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第六章 b

「この度は飛空艇ターミナルの完成パーティーにご招待いただき、ありがとうございます獅子王様」

深々と丁寧にお辞儀をするアルトネーア、それに対して獅子王が楽にしてくれと告げるとアルトネーアは顔を上げて、最上級の微笑を浮かべる。

「本来、父上が来られるべきでしたが、獅子王様もご存じかと思われますが、例の件で」

アルトネーアがそう言うと獅子王もわかっていると頷く。

「アレを放って置くわけにはいきませんからな。私どもの方からは光龍が向かっておりますら、安心なされても大丈夫かと」

話に付いていけてなかった閃助だが、光龍の名前を聞き理解する。

「ところで、そちらのお方はどなたでしょうか」

アルトネーアが閃助を見て聞き、獅子王が閃助の方を向くとアルトネーアは閃助にだけ解る様にウィンクを飛ばした。

「彼は、雨鳴閃助、私の息子です」

「初めまして、雨鳴閃助と言います。閃助と呼んで貰って構いません」

閃助の名前を聞いてアルトネーアは名前を繰り返して呼び、突如閃助の前まで近づく。

一歩後ずさり距離を置こうとする閃助にアルトネーアはムッとした顔を浮かべる。

「初めまして閃助様、わたくしはベリセル皇国の第一皇女のアルトネーアと申します」

アルトネーアは閃助の瞳を見つめ、閃助もその瞳を見つめ返す。アルトネーアのそれは熱の篭ったものだったが、閃助はそんな事はつゆ知らず、ようやく昨日からアルトネーアの事が気になっていた理由を思いついた。隣の家で飼われていた異様に美しかった猫によく似ているのだ。

思わず懐かしく思う閃助の瞳は憂いを帯びて愛情の様な優しさを感じるのに無理はない。

心の端を掴まれた様な感覚にアルトネーアは無意識に閃助の髪に触れていた。

「あの……」

閃助の言葉にハッとして手を引き胸の前で手を貸させるアルトネーア。

「も、申し訳ありません! すごく素敵な髪だったので、つい」

「いえ、別に悪い気はしてないですから」

突然の無礼に対しても怒る様子も無く、寧ろ好意的な笑みを浮かべる閃助にアルトネーアは一層の事、閃助の事を知りたくなってきた。

「あの、よろしければこの後、少しお話いたしませんか?」

アルトネーアの申し出に閃助はちらりと獅子王の方を見る。

政治的思惑かと閃助は疑うが、獅子王はアルトネーアの言葉の意味を理解しているらしく笑いをこらえて頷くだけだった。獅子王の了解も得た以上、閃助が無理に断る理由もない。

「わかりました。では、少しだけでよろしければ。どこか場所を移しましょうか」

そう言って閃助はアルトネーアをエスコートするように先に立ちドアを開けた。

「はい。では、獅子王様、またのちほど」

丁寧にお辞儀をしてアルトネーアは閃助と共に部屋を出た。

楽しそうに微笑むアルトネーアと二人で閃助はターミナルを歩く。

誘われたものの何を話していいものかと閃助は悩み、昨日の事を思い出した。

「俺の間違いじゃなければですが、昨日市場でお会いしませんでしたか?」

そう切り出すとアルトネーアは立ち止り閃助の方を向き、肯定する。

「ええ、昨日は市場の方へと見学に行かせて頂きました」

「何か欲しい物でもあったのですか?」

「いえ、ですが。欲しいものは見つかりました」

意味深な言葉で閃助の瞳を見据える。

「そうですか。それはよかったですね」

「ええ、本当に良かったです」

そして、二人は再び歩きながらターミナル内を見て回る。

「このターミナルが出来る事により、隣国やさらに遠い国からも物資や民たちが行き来することが出来るようになり、少しだけかもしれませんが、世界は小さくなってしまったのかもしれないですね」

閃助はターミナルを見て回りそう感じた。空港と呼ぶにはまだまだ整備は整っていないかもしれないが、港の様なものだと考えれば十分すぎるほど。こうやって少しずつ便利になればなるほど世界は小さくなって行くのかと、もとの世界の光景を思い浮かべる。

「それは、そうかもしれません。ですが、それは悪い事でしょうか?」

純朴な瞳が閃助を見つめる。

「悪い事かと問われますと、どうとも言い切れません。きっとこれにより得を得る者が居れば、それと同じように損をする者もいます。だから、俺にはそれは決められませんよ」

思ったことを思ったように口にする。

「閃助様としてはどうですか? この飛空艇ターミナルが完成して、良かったですか?」

「個人的な見解で言う慣れば……」

口にする前にふと考える。もしここで獅子王の不利になるような事を言うのは避けるべきだろうかと。一概に肯定もしなければ否定もしないと言った手前、すでに手遅れな気もするが個人的見解となるとそれは自身としての言葉か獅子王の息子としての言葉が、どちらを優先的にとられるのか。おそらくそれは受けての印象によるところが大きいだろう。

ならば、辺り障りのない言葉でごまかすべきではないだろうか。

「そうですね。こうしてアルトネーア姫と会話をさせて頂く機会を得られたと考えると、とても良い事ではないかと」

閃助は自らが墓穴を掘っている事に気が付いていないどころか上手く誤魔化せただろうと内心安堵している所だった。

そんな事とはつゆ知らず、アルトネーアの閃助を見る目は徐々に熱を持つ。姫と言えども乙女に変わりない。触れあう事は許されぬ相手が自らとの出会いを喜ばしいと断言する。

政略結婚でもなければ相容れぬ相手、それは胸の内の情熱を燃やす事は容易い。

手に残る柔らかな髪の感触にギュッと手を握り締めてしまう。

アルトネーアは本でしか知る事の無かった、憧れを抱く。自らがシャルト族の生まれであったこと心の底から感謝していた。もし、シャルト族では無く原種の跡の薄い種であればきっと首から上が真っ赤になり閃助に恥ずかし所を見られていただろうと、そう考えただけでも顔が真っ赤になりそうだった。

