第五章 c
「ありがとう、そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
そんなやり取りをしていると遠巻きで見ていた子供たちが何時の間にかどこかに行ってしまっていた。
「そう言えば、ぬいぐるみって何処で買えるかな」
最の目的を思い出してメロットに店が無いかを尋ねてみる。
「この辺りですと、あちらの方に取り扱っている個人の店舗が」
そう言ってメロットがすぐそこの道を指さす。
「じゃあ、行ってみようか」
「はい、では案内させていただきます」
一歩二歩と数歩先を進むメロットの後ろについて歩く閃助、普段は後ろを離れずについて来るメロットの背中を見るのは珍しく、何気なく閃助の視線はメロットの背中へと移っていく。
その視線が徐々に下がって行き腰の下に目が向ける、ゆったりとした服故に、メロットの原種の跡が浮き彫りになり、細身の上体に対して下半身は大きく、言い方は悪くなるかアンバランスとしか言い様がないほどに閃助の常識とはかけ離れている。
しかも、容姿だけで言えば閃助の生きてきた中では三本の指に入るほどの美少女。
知的好奇心と自らを偽り、ふと裸体を想像してしまい、言葉にできない自己嫌悪が胸の内を渦巻く、どう考えてもメロットの存在は閃助にとっては良くも悪くも甘美な毒に近しい。
「こちらです」
不意に立ち止まって振り向いて店の方に手を向けるメロット、甘美な毒を苦い思をしながら飲んでいた閃助は揺れるメロットの髪と耳に胸の内を擽られるような錯覚を感じる。
「あ、ありがとう」
メロットの顔が見れない。
街中で、しかも本人を目の前にしていたのに止められなかった知的好奇心、それに負けた自らの意志が恥ずかしくて情けなくて、せっかく二人で町に出掛けに来ているのに、まともに顔が見れたものではなくなっていく。
おとなしく手を差し伸べられた店へと入っていく。
「いらっしゃい」
店の奥から声が聞こえるが、こちらまで出てきて対応する気は無い様子。
下手に騒がれるよりは何倍もマシだと閃助はそのままぬいぐるみが置かれている所へと足を運ぶ。
「思ったより色々あるな」
二メートルほどの棚に並べられた手作りのぬいぐるみ達に閃助は声を漏らす。
六十センチ程度のドラゴンのぬいぐるみなど、閃助が持ちえないぬいぐるみが多く取り扱っている。
あっちの世界では普通の店で置いているぬいぐるみなどデフォルメのキャラものやクマなどが主流、このような明らかに特殊と見て取れるものは専門店でも珍しいだろう。
ここの普通との差異に閃助は未知なる出会いに感謝して少し大きめのドラゴンのぬいぐるみを手にする。
「珍しいねぇ、雄がぬいぐるみなんて」
うだつの上がらなさそうな見た目の眼鏡を掛けた犬耳の女性が奥から出てくる。
「すみません勝手に」
「いーのいーの、客商売なわけだし、手に取って見てもらって気にいった物を買ってもらえればそれで……」
言い終わると眼鏡を外して目を細めて閃助の顔をまじまじと見つめる。
「あの……」
「ああ、ごめんね。なんだか見覚えじゃなくて、聞いたことのあるような人相だったから、もしかしておにぃさん有名だったりする?」
「一応、獅子王様の養子成りました、雨鳴閃助と言います」
それを聞いて眼鏡の女性は跳ねるように背筋を伸ばすとそれにつられて耳を毛が逆立っているように見えるほどピンと張る。
「じゃあ、っじゃなくて、では、貴方があの噂のレグルス様でしょうか」
聞き覚えの無い単語に閃助が首をひねると後から入って来たメロットが眼鏡の女性に手を振る。
「あっ、メロットちゃん。じゃあやっぱり!」
目を輝かせる眼鏡の女性、しかし閃助は何のことだかさっぱりといった様子だ。
「どうやら、巷では閃助様の事はレグルスと呼ばれている様です」
「初めて聞いたんだけど、それ」
「元々閃助様のお名前があまり知られていなかったことから獅子王様の息子と言う事で、若き王と言う意味を持つレグルスと言う名前が使われ始め、そのまま閃助様の容姿と共に広がったものかと」
「なるほど」
思わず納得してしまうが、今後、様々な場面でレグルスと呼ばれるのかと考えると名前負けしている気がして、快く受け入れがたい所がある。
「ところで、メロットはこの方と知り合いなの?」
「ええ、私の姉の友人でして、幼い頃より良くしていただいています」
