プロローグ
明るい日差しの漏れる森の中。辺りでウサギや鳥を狩り血抜きをしていた男は、「今日の狩りはこのくらいでいいか」と見切りを付け血抜きをした動物を腰の大きな袋に入れた。
袋は男が狩った動物を全て飲み込んだが、動物をたくさん入れたにもかかわらず、まだまだ入りそうで重量も入れた量に対して重くない。魔道具だ。
男が狩りを終え、水辺を立ち去ろうと足を村の方向へ向けたとき、後ろの方向からペカっと、なにか強い光が煌めいた。
(なんだ?)
男が後ろに振り返ると、水辺の近くの大岩のそばにさっきまではいなかった、ここにいるのが不自然な存在があった。
それは、一人の赤子の存在だ。
「なぜ、こんなところに…」
赤子は不思議と静かで、泣き出すことを知らなかった。男は急に現れた赤子の存在にも驚いたが、それ以上に驚いたことがあった。
「!黒髪に黒目か…」
目の色と髪の色だ。
男が今いる大陸。ノルトディス大陸には、広く広まる言い伝えがある。
曰く、黒髪黒目に出逢った日には災厄が訪れる。
男はその言い伝えを警戒して辺りを見回す。災厄が訪れるとは思ってはいないが、広く言い伝えが広まるのには訳があるのだろうと考えているのだ。
しかし、なにもおこらなかった。
男は警戒を解いて赤子に近づく。
(綺麗な顔だ。女の子だな)
泣き出さない赤子を男はそっと持ち上げる。自分に子供が出来たらどう持ち上げるのか周りに聞き、シュミレーションし、ときには他の家の子を持たせてもらったので、なにも問題はない。もっとも赤子はすでに首は座っている状態だったが。
そうは言っても男は赤子を持つときに緊張してしまう。腕を一捻りしてしまえば壊れてしまうような存在。取り扱うのはやっぱり怖いのだ。
「このブカブカの布はなんだ?」
男は赤子が包まれていた布が気になった。
(ブレザーにズボン。シャツに下着…)
服らしい布を赤子からひん剥く形になった男。赤子の裸を見て男は呟いた。
「お前、男の子だったか」
一先ず、シャツで赤子の体を捲き上げ、ブレザーでその上から包む。
「村へ連れて帰ろう」
男は赤子の正体が謎だったが、この場には置いてはいけないので連れて帰ることにする。
▽
村に帰った茶髪の男ーーレイドは、早速家に入り赤子を置いてから、趣味で野菜を作っている妻に声をかける。
「エリス、来てくれ」
レイドが妻ーーエリスを呼ぶと、「はい」と作業を中断してレイドの元へ行く。
二人は家の中に入る。
レイドは赤子ーーツムギを置いたところへ近づき、己の妻に紹介した。
「今日森で獲物を狩り終わって、帰ろうとしたところに突然この子が現れたんだ」
レイドがありのままを話す。
「…レイド、どこからこの子を攫ってきたの…?」
すると、エリスは震えた声でレイドに問いかける。
「森で突然出現したんだ」
「レイド…。子供がいないからって突然目の前に現れたと、嘘をつかなくてもいいの…。…この子はどこの子なの?」
「いやいや、これが事実。紛れもない真実。俺は無実だ。やってない、攫ってない」
「ああ、なんて悲劇…。子供が出来ないことをあなたがこんなに悩んでいたなんて…ストレスによって遂に本当のことを認識出来なくなってしまったのね…」
エリスはホロリと涙を流しレイドに抱きついた。
「レイド…。周りに何を言われても、私はあなたを好きなままよ。…焦らなくていいの。子供はまだ作れるかもしれないでしょう?…だから、この子の家族に一緒に謝りましょう」
「おお、エリス。抱きしめられることは大歓迎だが、俺を犯罪者呼ばわりするのはやめてくれないか。…この子の髪と目の色を見てくれ。突然現れたことは謎だが、捨てられた原因はおそらくこれだ」
エリスは改めてツムギを見る。
「黒髪、黒目」
そして、一言呟いた。
レイドは子供を抱きしめられた高揚感から、なんとなくテンションが上ってしまっていたが落ち着いてきた。
「そう。出逢った日には災厄が訪れると云われているものだ。けれど、どうかこの子を育てられないだろうか?」
レイドは森の中に置いてはいけないからと連れ帰ったが、この子は行く宛がないのだろうと、家の子として育てたいと思った。
それには、エリスの承諾が必要だ。頭を下げてレイドは乞い願う。
「連れ去ったわけじゃなかったのね…。良かったわ…」
エリスは方をおろしてホッとした。
「いいわよ。この子を一緒に育てましょう」
レイドは頭を上げ、ありがとうと感謝した。