2年目の誕生日2
手伝いを断られてしまったツムギは仕方なくテーブルに着く。手伝いたくてウズウズするがその衝動を我慢する。
「アルドー」
呼びかけられたツムギはレイドの方を見る。
「何でしか…すか?」
「今日は誕生日だろう。何かして欲しいことはないか?」
新聞を読んでいる視線をツムギへと向けたレイドはそう聞いた。
そう単刀直入に聞いたのも、ツムギに少し前「何か欲しいものはあるか」という問いを行ったが、「特にありましぇん…せん!」と言われたのが要因である。
どっちみち大層なものは用意できないのだが…。
そもそも2歳児に欲しいものを聞くという行為もおかしなものだろう。普通の2歳児ならばきちんと答えられる訳がない。
しかし、レイドはそこに違和感を抱かない。ツムギは普通の2歳児ではないからだ。
「大丈夫でし…す」
それでもツムギはして欲しいことがない。
「なるほど。特にないならそうだなぁ…」
コクっと一口薬草茶で喉を潤したレイドは閃いた。
「髭ジョリジョリするか?」
「いえ、いいです」
レイドの提案をツムギは真っ向から拒否する。普段は拙い喋りのツムギだったが今このときだけは淀みのない言葉だった。
「そ、そうか…」とレイドはそんなに綺麗に拒絶しなくても…と思った。
「まぁ今日は森へ行かないから一日中一緒に要られるぞ。考えついたら話してくれ」
今日はツムギの誕生日なので、一日中休む所存のレイドである。
「今日はずぅーっと一緒りいられりぅんでしぅかっ!」
すると、ツムギはパァと花が綻ぶような嬉しそうな顔をした。レイドは一日中家にいることはまずない。3日に2回程度は森に狩りか近くの山まで行って山菜をとってくる。そして、3日に1回は近隣の村まで行って狩りで得た動物や、山菜を売りに行き、生活必需品の魔石などを買って帰ってくる。
ツムギがこの家に来る前は動物や山菜はこの村で売れたが、ツムギが来てから住人たちはレイドからは買い取らなくなってしまったのだ。
もちろんレイドはそのことをツムギに話していない。
「おおっ!一緒に要られるぞ」
ツムギのテンションが上がったのを見て、レイドは笑った。しかし、ツムギは不意に首を振ってから、ニコニコ笑った。その笑顔はどこか作り物めいていた。
すると、そのとき焦げたような肉の臭いが漂ってきた。ツムギは首を傾げてからハッ!とした様子でエリスを注意しにいく。
(エリスがこんなに焦がすなんて、アルドーが来てから初めてだな)
レイドはそういえばエリスは昔、考え事をしていると他のことが手につかなくなる癖があったなと思い出していた。
▽
朝食を終え歯を磨いたツムギは何をするでもなく木のテーブルについたまま足をプラプラさせていた。いつもなら皿洗いを手伝っているところだが今日は手伝うこと禁止令が出されているので手伝えない。暇だ。
確かに暇だが億劫だとはツムギは感じない。一緒にいて嬉しいと思える人といると暇な時間さえ嬉しいものになる。ツムギはこれを幸せと呼んだ。
そんな中、レイドは何を思ったのか、本棚の方へ行き1冊の絵本を持ってきた。
ツムギはそれをなんとなく見る。
「そういえば、アルドーは字は読めるのか?」
この世界では以外と識字率は高く、レイドとエリスは両人とも字が読める。
また、子供に字を教える学習塾は村に一つあるがツムギは差別されてしまうので行けないだろう。
ちなみに、学習塾に行かず親から教えて貰う家もある。
「いえ…」
レイドの質問の答えとして、ツムギは首を横に振る。
(アルドーは賢いから知っていると思ったが、よくよく考えればまだ2歳なんだよな…)
「そうか。それじゃっ、読み聞かせでもするか」
ツムギは夜は静かに寝入るし、本棚の本に興味を示すことはなかった(実は興味はあったが、触っていいものなのか躊躇していた)ため、読み聞かせなどは初めてだ。
▽
昔、人は突如現れた邪悪なる神、邪神によって苦しめられていた。邪神の邪気によって緑豊かな土地は虫すら住めない死の大地に、押し寄せる海の波は流れを止め、大地に吹きつける風は命の息吹を閉ざした。
人と人とが数少ない資源を求めて争い、それさえも邪神は奪っていった。
そこで邪神を危険視した天界に住まう神々が新たな神の力を持つ人を作り出し、この世界に放った。そこから状況は一変する。その神人はエルフの少女と共に邪神が生み出し続ける魔物のことごとくを倒し人間達を救った。
そして、遂に神人は邪神を倒したのでした。
しかし、今まで人間が手も足も出なかった邪神に無傷で勝利を収めることが出来ずにその戦いのあと神人はエルフの少女に力を渡し、力尽きた。
この世界の人々は神人の功績を称え、救世の神使と呼んだ。
▽
絵本の読み聞かせが終わった。絵本と言うからめでたしめでたしで締めると思ったが内容はめでたしといえるものではなかった。
「これあ…は、実話でしぅか」
やけに物騒な内容の絵本だな…と考えながらツムギは言う。都合のいい終わり方ではなく、人間達を救けた神人の死で終わるのでもやもやする。
ツムギはハッピーエンドの方が好きだ。
「うーん。嘘か本当かは分からないが、約4000年前の出来事だと言われていて、今この大陸の暦として使われている、救世暦はここからきているみたいだ」
「そぉなんでしぅね…すね」
今はカレンダーを見ると救世暦3987年と書かれている。
「それとこの力を渡された少女は後に女神となっている、と書かれている本もあるがこれはそこは書かれていないな」
その話を聞いてツムギは転生前に話した女神、フェルシエラのことを思い出していた。
最初に彼女に質問したとき「神様になった」と言っていたので、この絵本に書かれている人物も同じなのだろう。
レイドは絵本エルフの少女に指を差した。
「このエルフの少女は見方によっては神人の力を一緒にいたから貰って、神になったってことだろう?この神様は人気がないんだ。違う物語でも神様になったことで調子にのり他の神様に迷惑をかけたことが描かれていて、力のない女神としても有名だ。
他の人の力を貰って神様になったところで、失敗して人間達からの信用を失う。アルドーはきちんと自分の力で自分の居場所を作れよ。じゃないとこの女神様のように嫌われてしまうからな」
神人に力を授けられて神様になったとレイドは説明したが、ツムギは神人に認められたから力を授けられたんじゃないかと思った。
力がなかったら、人間を苦しめた邪神を倒してしまう程の神人の傍で戦えないだろうし、人間を救うこともできない。
また、一緒に戦ってきた仲間だったから人となりは分かっているだろうし、力を与えたいと思ったから授けたのではないのかと考える。
調子にのったとも言っていたが、人を救うために死地で戦った者がそんなに調子にのるだろうか?もしかしたら、人を救うためにから回ってしまっただけじゃないか?とさまざま疑問が浮かんだ。
ツムギは首を捻る。なぜ自分はここまで考えているのだろうか…と。
一つの物語でどうしてこんな気持ちになるのかツムギは理解できなかった。