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第一章 d



ここで立ち止まっていてもどうしようもないと意を決し、出来立てで湯気が薄らと立ち込めるヒレ肉に閃助はフォークとナイフを手に取り、ナイフを肉に刺す。

焼きあがった表面の弾力を突き抜けた途端フォークの先の感覚が無くなったかと思うほどにすんなりと刺さる。

その感触に言葉を失いつつも刺した所を一口サイズに斬る為にヒレ肉にナイフを通すが、こちらも同じく表面の弾力の感触だけが手に伝わり切り分けられていく肉の間からあふれ出す肉汁に目に見えるほどしっかりと噴き出す白い熱気。

今まで生きてきた中で初めての体験、肉が切れると言うよりも自ら裂けて行くかのような感触に喉を鳴らす。

もはやヒレ肉なのかも怪しいがこれを口に入れないと言う選択肢は閃助の中ですでに消えていた。

唾を飲み込み、切り分けた肉を口に運ぶ、その間にもあふれ出す肉汁は滴り落ちるばかり。

口に含んだ瞬間に目を大きく開き鼻で息を吐く、滴っていた肉汁は予想を反しさっぱりとしているのにも関わらず肉の旨味が凝縮され一口食べただけでも息を吐かせるほどの物だとはっきりと解る。

だが、それだけじゃない。

噛むごとに肉に閉じ込められた旨味を含んだ肉汁が溢れ出し口の中に強く、それでいて爽やかに広がる。

肉本来の旨味を引き立たせる為に塩と胡椒だけで味付けされているところも憎い演出と言えるだろう。

肉自体も柔らかく強く舌で押すだけでも形が簡単に崩れ破裂したかのように肉汁が迸る。

味わいつつも消えゆく肉が喉を通り過ぎて大きく息を吐いた。

獅子王の言い分も間違っていなかった、確かにこれはもったいない、まだ皿の上には肉が残っているのにも関わらず追加が欲しくなる。

あまりの美味さ、それは今までこの肉を食べていなかった事を悔やむほど美味かった。

だが、それらを通り越してようやくこの肉がヒレ肉じゃない事に気が付く。

食生活もおそらく違いがあるだろう事は想定済みだが、これが何の肉かを聞くのは少々勇気が必要になるが、聞かなければそれはそれで後悔するだろう。

この肉を口にした時の様に意を決し肉の追加を楽しんでいる獅子王に質問を投げかける。

「獅子王様、この肉だけど、一体何の肉?」

「あぁ、閃助には馴染みが無いかもしれないな、これは数カ月ほど前に私が狩ったウォールドラゴンの翼のつけ根の肉で作らせた物だ」

案の定普通に生きていたら口にできない類の物だったが、それ以上に驚きを禁じ得ない言葉が獅子王の口から零れ出た事に聞き返す。

「数カ月前?」

「うむ、ドラゴンでもウォールドラゴンはこの城よりも少し小さい位のドラゴンでな、特にドラゴンの中でも鮮度を保てる日数が多くて重宝しておる、最もあのサイズのウォールドラゴンはなかなかお目に掛れるものでもないがな」

この城より少し小さいと言うレベルであればおそらくそれは一般的な高校にグラウンドを含めたほどの大きさになるが、獅子王はそれを狩ったと言っていた。

「そんな大きなドラゴンをもしかして一人で?」

それを聞くと声を上げて獅子王は笑う。

「いやいや、すまないすまない。私一人では食べきれんからな基本的に大型のドラゴンやリヴァイアサンの様なもの達は日持ちするゆえ保存食にしたり近隣の村に配らせたりしている、中には遠くから貰いに来るものも居るぞ?」

聞きたい回答と違う答えに閃助は言葉に詰まりそうになるが聞いてみる。

「それだけ大きいと被害も多いのでは?」

「ん? 被害か、うむ。確かに草木を薙ぎ倒したり津浪の被害も多くは無いにしろ色々あるが基本は私一人で行って狩るだけ故、それほど大きな事に成りはしないが、確かに閃助の言うとおりだ、今後はその辺も配慮する事を検討すべきだな」

側近が閃助のそばにより耳打ちをする。

「獅子王様は若き頃より他に類を見ないほどの強者ゆえに時折自らより大きな者へと挑む悪癖が御座いますので、そのあたりを考えて居られるならば常識と言う秤を捨てるのをおすすめいたします」

それを聞いて獅子王に対して、戦や戦闘に関する話をするとしてもきっとその強さが獅子王にとって普通なのだからとんちんかんな回答が返ってくるという事を理解した。

それからは談笑を含めつつ一品目のウォールドラゴンの翼根肉の炙り焼きと格闘し続けた結果、閃助は腹をパンパンに膨らませ3分の2ほどを食べた所でギブアップして、残りは最後の一皿を食べ終えた獅子王がペロリと平らげた。

「ところで閃助、君はこれから次期国王選定式まであと四年ほどあるが、どうするか決めているのか?」

「いえ、実はどうすればいいのかまだわからないくらいで、これから一月の内には決めようかと」

「幾つか提案があるのだが、どうだろう?」

「このまま悩んで時間を潰すよりかはいいと思うので、是非」

「うむ、案としては三つ、まずは私に付いて国政の補佐をしてもらう事、次に皇国騎士団に入隊してもらい戦闘技術など国防などを学ぶこと、そして、皇立学院でこの国について学んで貰う事、今考えられる事はそのくらいか」

確かに閃助が考えていた内容とほとんど同じだ。

「この辺りから考えてもらえると私も安心できるのだが」

獅子王のいう所も最もで、閃助も一人で旅をしよう、なんて無謀な事は考えていない、それにウォールドラゴンなんて言う規格外の存在まで知ってしまうと今の自分が一人で旅や旅行なんてどうこうしようとは到底思えない。

「そうですね。そのあたりが妥当かと、数日の内には答えを出します」

「そうか、それは助かる。では私はまだまだ国務が残っておるので失礼するぞ」

獅子王はそう言って食堂を後にした。

閃助は膨らんだ腹が苦しくてそのまま十分ほど椅子に座ったまま今後の身の振り方に頭を悩ませていた。


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