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プロローグ1

 斉藤紡は目を閉じた。大切な者が手の届くところにいなかったから。

 安心して微笑みながら目を閉じた…。


「おはようございます…」

 元気というには無理のある暗い声。賃貸マンションのリビングの一室に呟かれた。

 リビングには40代くらいの夫婦と、15,16くらいの歳の少年が何気ない会話をしながら、朝食をとっていた。


「…ああ。おはよう」

「…おはよう」

 その挨拶に、団欒していた家族の声は不意に静まり返る。そして、大人の2人がぎこちなくあいさつする。紡はコクリと会釈して玄関に向かった。

 

 玄関へ向かう途中。テレビのニュースの音に混じり3人家族の笑い声が聞こえた。


 学校へ行くため、玄関にある鏡の前で制服を整える。

 ネクタイが曲がっていないかを確認したあと、玄関の扉を開き静かに呟く。

「いってきます…」


 玄関をでて少し。ゴミ出しだろう、ゴミ袋を持ったアパートの住人にあいさつを交わしながら学校への道を歩き進める。

 アパートを抜けたところで伸びをする。「暖かくなってきたな…」と。

 今は5月の中旬。朝の陽が心地がいいと紡は思った。


 ガヤガヤ。高校の朝は少し騒がしい。紡は早めに登校しているのでこれでも騒がしくない方かもしれないが。それでも朝練をしている運動部の活気溢れた声を感じながら教室への道を歩く。


(朝からみんな頑張ってるな…)

 これといって打ち込めることのない紡は、せっせっと部活に打ち込むみんなを見てそう思った。


 靴を上履きに履き替え、階段を登り、1年の自分の教室に入った紡は、まず教室に5人先に来ていた人がいたので挨拶する。


「おはよう…」

 活気のない声に反応したのは2人。

 一人は弄っていたスマホから目を離さず、右手をおもむろにひらひら上げた。爪は綺麗に手入れされている。


 彼女の名前は蒔田朱音。後ろに一つ縛りにしている髪型は中学の頃から変わっていない。厚いレンズの眼鏡をコンタクトに変えているところや、髪を茶色に染めたり、ピアスを開けたり(片耳だけ)、ヘッドホンをよく首にかけていたりする。高校デビューというやつだろうか。それでも髪型を変えていないのでそう断言していいのか迷うところだ。


(今の動作っ!!手をひらひらって!!凄いかっこいい気がする!!)

「ふっふっふ…」

 朱音は自分の動作かっこいい!と自画自賛しながらスマホを弄り続けた。


 紡のあいさつに反応したもう一人は、ブックカバーのついた本から顔を上げ、なにか堪えるようにしたあと、あいさつを返した。

「おうっ!おはようっ!」

(やべぇ…!今声かけられなかったら、思いっきり笑っていたぜ…!教室でラノベ読んで笑うとか、敬遠される人種になるところだった。危ない危ない!……よくよく考えれば、ブックカバーついているから何読んでいるかは分からないよな…。まあ、助かったぜ…)


 彼の名前は中川涼太。焦げ茶色の短い髪や、よく笑う口元からどことなく活発な印象を抱くが、運動神経は至って普通である。いつもヲタク仲間の2人とつるんでいるが、今は一人でいるようだ。


「おはよう…。中川君。蒔田さん…」

 紡はあいさつをしてくれた二人に改めて、おはようと言った。

 それから何をするでもなく、窓際の前から3番目の自分の席についてボーッとした。


 教室の中へ、一人、また一人とだんだん人が増えていく。朝のSHRの時間が近づいているのだ。朝練をやっていた人もどんどん入ってくる。教室に入ってくる生徒にあいさつをするのは、なんとなく紡は苦手だ。


