第五章 a
こちらに来て学院へ行き出して最初の休日、メロットと約束をした日でもある。
いつも通りの朝、朝食を用意してもらうその間に着替えを済ます。
丁度そのタイミングで、メロットが朝食を届け来た。
「失礼いたします」
トレーを器用に片手で持ち部屋に入り、テーブルの上に食器を並べる。
「今日も美味そうだ」
「それは何よりです、お召し上がりください」
特に変わらぬ様子のメロットに閃助は後から自分がデートに誘ったと気が付いて落ち着けずそわそわしていた事を情けなく思う。
「ありがとう、今日はお願いするよ」
「はい、勿論です」
明るい笑顔を浮かべた上機嫌のメロット、此処の所は自分の世話ばかりで自身の為に外に出たりと言う事が少なかったのだろうかと閃助は間の悪い勘違いで自らの失態を見事に拾い忘れて行く。
「じゃあこっちは一人でもいいから、メロットも出かける用意をしてきていいよ」
「良いのですか?」
閃助の傍でずっと立っているつもりなのだろうか、動く気配が無かった。
「良いよ、俺を待って出る時間が遅くなるのも勿体ないだろ?」
ものすごく急いでいると言う訳ではないが出来るなら早めに出て空いている内に色々見て回りたい。
「ですが、私が用意するものなど多くはございませんから」
さらっと否定し閃助を見つめるメロット。
「着替えないとか色々準備があったりしない?」
「ええ、服は着替える必要はございませんが」
メロットの私服が見れると心のどこかで閃助は期待をしていたので勿体ないなと思う。
「そうなの?」
「私は使用人でございますから、町娘の様に好きな服装と言う訳には行きませんので」
そう言うメロットの言葉に閃助は腕を組み一考。
「じゃあ、今日はついでにメロットに似合う服を買いに行こう、勿論俺が出すよ」
資金面の問題に抜かりはない閃助は不敵に笑う。
メロットは想像もしていなかった閃助の言葉に目を丸くしていた。
「あれ、もしかして嫌だったかな」
思いつきを口にしてしまった為、相手の事を考えていない発言に後悔と自らに対する嫌悪感に閃助は呑まれそうになる。
「いっいえ、そのような訳ではございませんが」
はっきりとした答えの出ないメロットに閃助は食事を続けながらもそわそわとしてしまっている。
「その、閃助様のお気持ちは大変嬉しいのですが、私は使用人でございます。必要な物は頂いておりますし、なのでお気持ちだけで」
メロットの握り締めた手は震えて、まるで何かを我慢しているような印象を受けた。
閃助は使用人と言う言葉をあまり好ましく思っていない、故に普段なら安易に頷く所で、意地を張りたくなった。
「嫌じゃないなら、俺からメロットにプレゼントさせてほしい。使用人だから駄目なんて俺は嫌だ、だってメロットこと好きだからさ」
その言葉に一瞬でメロットは顔を真っ赤にして慌てふためき長い耳で顔を隠して背を向けてしまう。
「そそそ、そのような事をおっしゃらないでください!」
顔を隠している耳まで真っ赤でその様子で閃助は自分の言った言葉を理解した。
「勘違いしてしまうじゃないですか」
消え入りそうな声でメロットは小さく呟くが、閃助も自らの失言をどう撤回するかに思考を取られて聞こえていなかった。
「待って!」
閃助は声を上げて立ち上がり空中で手を右往左往させて言い訳を考える。
「えーっとだな、確かにメロットの事は好きだ、それは間違いない。だけどその好きって言うのは心の許せる相手であってだ、ああっと違うって違う訳じゃないけど!」
今までこんなに親しくした女性と言うのは家族を除いて初めてに近しく、もう自分が何を言っているのか閃助も訳が分からなくなってきた。
「わかっています、私如きの邪推でありますが、友人としてという事ですよね?」
自分以上に慌てふためく閃助に助け舟を出す。
「そう! そう言う事だから、友達に贈り物をするくらいあるよね、そう言う事だよ」