「わたし、ノワールと言います。以後お見知りおきを」
なんだか落ち着かない様子でそわそわしているノワール、そう堅苦しくされては買い物もし辛くて仕方ないと閃助は言葉を返す。
「そんなに畏まらないでください、今の俺はただの客ですから」
「そう、ですか?」
ちらりとノワールはメロットの方を見るがメロットは難しそうな顔をするだけで答えを出さない。
「気を使われても買い物ものし辛いですから」
困ったように考え込むノワール、閃助は刻んできた歴史の違いを噛み締めて理解していたつもりだったが、こういう小さなかみ合わせの違いにはまだ当分頭を抱える事に成るだろう。
「ところでこのぬいぐるみ達なんですけど、手作りですよね?」
閃助が手にしたドラゴンのぬいぐるみを指さすと、ノワールは慌てて閃助の方を見る。
「ええ、わたしが作っていますけど」
店に並べているのだから当然だが、良く出来ていると自らの内心を誤魔化すが、瞬くうちに押し殺していた本音が吐露する。
「抱きしめるのには丁度いい大きさ、それでいて愛らしさを兼ね備えたフォルムにつぶらな瞳、基調を赤としてドラゴンに抱く直線的なイメージをしっかりと押さえて、尚且つ凶悪なイメージを沸かさせない仕上がり、デフォルメ化することによりアンバランスになりがちな羽と体の比率が完璧に考えられ、遠目からでも解る美しさを内包したデザイン、完璧だ。ぜひ家に欲しい」
我慢できなかった、閃助の数少ない短所とも言えるぬいぐるみに対する異質なまでのこだわりが押し殺していた内心と手に取って触れて見て分かる出来栄えに爆発してしまった。
言い終えてから、ああ、しまったと背筋から冷や汗が流れ出る。
「ふっ、ふは。ふはははははははっ!」
ノワールは我慢できずに声を上げて笑い出す。
「おにぃさん!そりゃ褒め過ぎってもんさ!しっかし、おにぃさんみたいな方が獅子王様の息子!」
笑いを止められずに喋りながら腹を抱えるノワール、今のを見てしまったらもう敬おうなんて気もおきやしなかった。
「ノワールさんっ!」
メロットは声を上げてノワールの名前を叫ぶが、閃助がそれを制する。
「いや、どう見てもノワールさんの反応が正解だから」
むしろ気持ち悪がられずに笑われた方が良い事を閃助は良く知っている。
それで何度生傷の絶えない喧嘩をしてきたか。
「ああ、もう、ごめんよ。でもおにぃさんみたいないい年の雄が、ぬいぐるみに夢中なんて可笑しくってもう」
思いだし笑いをするノワールにメロットは少しばかり膨れっ面でそっぽを向いていた。
「いやいや、可笑しくて当然だと思ってますよ。でも、好きなことを好きと言えない生き方はしたくないですから」
「ふはははっ!おにぃさん、カッコいいよ。下手に雄々しくあろうとしてる奴らよりよっぽど、いい顔してる。嫌いじゃないなぁ」
「褒めても何も出ないですよ、あっ、これ買います」
そう言って手に持ったぬいぐるみをノワールに渡す。
「毎度ありっと、いやー、おにぃさんみたいないい人に買われてこの子も嬉しいだろうね」
そう言いつつぬいぐるみを持ってカウンターに入って紙袋を取り出す。
「いくらですかね」
閃助はガマ口財布を取り出して値段を聞く。
「銀貨一枚だよ」
安くは無い値段だが、出来栄えからすれば納得のいく値段に閃助も迷いなく銀貨を取り出して手渡す。
「はい、確かにいただきましたよ」
引き換えにノワールは紙袋に入れられたぬいぐるみを差し出す。
「良い買い物だった」
久しぶりの買い物で良い物を買えて機嫌の良い閃助に対してメロットは未だに膨れっ面のままで、やっちゃったかと言う顔でたははと笑うノワール。
「どうしたメロット?」
そこでようやくメロットの様子に気が付く閃助。
「いえ、何もありませんので、ご心配なさらずに」
普段とは違い何故か冷たさを感じる言い方に閃助は訳が分からない。
「まぁ、欲し物は買えたし、街を案内してもらおうかな」
いつも考えても答えを出せないのだから悩んでも仕方ないと閃助は頭を切り替えてメロット声を掛ける。
「行こうか」
「わかりました」
メロットは頷き、静かに店の入り口の方へと歩いていく。
「じゃあ、また来ますよ」
「うん、待ってるよ」
ノワールは笑顔で手を振って二人の背中を見送る。
「いやー、あれが噂のレグルス様か、あっそーだ、良い事思いついた!」
にっしっしっと不敵な笑みを浮かべて店の奥へとささっと消えて行く。