 なので、廊下と教室を繋ぐ扉を見ずに、外を眺める。


 ざわざわ。教室の空気が変わる。

 人の注目が今教室に入ってきた4人に集約された。廊下の他のクラスの人までもがこの四人に注目を集めた。


「やりました!今日はギリギリでもなく間に合いましたね」

 空気を変えた人物の内、一人が発した。

「うんうん。今日は間に合ってよかったよかった…っじゃなくて今日もあと5分で先生来る時間よ!ギリギリじゃない!」

 その声を聞きツッコんだのは、同じく今教室に入ってきた人の一人。


「すみません…!朝の眠気に耐えられなくて…。今日も二度寝してしまいました…。きっと高校入学と同時に買った、布団が気持ち良すぎるせいですね…」

 まだ、眠気があるのか、ふわぁ…。と欠伸する声がした。


「ハハッ!葵は相変わらずだな。SHRに間に合わなくなるから、あと少し早く学校に来た方がいいぞ」

 先程の二人とはことなり、変声期を終えた男の声がそういった。彼も今教室に入ってきた一人だ。


「…?別に私たちを待っていなくてもいいんですよ?朝の部活終わってすぐに教室行けば、間に合うでしょう?」

 欠伸をした少女が疑問に思う。どことなく微妙な空気が流れる。


「…あのね。葵が遅れると雅人はともかく、あたしが遅れるの!今日は10分待ったんだからね!」

 その雰囲気を変えるべく、ツッコミをした少女が明るく声を出す。

「…うぅ。明日から頑張りますね…!」

 欠伸をしていた葵と呼ばれる少女が項垂れた。


 彼ら4人は、このクラスの中心人物だ。


 最初に声を発したのは日向葵。

 花の向日葵と名前が似ていることから小学校の頃のあだ名はひまわりやひまりと呼ばれていた。胸が大きく身長は小さめでフワフワな髪をしている。髪は光に当てられると金色に見える茶髪だ。母親がイギリス人のハーフらしいのだが、英語は苦手らしい。


 一年生の中で開催された彼女にしたいランキング1位の人物だ。ちなみに、紡は投票していない。そもそも投票するかも聞かれていなくて、クラスの男子がそのことを話していたとき、「みんないつ投票したのだろうか?」という疑問を抱いた。


 葵にツッコミを入れた少女は春山薫。

 陸上部だが足を痛めたようで、今は部活を休んでいるようだ。短めのポニーテールと榛色の瞳、スレンダーでモデルのような体型をしている。

「釣り上がった目で蔑んで貰いたい!」といったのは紡の前の席の男子だ。薫も彼女にしたいランキングで2位という高記録を樹立している。

(さっき空気が悪くなったけど、兼ねいつも道理に戻ってよかったわ…)


 雅人と呼ばれた少年は四季雅人。

 剣道部で中学生のときに全国1位になったようだ。運動神経抜群で人当たりもよくイケメンなので当然モテモテのようだが、本人曰く、付き合っている人はいないらしい。焦げ茶色の髪の毛と榛色の瞳と彫りが深めな顔から王子と読んでいる女子が何人かいる。

(俺って葵に嫌われているわけじゃないよな…?違うよな…?)


 最後に一言も喋っていない少年が黒瀬陽大。

 柔道部に所属していて身長が高くガタイがいい。黒髪黒眼で顔もいいが彼の声を聞いたことがある人の方が稀のようで、「彼の声を聞いた日は幸運が訪れる」いつしかそんな噂がたった。

 紡も陽大が喋ったところを見たことはない。ついでに表情も動かさないので彼のことを恐いと感じている人もいる。

(今日は、誰かと話そう。……今日話せなかったら明日がある。ポジティブにいこう)


 紡は窓に映る4人の内の1人がにこやかに近づいて来るのが見えて、ため息を付きたい気持ちになった。

「紡くん♪おはようございます♪」


 弾む声であいさつしてきたのは花咲葵だ。彼女と紡は小学校が一緒でそのときたまに話す間柄だった。その縁で葵が話かけてきたのだ。

「…ああ。うん。おはよう…」

 紡は窓に向けていた視線を机に移し笑いかけそうになる口元を噤みあいさつを返す。顔を見て話すことのないように注意しながら。


「今日はいい天気ですね~♪こんな日は窓際の席の人が大変そうです!紡君はどうですか♪」

「どうって?別になんともないよ…?」

 なんでいい天気だと、窓際の席の人が大変なのか紡は疑問に思いながらも、「花咲さんと話す方がきっとその理由よりも大変なことだろう」と思った。クラスのみんなのどうしてあんな奴と花咲さんが…という視線を向けてくるというのと、あと一つ理由がある。


「ーー葵がわざわざ話しかけてやっているんだ。君はもっと話を聞く姿勢をきちんとしたほうがいいんじゃないか?」

 紡達の方に歩いてきたのは、四季雅人だ。


 彼は顔を顰めて話しかける。そう彼こそ紡が大変だと思う理由だ。紡と葵が話していると、横から水を挿して来るのだ。

「それにその髪、邪魔くさいから切った方がいいと葵が言っていただろう。なんで切らないんだ?」

(葵は何故こんな奴のこと気にかけるんだ…)


