2年目の誕生日1
ツムギがこの世界に来てから2年が経った。
「おはよおございますゅ…ございますゅ……すゅ…すぅっ!」
ツムギは拙いながらも言葉を操るようになり、朝起きてレイドとエリスの二人に挨拶をする。
「おはようアルドー、今日もかわいい挨拶だわ」
エリスはツムギをさらりとからかい朝ごはんの支度を再開する。ツムギはからかわれて顔を赤く染めた。
「フォーっ…フォー…フォッ…あー、おはよぅ」
大きくあくびをし、レイドは眠そうに挨拶をする。
彼は朝が弱いのだ。レイドは近くの町が発行している2日遅れの新聞を読みながら、エリスの入れた薬草茶を飲む。
この村に商人は2日に一度のペースで訪れる。なのでどうしても新聞が遅れてしまうのだ。
ツムギはエリスを手伝おうと思い台所へいく。
「なにか手伝えりゅ…る、ことありましぇ…せぇんか?」
「いいえ。今日は手伝わなくていいわ」
最近エリスはツムギを手伝わせている。もともとツムギの方から手伝うと言ったのだ。
最初は「アルドーが手伝ってくれるなんて嬉しいわ」となだらかに笑っていたが、掃除をやらせてみれば窓のガラスから庭先までピカピカになるまで磨き、両理で包丁を握らせれば一流の料理人以上の包丁捌きで、正直な話。エリスよりも優秀だった。
レイドも狩りから帰って来て「なんだか今日はいつもより部屋が綺麗だな。掃除、頑張ったんだな」と言ったりして、エリスが汗をダラダラたらし、料理でも「今日の食材はすごい均等に切られてるなぁ…」といわれ、頬を引き攣らせた。
エリスは負けたのだ。たった2歳前の愛しきわが子に。
レイドには「今日はアルドーが手伝ってくれたから張り切っちゃったのよ…ええ…本当よ」などと苦しい誤魔化しをし、ツムギはニコリと笑い「また手伝いましぅね!」と言った。
このときばかり、エリスはツムギの天使のような笑顔を直視できなかった。
そんなことがあっても、積極的にツムギに手伝わせていたエリスだが今日は拒んだ。今日はツムギが拾われた日なので誕生日だとエリスとレイドが定めた日なのだ。なので今日一日は手伝わさないようにする。
去年の初めての誕生日のときツムギは嬉しくて、珍しく泣いてしまった。いつもは泣かないツムギが涙を零し泣きじゃくる姿を見てレイドとエリスはどうすればいいのかあたふたしていた。
「どぉして、でしゅ…ですか?」
しかし、ツムギは手伝うことが好きである。なので、誕生日になぜそれが止められるのか分からない。
自分が関わったことで喜んでくれる人がいる。自分が手伝っただけで感謝してくれる人がいる。それがツムギを幸福にする、心から嬉しい事柄なのだ。
だが、同時にツムギは人に嫌な思いをさせるのを嫌う。例えば、皿洗いを手伝ったときエリスの洗った皿を布巾で拭いていたとき、受け取るときに一度落として皿を割ってしまったことがあった。
そのときツムギは世界から見離されたような顔をさせて、「ごめんなさい…ごめんなさい…」と拙い言葉で謝り続けた。皿を割ってしまったときエリスの皿を放すタイミングが早くて落としてしまったのだが、まるでツムギが全て悪いかのように自分を責めるのだ。
エリスは「…大丈夫。大丈夫よ。私の放すのが早いのがいけなかったの…。そんなことより傷はない?」とツムギと謝り続けるツムギを目を白黒させながら宥めて不思議に思った。なぜこの子は、ここまで自分を責め立てるのだろうかと。
そんなツムギは今回、手伝いを拒まれてもしかしたら自分の手伝いは邪魔で要らなかったのではないかと思ったのだ。
「手つゅだうことは…迷惑でしぅたか……?」
ツムギは今にも泣き出しそうな声で尋ねた。
「違うのよ。今日はアルドーの誕生日でしょう。だから手伝いはお休みさせようと思っただけよ」
それに対しエリスは諭すように言い聞かせる。
「迷惑じゃないぅでしぅ…でし…ですか」
「いつも助かっているわ」
「そぅでしぅ…ですか。…よかったぁ……」
ツムギはほっとした様子で胸を下げた。
(…どうしてアルドーはこんなにも怯えているの)
エリスは子供を育てたことはないが、ツムギは他の子よりも成長が早いことは分かる。同時にこんなに自主的に手伝いをする子もいないだろうとも思っている。
それにこの子は天才であるとエリスは考える。例えば、敬語を教えた訳でもないのに、話し始めたときからすでに使っていたり、掃除をしたときもやけに手際がよかったりと親馬鹿思考ではなくても普通ではないだろう。
だが、エリスは同時に可哀想なことをしてしまっているとも考えている。ツムギは黒髪に黒目だ。家の敷地外に出させたことはない。もしも出てしまって村の人に傷付けられて帰ってきたら自分のことが許せなくなる。なので、ツムギには「外に出てはいけないわ」と言って出させなかった。
(もしかしたらこの子が手伝う理由は、他にすることがないから…)
そこまで思い出したところでエリスは一つの可能性にたどり着く。
台所から去ってレイドと何やら話している我が子をみて思う。この子にとっての世界とは私とレイド以外にはいないから小さなこと失敗でも、嫌われるのではと考えてしまうようになったのか。と、それで嫌われないように手伝いをしているのではと。
どちらにせよ、いずれは外に出て行かないといけなくなる。この誕生日を機に外へ出させようか迷うエリスであった。
しばらく考え事に耽っていたエリスは魔道コンロの火を消し忘れる。焦げの臭いを嗅いでツムギは「火ぃけしぅてくだしぁ…さい」と伝え、エリスは慌てて止めたがフライパンの中に入っていたイノシシの肉は消し炭になってしまっていた。
エリスは長期間食材が持つようになる食料庫の魔道具から新しい肉を取り出して焼いた。