様子が少しばかり変なアルトネーアを見て閃助は背筋に冷たい汗が流れる。

何か仕出かしてしまったのかと内心穏やかでいられなくなっていた。

「そろそろ、戻りましょうか」

助け舟を請おうにも何処にも船が浮いていない以上どこかへ探しに行くしかない、現状、閃助が頼れる相手と言えば獅子王くらいなもの、ならば来た道を引き換えし獅子王の元へと行くのが正解だと判断し、アルトネーアに提案する。

振り返り閃助は歩み始めたが、アルトネーアは立ち止ったまま振り返りもせずギュッと握り締めた手を胸の前に置いていた。

その姿にもしや何かしらの持病でもあるのかと飛び上がりそうなほどに心配になり思わず駆け寄り、肩に手を置き、声を掛ける。

「大丈夫ですか? 何処か具合でも悪いのですか?」

もう、気が気じゃなかった。アルトネーアが二人きりと言ってからボディーガード達は何処にもいない。今すぐ駆け寄ってきてもよさそうなのに誰も来ない、それが不気味と言うか心配で不安で閃助は皇族の血脈の存在と言う見えない重圧に押しつぶされそうになる。

俯き何かを思いつめていた様子だったが不意に顔を上げてアルトネーアは閃助に聞く。

「閃助様は、何方か、心に決めた方は居られるのですか?」

いきなり突拍子も無い質問をしてくるものだから閃助は固まって首を傾げる。

ただ、手の置いた肩が震えているような気がして、真摯に答えた。

「俺はまだまだ若輩者で勉強不足です。そのような暇はございません。ですから、そのような方は居ません」

それを聞いてほっとしたような顔をするが閃助にはその違いを見極められるほどシャルト族の表情を見てきたわけではない。だから、自らがどんどん泥沼に沈んでいくことに気がつかない。

「すみません、急に失礼な質問をしてしまって」

微笑むアルトネーアはどこか上機嫌で、閃助が肩から手を離すとその手を握って歩き出す。

「えっ? ちょっ、アルトネーア姫?」

突然の行為に閃助は何が何だか分からなくなる。

「お嫌でしたか?」

愛らしくそれでいて意地悪に笑うアルトネーア、そんな顔をされたら嫌などとは言えなくなる。

「アルトネーア姫がよろしいのであれば」

「では、戻りましょうか。閃助様」

手を繋いで歩く二人、不謹慎ながら閃助はその手の肉球の心地よさに尚の事、隣の家の猫の事を思い出してしまう。

アルトネーアの方はなんと大胆なことをしてしまったのかと心臓が飛び出しそうなくらいに緊張している。やめておけばよかったと後悔する中で、閃助の大きく雄らしい手に手を握られていると思うと思い切ってよかったとも思う。

こんな小さな事でこんなに胸が弾む、恋はなんて素晴らしいものなのだろう。そう感じずには居られなかった。

「アルトネーア姫、そろそろ」

閃助がそう言うともうあと少しで控室までたどり着いてしまう。長いはずの廊下ももう終わってしまう。ピンッと張られていた緊張の糸は何時の間にかほぐれ、ただただ閃助とのこの時間に心を奪われていた事を噛み締める思いで実感した。

手を離したくない、寧ろこのまま自国に連れて帰り父上に結婚すると言ってしまって、ずっと傍に居てほしい。安易に陶酔してしまうほどにアルトネーアは恋していた。

どの雄もアルトネーアを見ようとはしていなかった。それが嫌でも視線に出て、ずっとそんな中で気丈に振る舞い、王族としての役目をはたしてきた。そこに現れたそんな世界とは無縁のはずだった青年。ただ一人の雌として自らを見てくれている、優しき雄。血筋は確かに解らないが、獅子王の息子と言うだけで地位は揺ぎ無い。アルトネーアが簡単に心を許せる条件が見事に整っていた。

そうなってしまってはもう止まれないし止まらない。

「ですが、まだもう少しあります」

そう言ってギュっと強く手を握る。

思わず閃助は横目でアルトネーアを見て視線を下げて手を見つめた。

あぁ、そう言えばと閃助は猫の性格を思い出す。猫と言うのは気まぐれで本心が見えづらい。きっとアルトネーア姫にもそう言う所があるのだろうと勝手に納得して微笑む。

その様子をちらちらとドキドキしながら見ていたアルトネーアはこれはっと喜びの声をあげそうになるが口をきゅっと閉じて我慢した。

「閃助様」

そう言うとアルトネーアの手から力が抜けたのでそっと閃助は手を離す。

名残惜しい肉球の感触に閃助は淋しさを感じて、猫のぬいぐるみを買いに行こうと心に決めた。

「では、失礼いたします」

アルトネーアは深々と頭を下げて閃助に背を向けて歩き出した。それ追う様に物陰からボディーガード達が現れアルトネーアの前後に付く。

やはり、格が違うのだろうと閃助は思わずに居られなかった。長く続く血脈、しかもそれが王族となると別格と言う言葉がしっくりと来る。振り返らないアルトネーアの背中が消えるまで閃助は眺めていた。

気を取り直して、獅子王の居る控室へ入るとこちらに気が付いて獅子王は指で座ることを催促する。

その後は控室で獅子王と他愛も無い話をしているとあっという間に時が過ぎた。


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