 確かに、紡の容姿はそう忠告されても仕方ないといえる。前髪は目を完全に覆い隠していて、全体的に髪は長い。そして髪質の影響でもっさりした印象を与える。


「私は別に邪魔くさいからなんて言い方していませんっ!紡君は髪を切ったらもっとかっこいいのにっていっただけです!」

 雅人の言い草にムッとした表情になった葵が、大きな声で反論する。一週間前に、そんなことを葵は紡にいったので、紡の知らぬところで「斉藤君は実は物凄いイケメンなのでは」という噂が立っていたりする。


(話しかけてくれるのは嬉しいけれど…。花咲さんはスクールカーストが、高いから無駄に注目を集めてしまうし、かっこいいとか嘘を付くのはやめて欲しい…!!)

 紡は葵が大声でそんなことをいうものだから、止めようか迷ってあたふたしてしまう。


 その日の会話から、クラスの人から「前髪上げてみて」とか言われたりして少し面倒。あまりにも急に話しかけるものなので緊張してうまく喋れず、「…ごっ!ごめんなさいっ…!」といって自分の席から行く宛もなく逃げ出したということがあったので、紡は「嫌な気持ちにさせてしまったかな」と自分一人では結論の出ない悩みを抱えることになったりもした。


 紡がイケメンか?という噂とは別に、葵の美的センスは常人とは違っていて、「俺らにもチャンスがあるかも?」と思った生徒がいるとかいないとか。


「それに、私は紡君と話しているんです。邪魔しないでください」

(四季君は初めて合ったときから、馴れ馴れしくて苦手でしたが紡君との会話を邪魔してくるので、少し嫌いです…)

 葵はジッと雅人に視線を送る。雅人はその視線を受け苦い顔をした。


 クラスの人達の視線が紡たちに突き刺さる。緊張感がその場を支配した。


「ほーい!皆さん、おっはよーございまーーーす!あと1分でホームルームがはっじまっるよー!」

 そう声を上げて入ってきたのはこのクラス担任。柏先生。保健体育の先生でもある。女性の先生だが、たまに下ネタを披露するときがある。


「順次席についてーって何この男子高生が親にエロ本見つかっちゃったときの空気感!」

 柏先生がツッコミを決めるが、当たり一面の生徒はどんな反応を返していいか分からず、時計の針の音がカチッカチッと妙によく聞こえた。


「あーはい…。つまらないこと言ってしまってゴメン。生きていてごめんなさい…」

(盛大に滑った。死にたい。下を交えれば笑いが取れると思ったことが間違いの始まりだったんだ。笑いが取れると思っていたのに勘違いだったらしい。死にたい。思い出してみろ、最近の生徒の反応を。下ネタ言ったとき笑顔はいつも苦笑いだっただろう。死にたい)

 そして、柏先生はとてもネガティブだ。


「ぷっ。っはは!!先生ー!エロ本見つかったときの男の気持ち、わかるのかー!」

 ぶつぶつぶつぶつ小さな声でネガティブなことを呟く先生に、そう投げかけたのは中川涼太だ。

「…そう。そうそうそう!分かる!!…ごほんっ、わっかりまーす!先生も学生のとき本棚の奥に隠してたんだけどねー、お母ちゃまが勝手に部屋を掃除してそのときみつかっちゃったんだよねー!あそこを抜かれなかったらなー!」

「ハハハハハ」

「「「あ…はは…」」」


(よかったー♪下ネタが通じる嬉しさ!男子高生には効果抜群だよねー!笑いのツボをビンビン刺激する手応え…!…だからきっと苦笑いは勘違いだったんだ!こんなに笑ってくれる人がいるんだもの!)


 実際に笑っているのは涼太だけだ。ほかの人は涼太の笑い声に合わせているだけに過ぎないものだ。柏先生はネガティブというより、周りの空気で性格がかわるだけなのかもしれない。


(先生を見ていると不思議な感覚になるんだよな)

 そして涼太も、

(なんか、中二病な発言して周りの奴に距離を置かれた、俺のJuniorHigh School時代を思い出すぜ…!…せめて笑ってやろう)

 なんてことを考えている。

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