるものだったやつ)を丸めた物をゴミ箱に入れるというものだ。
極めれば家に入って<念動>で服を脱ぎ、ベットを捲り、遠くにあるお菓子を取り、食べることとかできるようになるらしい。極めれば極める程ダメ人間街道を進んでしまいそうな魔法だ。箒で移動とかも可能になるが速度を出そうとすると大量に魔力を喰って、「走った方が寧ろ速い」という結論が出た魔法でもある。
この遊びだが、最初はレイドとエリスはツムギは動かせないだろうと、高を括った。
魔力というものは、一番初めの覚えたての頃はうまく動かせることは出来ない。そもそも感知が出来ないからだ。
誰しもが初めは強く念じて、やっと小さな力を使うことが出来るようになるもの。それが常識だった。
ツムギはレイドが紙に魔力を流し込んで動かすのを見ると自分のものにも、ふんっと力を入れたがピクリとも動かなかった。
なので、どういうふうにすれば魔力を使い、紙を動かせるのかコツを聞いた。
レイド曰く、心の奥底に眠っている力の流れを意識して捕まえ、紙に魔力を流し込んで魔法を行使する。と言葉を考えながらいった。魔力は日常的に使うもので「使うぞっ!」と意識して使うものではないから説明しづらいのだ。
魔法を使うのは自転車を乗るときの上達と同じようで、初めは使い方を知らないので使う人を見ると未知の生物のように感じるが、使えるものからすれば使えない方が不思議と言った具合だ。
説明を聞きツムギは目を閉じ、息を整えながら集中した。
感覚としては、大きな力の流れを感じられたのだが、何かを隠しているようにその大きな力は操れず、そこから常に漏れ出ている小さな力の粒子しか操れなかった。
ツムギはその流れを腕を通して丸まった紙に伝え、万遍なく浸透させ魔法を行使する。
すると紙はたちまち空中に浮かび、ゴミ箱にすっぽりと消え入った。
それを見てレイドとエリスは心底驚いた。
自転車で例えれば、2歳児の子供がいきなり三輪車でも、補助輪付きの自転車でもない普通のものを、漕ぎ方を聞いただけで乗れるようになったということだ。
なので、ツムギのことを見て自分の魔法の練習の日々を思い出していたレイドとエリスは「あの日々はいったい…」と思いながらも全力で褒めた。
ちなみに、無属性魔法<念動>は魔法の中でもトップクラスで簡単で、練習すれば誰でも使える。詠唱句は「 "動け"<念動> 」と魔法の中でもっとも覚えやすいと言われている。
だが、重い物を動かすと魔力を喰い、空気抵抗で魔力を喰い、大きさでも魔力を喰い、動かす物との距離でも魔力を喰うので戦闘においては使うものがいない魔法だ。
その後、ゴミ箱の距離を遠くにずらして入るかという競争で、一番遠くまで届いたのがツムギで、そのうえ目隠しをした状態でも挑戦して見事に入った。
逆に一番届かなかったのがレイドで、彼曰く「今日は調子が悪かった」らしい。
そのときの彼の目は忙しなく動いていたような気もするが、威厳にも関わる問題なので、ツムギは見なかったことにした。
なんてことを過ごしているうちに時間が過ぎた。レイドとエリスはツムギに魔法を使ったあとなので、倦怠感がないかを心配した。魔力を使いすぎると魔力切れを起こして気持ちが悪くなることもある。
特に、初めて魔法に触れたものは自分の中の魔力量がわからずに使いすぎてしまったり、魔力量自体も使って鍛練するうちに増えるものなので全体量がそもそも低い。
なので、魔法初心者は魔力切れをよく起こしてしまうのだ。
しかし、ツムギは二人がなぜ心配するのか分からなかった。倦怠感や疲労感はなく逆に魔法を使ったあと心地良さすら感じていた。
「大丈夫でしぅ…すよ」
と言い安心させるように笑う。
「そうか。よかった。でも!気持ちが悪いと思ったらすぐに言うんだぞ」
とレイド。
「そう。なにかあってからではダメ。こういうことは早めに言うのよ。…アルドーになにかあったら大変だもの」
とエリスが言う。
「……はぃ…!」
ツムギは下を向いて嬉しさを堪えながら、作り笑いを二人に向けた。
▽
「「アルドー。誕生日おめでとう」」
二つの声がダイニングに響いた。部屋は暗いが二本の蝋燭がゆらゆらと楽しそうに踊っている。
