第二章 a
あれから一週間、閃助も少しはこちらの生活に慣れてきたとは言え、驚かされる事ばかりが続く日々である事は間違いなかった。
今日も日が昇りはじめた頃に目を覚まし、持ち込んだ手巻き式の腕時計を見て七時前である事を確認して起き上がる。
壁際の綺麗に畳まれたダンボールが部屋の雰囲気にあまりにもそぐわないが仕方ないと苦笑する。
枕元に綺麗に並んだぬいぐるみ達の中から古ぼけたライオンのぬいぐるみを手に取り頭を撫でながら手で遊ぶ。
「さて、今日から皇立学院の学生として勉学に勤しむ訳だ」
この間、高校を卒業したばかりなのにまた学生かと思う所が無い訳ではないが、必要な事である為文句を垂れていても仕方ない。
まずは読み書き学ぶ必要がある、ならば獅子王の補佐や騎士団で訓練するより一番時間が取れる学院を選ぶのが間違いないと思ったから、学院は三年制で解りやすく言うならそれこそ高校に位置する。
学院には幼稚園から中学校までに相当する教育機関も含まれているとの話だ。
閃助はその三年間で国の事を学び、残りの一年で獅子王の補佐として過ごし、来るべき日に向けて精進するつもりだ。
そんな最初の一日目からも子供の頃からの癖は抜けきらず早起きしてぬいぐるみを手に考え事をしている。
欠かせないルーチンワークの最中に扉をノックする音が聞こえた。
「閃助様、失礼いたします」
メロットの声が扉の向こうから聞こえ手にしたぬいぐるみを元の位置に戻してベッドから下りる。
「おはようございます、閃助様」
「おはよう、顔洗ってくるよ」
メロットと入れ替わりで部屋を出て廊下の突き当たりの水場へと向かう。
意外にも水まわりの整備はしっかりしていて蛇口も作られており捻るタイプではないが簡単に水を扱えるようにはなっている。
顔を洗い、持ってきた歯ブラシで歯を磨く、残念ながらここでは歯ブラシは出来の良いものは少なく、貴重品として高値で取引される事も多いとか。
閃助が歯を磨き終わり、タオルで顔を拭いている横に大きな影が現れた。
「おはよう、閃助、今日も良い朝だ」
ゆったりとした服装の獅子王のたてがみが太陽に照らされて、金色に輝いていた。
「そうですね、雨が降らなくてよかったです」
「うむ、今日より学院の方へと行く予定だったな、特に問題はないと思うが気を引き締めて行け、それに何事も最初が肝心だからな」
そう言い豪快に笑いながら、閃助の背を叩く。
「はい、気を引き締めて行ってきます」
「良い返事だ、それに比べ、私は当分執務室での仕事になりそうで、ちょっと気が滅入りそうだ」
前々から計画されていたらしい飛空艇のターミナルがもう少しで完成という事で色々サインをしなくてはならない事が多いらしく先日より獅子王は執務室からほとんど出る事が無い。
「やっぱり、飛空艇ターミナルの件ですか?」
「基本はそれだが、うむ、此処だけの話だが西の海岸で船が海賊の被害に合っているらしくそちらの方も対処を求められていて、私が直接出向ければすぐにでも片が付くのだが側近が何でもかんでも私が出向いてはならんと口出ししてきてな。うむ、少しばかりそちらも時間がかかりそうで色々大変なのだ、私も私でな」
「海賊ですか、この間見に行った限りではそんなに荒れている雰囲気ではなかったですけど」
「海賊が出たからと言って海路を塞ぐわけにも行かんからな、そもそも、閃助が気にする話でもないゆえ、今日は学院の事だけを考えておくといい」
そう言って獅子王は立ち去って行った。
しかし、ああ言ってはいたが気にするなと言うのは聞いてからだと難しい話だ。
だが、そう言って気にしていても仕方ないのは確か、とりあえず部屋に戻り服を着替えようと閃助は水場を後にした。
部屋に戻るとメロットがシーツなどを片づけた代わりに、学院の制服がベッドに置かれていた。