第四章 a
昨日と同じ時間に目を覚まして昨日と同じ時間に部屋を出ると廊下で千穂が腕を組んで仁王立ちをしていた。
「おはよう、閃助」
実に楽しそうな笑顔で閃助を出迎える。
「おはよう、今日から学院?」
「ちょっと無理しちゃったけど、そうだよ」
自慢げな顔をするが骨を折ったのは主に獅子王であるという事を忘れている。
「分かった、俺は何時もこのくらいの時間に出ようと思ってたんだけど、もうちょっと遅い方が良い?」
ストレートな一緒に登校しようと言う閃助の発言に千穂は胸が躍る気持ちだったが、本人はと言うとブリットの手間を増やすのも悪いなと思って気を使って言ったのだが、千穂はそれに気づかずひたすら嬉しそうにしている。
「大丈夫、あたしこれでも朝は強い方だから」
胸を張る千穂、制服の上からでも良く分かる豊満っぷりに閃助も思わず目を向けてしまう。
後から部屋を出てきたメロットがそれに気が付いてちらりと自らの胸元を見てさほど違いが無い事に内心安堵した。
「朝は苦手だから羨ましいよ」
この間の、寝ぼけてメロットを抱き枕にしてしまった事を思い出して言い訳の出来ない自らの醜態に後悔してしまう。
出来るだけ後悔しない様にと生きてきたのに環境が変わった途端にミスを犯すと言うありがちなパターンを引き起こしてしまい久しく一人落ち込んでいた。
最もそれでメロットから最初に感じていた距離感が無くなったのは喜ばしい。
できれば長い時間を共に過ごすかもしれない相手なのだから円満な関係を築きたかった。
「閃助は朝苦手なんだ」
意外そうにしながら閃助の隣に立つ千穂。
「なんだったらあたしが起こしてあげよっか?」
「いや、朝はメロットが起こしに来てくれるから問題ない、ありがと心配してくれて」
心配したわけではないのだが、それを言うのもあれなのでおとなしく千穂はその言葉を受け取っておく。
閃助は閃助でこれ以上恥の上塗りの様なミスは避けて行きたい。
そうなると出来るだけ朝は他人と変わらない環境を整えて行き慣れて行くことを最優先にしたい。
「了解よ、じゃあ行きましょうか」
意気揚々と歩き出す千穂の後を追う形で付いていき、ブリットの待つ箱馬車の前まで来た。
いつも通りに敬礼をするブリット。
「おはようございます!」
朝一番から気合の入った挨拶。
「おはよう、ブリット」
閃助が先に声を掛けて箱馬車に乗り込み、続いて千穂が箱馬車に乗り込もうとする。
「はい、段差があるから気を付けて」
そう言って閃助は手を差し伸べる。
「あ、ありがと」
恥ずかしげに俯く千穂だが、差し出された手を取り乗り込む。
「じゃあ頼むよ、ブリット」
「任せてください!」
前足を高く振り上げてブリットは学院へと走り出す。
先ほどから千穂の様子がおかしい、ずっと俯いたままで会話が無い。
二人だけだと気まずいと言う時もあるかと閃助は勝手に納得して流れゆく外の景色を楽しむ、千穂はそんな余裕も無く握った手の感触を忘れまいと触れた手を握りして反対の手でその手を覆い胸の前で抱きしめていた。
そのまま結局会話も無く学院前に到着した。
「ありがとうブリット、帰りも頼むよ」
「はい! 行ってらっしゃいませ」
微動だにせず体勢を崩さないブリットを見ていると獅子王が慕われているという事が実感できてうれしい反面、その期待の一部を自らが担っていると思うとプレッシャーが掛る。
「あ、あたしこっちだから」
千穂は職員室の方を指さす。
「うん、じゃあまた後で」
そう言って千穂と別れて教室へ向かう。
教室に入ると疎らにしか生徒が居ない、朝の挨拶を交すが特に閃助に興味を示す者はおらず、それぞれ気ままに話したり勉強したりしている。
この世界において見た事の無い種族と言うのは割と存在しており今更一種族増えそれが同じクラスになろうとも珍しいのはその日だけ、次の日からはクラスメイトが一人増えただけの変わらない日常。
ある意味ではその点はドライとも取れるだろうが獅子王本人でもなくただの養子、新たな獅子王の話題も無ければ王族としての意識も薄い閃助に強い興味を示しているのは隣の席のメリーシアともう一人だけ。
「おはよう、雨鳴は朝早いな」
この雄、ウェルヘン・ハイヤーは獅子王と同じで人型であることを除いて狼と変わらない姿は比較的に目を引くタイプの種族。
「朝は苦手だから早く来るようにしているんだ」