大ぶりのアクションで自分を誤魔化そうとする閃助に、メロットは面白くなってしまって笑ってしまう。
その姿を見て閃助もなんだか可笑しくなってきてつられて笑ってしまう。
「今日は俺の顔を立てると思って受け取ってほしい」
真摯に目を見てメロットに訴えかけると困った風にしながらも嬉しそうに首を縦に振る。
「はい、では楽しみにさせていただきます」
言って良かったと閃助は内心ほっとして椅子に座る。
「じゃあ、早く朝食を済ませてしまおうか」
そう言って閃助は食べかけの朝食をいそいそと食べ始める。
隣で幸せそうな顔を閃助に見られまいと少し後ろに立って眺めるメロット。
閃助が食べ終わると食器を片づけようとトレーに回収していく。
「よし、先に正門の所で待っているから、また後で」
返事も聞かず閃助は逃げるように自室を後にする。
取り残されたメロットは不思議そうにしながらも自分のすべきことを成して、閃助の部屋を後にした。
迷路のような城内を抜けて閃助は正門の所で気持ちを落ち着かせる。
割と平気なふりをしていたが、色々と内心穏やかではなく、話が纏まったがどこか落ち着かない閃助。いつものように夜中であれば都合の良い言い訳でごまかせるが、今回の話はそう言う訳には行かない。
何せ自らデートに誘ったようなもの、意識していなかったとはいえそれは紛れもない事実。
意識すればするほど馬鹿なことをしたと思う反面、メロットの笑顔を思い浮かべれば誘ってよかったとも思う、可愛い女の子と二人で買い物と言うだけで気が緩み口角が上がってしまう。
そう、誰がどう見てもメロットが美少女であることは間違いない。
なぜあれほどまでに可愛い娘が使用人をしているのだろうか、閃助がふと疑問を胸に抱く。
城壁に背を預け、腕を組み考え始める。
物思いに耽っている所に何時もの服装のメロットが閃助の前に立ちに顔を覗き込む。
「どうかなされましたか?」
突然の事に閃助は驚き顔を上げた時に頭を城壁にぶつけてしまう。
「痛っ!」
閃助が頭を押さえ蹲るとメロットは悲鳴を上げてあたふたと取り乱す。
「申し訳ございません!」
「いや、大丈夫だけど、ちょっとだけ時間頂戴」
立ち上がり深呼吸すると痛みが和らいでいく、触った感じではこぶは出来ていないようだし、大丈夫だろう安堵する閃助に対し、メロットは閃助が他人に対して優しすぎる事を知っているからこそ不安で仕方ない。
「ぶつけた所を見せてはいただけないでしょうか」
とても不安気で心配そうにするものだから閃助は二つ返事で相槌を打つ。
「うん、痛みも引いたけど、念のため見て貰おうかな」
そう言って閃助は背中を向けてしゃがみ、ぶつけた所を指でさす。
「失礼いたします」
恐る恐るぶつけた所に手を伸ばして、そっと触れた。触ってみてもおかしな所は無くメロットもほっと肩を撫で下ろすが念のためじっくりと確認する。
しかし、安心感が不安を勝ってしまいつい違う所へと目が移ってしまう。
つむじの向きやあり得ない色をしている黒い髪、そしてそれが雄とは思えないほどに柔らかく、ふわふわしていて胸が高鳴る。
それから数分ほどたって閃助も体制がきつくなってきた辺りで声を掛ける。
「そろそろ、いいかな?」
閃助の言葉でメロットは正気を取り戻し、背筋を伸ばして立つ。
「は、はい!」
鼻で息を吐いて立ち上がる閃助はうーんっと体を伸ばす。
「特にどこか腫れては無いようです、念のため今日はお休みになられた方が良いのでは?」
今から二人きりで町に出かけると言う所で恥ずべき失態にメロットは出来れば穴があれば隠れたい気持ちが沸々と湧いてきてしまい、思わず逃げる様な言葉を口にしてしまう。
「これくらい平気さ、何かあったメロットが傍に居てくれる訳だし大丈夫だよ」
自らを心配してくれるメロットに対して閃助はより信頼のおける相手だと強く認識で来てむしろ頭をぶつけて良かったのではないかとさえ思っていた。
「わかりました。では、参りましょうか」




