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『声』

作者: 黒蜜飴




やさしい、こえがする


あまい、あまい




あなたのこえが











「サキっ!」


寒く冷たい廊下で、馴染みの深い、暖かさをもった声に名前を呼ばれて振り向いた。



「…なっちゃん。」



「今日も残ってくの?まだ期末も近くないのに、こんな、毎日勉強なんて…志望校でもかえた?」



なっちゃんの優しい声はわたしを弱くさせる。

甘いお菓子みたいなふわふわの髪が揺れて周りの空気が染まってゆく。



「…ううん。違うの。前の中間の点数やばくて、親にけっこう言われてさ。だから今回ので見返してやろうかなと。」



うそ。



「へ〜…サキの親って普段あんまそんなこと言わないのにね。」


「うん…。ね。さすがに来年受験生の娘をこんなにほったらかした自分に、焦りでもしたんじゃない。」



これも、うそ。



「ひっどいな…それ。親の都合に振り回される子供の身にもなって欲しいよね…ほんとに。ま、あんまり根詰めないようにね。中間はよくなかったのかもしれないけど、サキ。そんな悪い成績でもないんだから!」



ありがとう、と力無く笑って大嘘つきのわたしは、何度めかもわからない『ひみつのばしょ』へ今日も足を向かわせた。








呼吸を落ち着かせて図書室の前に立つ。

周りに誰もいないか確認してドアに手をかけた。





…よかった。


まだ、きてないみたい。





まだ寒い日が続く、2月の終り。

人の温もりのない放課後の図書室は、身震いするほど寒い。


いたら困るけど、誰かひとりくらい読書しててもいいのに、と毎度、ぼんやり思って、自分もその部類に入る事がないくせに、と毎度、苦笑しながら奥の本棚へと進む。



一番大きな本棚の奥が絶対に誰にも見つかることのない、『ひみつのばしょ』



狭くてほこりっぽいにおいにも随分と慣れた。




きょうもこの場所で


かれを待つ。



いとしい

いとしい



こえを、待つ。










「…さき…」




きた。




あたたかさを持ったこえが入口から流れ込んでくる。


近づいてくるこえに呼吸することも忘れて、耳をぎゅっと、澄ます。




「さき…?」




かれの、こえがすきだ。



静けさだけを張り詰めさせた空間で響くこえは、とくべつ。




「…さき…いないのか?」




気づかれないよう、注意深く囁くこえが深さを増す。


まるで

耳元で囁くように。





「さき…どこ?」





切なく響くこえが胸を締めつける。


呼ばれるたび、鼓動が跳ね上がり、冷え切った身体が熱を持つ。



もっと

もっと




もっと、よんで






「どこ?…さき」



なまえが色をもって、繰り返し放たれる。


あたたかさを持った低いこえが、空気をそめあげてゆく。



すきになったひとのこえって、どうしてこんなに甘く響くのだろう。




くるしくて、いとしくて




いきが



できない





からだが、こえに


縛られてゆく。






「さき…?」



いとおしそうに呼ぶこえが




「…さき。」





彼女を、つかまえた。








「おそかったな…咲。」



「ごめんね…ちょっと友達と話してて…。」



「誰…?」



「サキだよ…。同じクラスの。」



「…あぁ…。おまえと、同じ名前の…。」



「なっちゃん…て、呼んでくれるの…サキは…。」



「…おまえの事。…名前で呼ぶの…俺だけで…いいし。」







かれのこえがすき。



どうしようも、なく。







いとしいこえが

違う名前を呼ぼうと


あの、しゅんかんだけ


かれのこえは


わたしのなまえをよぶ







いつもの時間


『ひみつのばしょ』で


いとしい

いとしい


こえを、待つ。



わたしは


ひとり


こえを


待つ。







やさしい、こえがする


あまい、あまい



あなたのこえが

拙い文章を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。この短編が処女作となります。感想を頂けるととてもしあわせです。後書きまで読んで頂きありがとうございました。

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