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第六章 d


箱馬車の中で獅子王が隣に居るにも関わらず死にそうな顔でグロッキーになって天井を仰いでいる閃助の姿があった。その様子に声を押して笑う獅子王。

「いやいや、場が場なだけに婚約の様な面倒な話が無くてよかったと考えるべきだろう」

所々で笑いを堪える獅子王に閃助は口先を尖らせる。

「確かにそれはそうかもしれないですが、疲れますよ。あれだけ攻めて来られたら」

うんざりして口にする閃助に獅子王は笑って答える。

「はっはっはっ! なにこれが他の社交界となったら見合い話や貴族の娘たちのアプローチでもっと大変なことになるぞ」

それを言われて口から地獄の亡者の妄執を形にしような声が漏れる。

「でも、学院じゃ、そんな事ほとんどなかったですが?」

「ああ、そうだろうとも。だが、今日の件で貴族達にはある意味お墨付きが出た訳だ」

そう言われて閃助は首を傾げる。

「私自ら、息子だと断定して、閃助自身も別段特殊な種族でもない。つまり、どの種族がどう接触しようと問題ないという事が知れ渡ったのだ」

ぞわりとして身震いして獅子王を見る。

「つ、つまり今日のあの質問攻めは……」

「そうだな、閃助の種族がどういう種族で、特別な風習があって同族としか子を成さないとか、結婚しないという事が無い事を確かめておったのだろう」

閃助は人生で初めて嘘をついておけばよかったと後悔した瞬間だった。

「じゃあ、明日からは……」

絶望の淵からにじみ出る声にもう獅子王は我慢できず笑いが止まらない。

「いやいや、すまないすまない。だが、その推測は正しいだろう。やはりもう少し後にした方がよかったかもしれないな。君を貴族たちの前に出すのは」

しかし、どうやっても時間は巻戻らない。諦めたように閃助はため息を吐いて脱力する。

「だが、解決策が無い事も無いぞ?」

獅子王の言葉に閃助は飛び起き獅子王の目を見る。

「何、簡単だ。閃助が婚約してしまえばいいのだ」

あっけらかんと獅子王が言うのだから閃助は肩の力が抜けてしまう。

「確かに、それはそうかもしれないけど」

少なくとも異性からのアプローチは無くなるだろう。だが、その為だけに婚約とはいささか良くない。そもそも、まだ二十歳にも届いていない若造が婚約と言うのはどうだろうか。

「うむ、私としても閃助が婚約してくれるならば願っても無い事だ」

「だけど、まだ二十歳にもなってないのに婚約ってどうだろう」

「ん? 貴族らの婚約など政治的思惑だらけで生まれたての赤子であれ婚約させられる事もあるのだ。 それに比べれば閃助が婚約しようとも誰も変に思わぬよ」

励ましてくれているつもりなのだろうが閃助の感覚はまだこちらに慣れ切っていない以上、違和感を拭えない。

「うむ、流石に事を急ぎ過ぎか。何、まだ若いのだ、ゆっくり考える事もまた一興だろう」

そう頷いて獅子王は閃助の頭をポンポンと叩く。

「そうですね。まだ、こっちに来て長くは無いですから」

案外、こうやって子ども扱いされることも悪くないと閃助は甘んじて獅子王の優しさを真摯に受け止めて微笑む。


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