第二章 b
「着替えるから朝食持ってきてくれるかな」
この国には朝食と言う文化が無いらしく、最初の一日目に朝食を取ろうと食堂に向かっても誰もいなかった時は言い知れぬ驚きを感じた。
それ以来、朝に焼いた肉とレタスを挿んだパンとミルクを持ってきてもらう様にしている。
それも信じられないくらいに美味い、特に肉とパンの相性は抜群で、レタスのシャキッと感もフレッシュで実に良い。
ミルクも搾りたてを煮て殺菌した物をわざわざ用意してもらっているらしく、人肌よりも少し暖かい位で飲みやすく何よりもこれも美味だ。
色々と不便な所もあるが恵まれた環境であることに間違いはない、そう思えばこそ、獅子王の為にもしっかり自分のやるべきことをやらなければと気を引き締める。
当面は学院に通い文字を読み書きができるようになる事が目的だ。
綺麗に畳まれた制服を手に取り袖を通していく、紺色のブレザーに白いシャツ、赤いネクタイとまるで現代の学生の様な制服を最初に見たときは驚きよりも先にため息が零れ落ちた。
もっとレトロな服装を予想していた為、拍子抜けしたのとまた学生服を三年も着るのかと思うと高校を卒業した気に成れない。
獅子王曰く制服なんて有って無いような物らしい、制服を着るのに形態的不可能がある種族も居る上に、圧倒的にそのような例外の方が多く、結果として形だけは制服と言うものが存在しているという事らしい。
閃助は無論、制服を着る事に無理が無いので制服を着る事になった。
何度か袖を通して、どんな物かは確認済みで何度も見直すような物でもない、ある意味見慣れた格好なのだから。
着替え終わり椅子に腰かけて鞄の中身を確認する。
初日から忘れ物と言う訳には行かない、何よりも獅子王の養子という事で話が通っているらしく、顔に泥を塗る訳にはいかない。
ちなみに今後基本的には獅子王の養子と言う扱いになっていくらしい。
身元不明の青年では通らない話と言うのはこの世界でも多くあるらしく、獅子王の名を使うことで身元をはっきりさせようと言う目的らしい。
それ以来獅子王は何かと閃助が丁寧な口調を使おうとすると少しだけだが不機嫌そうに鼻を鳴らす機会が増えた。
鞄の中身の確認を終え、鞄のベルトを締める。
ちょうどそのタイミングで、鼻孔をくすぐるいい匂いが扉の向こうから漂ってきた。
丁寧に戸をノックしてから閃助の許可を取って部屋に入るメロット。
「お待たせいたしました、肉とレタスを挿んだパンにホットミルクです。」
そう言ってテーブルの上に朝食を並べて、スッとテーブルから離れる。
「ありがとう、じゃあ、頂きます」
手を合わせてから、マグカップを手に取り暖かいミルクを一口飲み、一息つく。
そして、パンを手に取りもくもくと食事を済ませて行く。
時間には余裕があるが、もしものことで遅れる事はしたくない。
それに送り迎えの箱馬車を待たせているのもあまり閃助は好ましく思っていない、早めに行って学院で予習などをすると言う習慣をつけて行くためにも無駄な時間は少しでも減らしていきたい。
十分も掛けずに朝食を終え、鞄を手に取り立ち上がる。
「閃助様、まだ少し早いのでは?」
「早めに出て学院で時間を潰している方が遅刻するよりかはいいから、これからはこのくらいの時間で出る事にするよ」
「わかりました、では箱馬車までお荷物をお持ちいたします」
「助かるよ」
こういう所に違和感をぬぐえないが使用人を使うと言うのも王族の役目として獅子王に時々釘を刺されているので、細かい所でも出来るだけ使用人に頼めることは頼むようにと心がけている。
広い城内を歩くこと数分、門の前に止められた箱馬車を付けた下半身が馬の青年が待っていた。
「おはようございます!」
爽やかな風貌の好青年、目を引くのはその顔ではなく、下半身の方ではあるが。
箱馬車の引くための器具を下半身の胴体に取り付けている最中だったが姿勢をただし右手で握りこぶしを作り腕を横に上げて胸の前持ってくる、この国での敬礼はそうする。
彼はどうやら使用人ではなく、騎士団の一員の様だ。
「おはよう、今日からよろしく、名前は?」
「はい! ブリット・モーリワと言います、どうぞブリットとお呼びください」
朝からハキハキとして感じのいい青年、彼はヴァンガ族と呼ばれる馬を原種とした種族で、昔から歴史に名を残す賢者や騎士を多く輩出している種族の出でもある。
「わかった、よろしく、ブリット」
「はい! ああっ!すみません今すぐ取り付けるので少々お待ちください」
ブリットが慌てて上体を回して器用に下半身の背中に箱馬車を引く為の器具を取り付けて行く。
それを見てメロットは閃助の隣に立ちそっと鞄を差し出す。
「行ってらっしゃいませ、閃助様」
「ああ、行ってくるよ」
そう言って差し出された鞄を手に取りブリットの方に目をやる。
「すみません、お待たせしました」
ブリットは箱馬車の取り付けを急いで終わらせて、いつでも問題なしと言った表情をしていた。
閃助は箱馬車に乗り込む前にブリットに聞きたいことがあった。
「学院までの道は解るのか?」
「ええ、僕も元学院の生徒ですので、毎朝走って行っていたので問題は無いです」
「それなら心配ないか、じゃあよろしく」
閃助は軽快な足取りで箱馬車に入り込みシートに腰を下ろすとブリットは中を見て、敬礼をすると走り出した。
城を出てすぐの緩やかな坂を下り、すぐに平淡な道になると道端の石などを踏み時折箱馬車が揺れ、見上げるほど高い城の防壁を抜けると直後に城下町に出る。
人々の暮らす街中を黒と金で装飾され、皇国の国章が刻まれた箱馬車は通ると子供たちが手を振ってくる。
自分が王族として今後こういう扱いに成って行くのかと思うと少しばかり気が重い。
そうこうしている内に、目的学院にたどり着く、都の中心の城から西側にある海の見える学院、そこが皇立アルテ学院、閃助が通う学院だ。
学院前の停車場で止まり、箱馬車から閃助が下りる。
「ありがとう、じゃあまた後で」
「はい! 行ってらっしゃいませ、閃助様」
閃助の背が見えなくなるまでブリットは敬礼をしていた。