揺れる火に、ツムギは空気を吹きかける。その二本に灯された火は最後は笑うように消えていった。
火が消えると、灯されるランプの光。暖かなそれを眺めツムギは微笑む。
「あいがとうございますゅ、す」
晩ご飯はごちそうだった。白いケーキにロウソク二本。レイドの狩ってきた鳥を使った煮込み料理。混ぜ込みご飯。その他にもりんごを切り分ける。
この世界では、砂糖は高級品ではない。料理にも普通に使われている。
ケーキにはレイドがエルフの住む森で採ってきた果物が彩られていた。そこで採られるものの大半は大きく味が良いのだが、その中にたまに普通サイズと比べても小さめな果物がある。その味はとても濃厚で美味しい。
ケーキ以外を食べ終えた。エリスの作った料理は美味しくそれをツムギは伝えると、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべて喜んだ。
最後のケーキだが、このケーキにはぶどうの小さい果実が入れられているようだ。ぶどうのサイズは小粒なブルーベリーサイズだ。
「このぶどうは一ヶ月前にたまたま見つけたんだ」
とレイドは得意げだ。
食料庫の魔道具は優秀で、レイドとエリスが新婚旅行の帰りに見つけて買ったものだ。
食料庫は結構な大きさだったが、お金を払えば家に設置してくれるとのことで、大金を叩いて買った。
食料庫の中は常に一定の温度で保たれ、温度調節も可能。また、時間属性魔法<状態保存>が付与されていて、半年くらいなら生肉でも持つ。
この<状態保存>の魔法だが、魔法としては発動後魔力を消費し続けなければ効果がなく、ほぼ魔道具作成のためのものと言っても過言ではない。
しかも時間属性魔法は基本的に魔法の制御は難しく、魔道具に付与するほうが簡単なのだ。
ツムギはケーキとともに、ぶどうを口に入れるとたちまち果肉が弾けた。甘くて酸味も強くクリームの甘みに負けるどころか、寧ろ勝っていた。
「美味しぃ…!」
味の濃さがケーキに勝ると聞くと口の中が甘みや酸味地獄になると思われるかもしれないが、飲み込む段階になるとすっと味が口に馴染みくどさを捕まえさせない。
生まれてから一番美味しかった果物が更新された瞬間だった。
▽
夜も村の家に灯る光が消えてきた頃、ツムギは夢の世界に入っていた。
エリスはレイドをダイニングのテーブルに呼び、薬草茶を出す。
「どうしたんだ?こんな時間に」
レイドは不思議に思う。今日は子作りする日ではない。
「レイド今変なこと考えたでしょう…?」
「そ、そんなことないぞ!」
目を泳がせてレイドは否定する。エリスはそんなレイドを気にせず本題を切り出した。
「アルドーの今後のことなのだけど…」
そう聞くと、レイドは目を泳がせるのをやめ、真剣な表情になる。
それは一人の親の顔だ。
「今日の朝肉を焦がしていたが、アルドーのことを考えていたからだったのか?」
「肉を焦がしたことは忘れてちょうだい」
「ああ」
レイドは頷く。
「アルドーをそろそろ外に出させた方がいいんじゃないかしら…」
エリスは迷ったようにレイドへ相談する。
自分の思っていることを一つ一つ伝える。
ツムギが手伝いで失敗するとものすごく謝ることや、今日の手伝いを断ったときの怯えたような反応。それから、もしかしたら私たちだけしかツムギは知らないので過剰に嫌われることを怯えているのではという推測。
伝えるとレイドはう~んと頭を捻ったあと自分の中で結論づける。
「それじゃ、外に出すか」
とレイドは言う。
「他の村の人に傷つけられるかも知れないが、そのときは俺が守る」
レイドはこの村では、魔力の保有量は多めで弓の腕もあり剣も短剣だが少しは操れる。
魔力の操作は大雑把だが、絶対にツムギを守ると彼は決意した。
レイドの決意を見てエリスは自分が守ると言われているわけではないが、顔を赤くし微笑む。
「そう。それならアルドーをお願いするわ。…私はあなたをなにがあっても信じられる。レイドはやっぱりかっこいいわ」
なにがあっても信じられるといったエリスの言葉を、ツムギを拾ってきたときの反応を思い出しながらレイドは笑った。
そのあと、夜も深まる頃に予定になかった運動をした二人であった…。