「ふーん、なるほどね」
そう言いながらウェルヘンは近くの椅子に腰を下ろすが、体躯が大きいせいで椅子とのバランスが悪い。
「ウェルヘンはそうでもないのか?」
「僕か?そうだな、朝は割と平気な方だな」
内心意外だと思ってしまった閃助、ウェルヘンはそれに気が付く様子は無かった。
「ところでだけど、昨日、噂で雨鳴がユーナちゃんと一緒に食事してたって聞いたけど本当?」
秘密にしている訳でもないので閃助が肯定するとウェルヘンずいっと閃助に近づく。
「今日も昼食は一緒の予定なのかい?」
見た目に似合わずひそひそと小さな声で閃助に耳打ちする。
「いや、特に約束はしてないけど」
「じゃあもし一緒になるなら僕も誘ってくれないか?」
「それはいいけど、もしかしてユーナの事が気になるの?」
「まあ、ね」
何か含みのある言い方に閃助は首を傾げる。
「あー、雨鳴は知らない?」
「何を?」
「彼女って結構人気のある娘でさ、機会があるならお近づきになれたらなって思っただけさ」
「肝心なところをぼかされた様な」
昨日の今日だと言うのにウェルヘンは閃助に対して割と砕けた雰囲気で話を続ける。
それが閃助にとってはとても嬉しくもあり、ありがたい事だった。
その後、教室のほとんどが埋まる頃まで他愛も無い話をした。
「じゃあ、良かったら僕も食事に誘ってくれよな」
鐘が鳴るなりそう言い残してウェルヘンは一番後ろの自分の席に戻って行った。
入れ替わるようなタイミングでメリーシアが教室に入り席に座る。
「おはよう、閃助君」
「おはよう、いつもこのくらいなの?」
そう聞かれるとちょっと困った顔をするメリーシア。
「うーんと、そう言う訳じゃないけど、今日はちょっと遅いかな」
「家は結構ここから遠いの?」
「そうでもないけど、市場の先の居住区だから全然普通かな」
閃助は頭の中で道を思い出す、大体そこからなら歩いて十五分ちょっとと言う所だろう。
「市場の先か、あんまり居住区には用事が無いから言ったことないなぁ」
「そうなんだ、じゃあ今度家に遊びに来る?」
何気ないメリーシアの一言に周りの雄たちの意識がこっちに向けられたのか閃助にもひしひしと伝わった。
性別に分け隔てない態度で接するメリーシアに惹かれている異性は多い、そもそも刺激的な着こなしの制服に、目を向けずにはいられないボディなのだから人気があるのも当然で。
「機会があればお願いしようかな」
無下に断ることもしたくなかった閃助の精一杯の譲歩案であった。
それから五分もしないうちにキザキが教室に入って、教室を見回す。
「おーし、全員出席っと、じゃあ授業始まるまで好きにしてな」
そのまま踵を返してそそくさと教室を後にした。
「あれ?」
閃助の口から言葉が零れ落ちた。
てっきり千穂がこのクラスに来ると思い込んでいた物だからなおさら驚きが隠せなかった、その様子にメリーシアが顔を覗き込む。
「どうしたの?面白い顔してるよ?」
言葉に詰まるような事も平気で聞いてくるメリーシア、分かっているのか分かっていないのかは不明だがこの性格は嫌いではない閃助。
メリーシアの言葉に答えようとした瞬間。
隣のクラスで野郎共の歓声が廊下を通じて響き渡る。
「わっ!何かあったのかな?」
それに驚くメリーシア、何も知らない様子で話を続ける。
「きっと可愛い子でも入って来たんじゃないか」
「でも、そんな噂なかったんだけど」
それはその通りだろう、昨日の夕方前に決まった話だろうから。
「ふーん、閃助君も気になる?」
「気にならないと言えば嘘になるかな」
「そっかそっか、閃助君は可愛い子には興味津々な訳か」
男なら少なからずそうだろうと口にしたかったがそれを遮る様にメリーシアが顔を近づけてくる。
「あたしは可愛いかな?」
聞かなくても解るようなことを聞いてくるメリーシアに閃助は肯定する。
「君が可愛くなかったら他に可愛い子なんて居ないと思うけど」
思っていた答えと違う答えが帰ってきたと言わんばかり驚いた表情を見せた後にふにゃふにゃとした柔らかな顔をしたと思ったらすぐに顔を背ける。
「あ、ありがと」
閃助はとりあえずその言葉を受け取りはしたがさっきからメリーシアの言動や行動に理解を示せず不思議そうな顔をしていた。
一方で、閃助と同じクラスになれなかった千穂はふてくされた顔をしていた。




