第三章 f
千穂達との夕食を終えた光龍は獅子王との打ち合わせを終えると城内が寝静まった頃に星空の下で黒翼を広げ飛び立とうとしていた。
「千穂」
そこに一緒に居た千穂の方をちらりと見て名前を呼ぶ。
「何?」
「行ってくるぞ」
「うん、気を付けてね」
その返事を聞き満足げに光龍は西の海の方へと朝飯前程度の気軽さで海賊の討伐へと向かって行った。
「さて、お父さんも行っちゃったしそろそろ寝よっと」
寝間着姿の千穂は手で隠して欠伸をしてとぼとぼと自分の部屋へと歩いていく。
月明かりの届かない廊下でも灯りを絶やすことなく進むことができる、文明の利器として生まれた電気ではなく、この世界には共鳴石と光石と言う二つ合わせて使うことにより光を生み出す特殊な鉱石がある。
共鳴石は数年単位で交換しなくてはならないが光石の方は半永久的に使う事の出来るここでは一般的な夜の光。
光柱と呼ばれている、水筒の様な形の陶器は砕かれて磨り潰された光石が練り込まれており、その筒の中には共鳴石が入ってある。
光石は共鳴石が放っている微弱な振動により発光している、その為蓋を閉めると陶器だけが淡く光ことで前を照らす事が出来る。
それを持ちながら部屋の前まで千穂が来ると閃助の部屋から話声が聞こえた。
不謹慎だと分かっていても、つい気になってしまいそっと扉の前まで来る。
息を潜めて扉に耳を当てる千穂、いけない事をしているのになんだかワクワクしてしまう。
よく聞くと片方は女の子の声、てっきり獅子王辺りと今後についての話などをしているのかと思っていた為に予想外の展開に尚更ワクワクしてきた。
閃助の部屋では、メロットが閃助の隣に座り話をしていた。
「閃助様……」
目を閉じて肩を預けて幸せそうに微笑むメロットに耳を触らない様に気を付けながら頭を撫でる閃助。
「今日も色々あったよ、特にインパクトが強かったのは千穂よりも朝からお酒を飲んでいた俺の教室の担任かな」
あえて、囚われ続けた後悔の話は口にしなかった。
とてもじゃないが自慢できる話じゃない、どちらかと言うも話したくない部類の物、だから閃助は他の事を話す事でその話をしない様にしていた。
「閃助様、今日なされたことや出会われた方の話よりも閃助様の元居た世界のお話をお聞かせ願えないでしょうか」
言葉丁寧に甘えて、ゆっくり体を寄せるメロットに閃助は困った顔で何を話したものかと悩む。
「色々話をしては来たけど何か面白い話なんてあったかな」
メロットの頭に手を乗せたまま考え込むが中々話してほしいと言われて話すネタと言うのはあまり持ち合わせてはいない。
その頃の扉の向こうの千穂は気が気じゃない思いで部屋の中の声に聞き耳を立てていた。
「面白い話でなくてもいいのです、こうして閃助様と二人でお話出来る事が良いのです」
メロットの閃助に対するこの行為には理由があった。
最初の数日はこのようなことは無かったのだが閃助が寝ぼけて長老と間違えて起こしに来たメロットを抱き枕の様に抱きしめてしまった事が原因だった。
メロットはホーランド族の生まれという事が問題だった。
ホーランド族は簡潔に言えば一度温もりを得てしまうとそれが無くなると落ち着かなくなると言う性を持ち合わせている。
親類や浸しい友人などでは起きえないが特定の条件下でのみ性は顔を表に出してしまう。
抱き枕にされたメロットはその日は問題なかったが次の日から落ち着きが無く些細なミスを何度も繰り返してしまい、最後には自らの情けなさと不甲斐なさに一人隠れて泣いていた。
それを偶然にも閃助が見つけてしまい事情を知られる事となった。
自分にも非があったので閃助も冷たく突き放すような事は出来ず、そもそもこの男が泣いている女の子を見捨てられるようならばここに居る訳も無く。
その日以来、皆が寝静まった後二人で時折こうして体を寄せ合い閃助がメロットの頭を撫でたりしながら他愛も無い話をしているのだ。
「そう言ってくれると助かるよ」
閃助はメロット肩を抱き寄せて頭を撫でる。
大きな兎が甘えてくれていると思うと悪くない、むしろ素敵な時間だとさえ閃助は思っている。
対してメロットは閃助の思っている感情とは違う、誰にも言えない淡い思いを胸に抱いて閃助の身に体を預けていた。
二人が言葉を交わすことなく静かに時を過ごし、閃助の腕時計で十一時を回る前にメロットは閃助の部屋を後にしようと閃助の手に自らの手を重ねる。
「大丈夫?」
メロットは静かに立ち上がり閃助の前で出会った時の様に丁寧に頭を下げる。
「はい、ありがとうございます閃助様」
「何時でも時間ならあるから頼りにしてくれていいよ、世話になっているからね」
「使用人ごときが閃助様のお時間を長く頂くわけにはいきません、ほんの少し、一刻ほどの時でさえ、申し訳ないと思っていますのに」
「夜は寝るだけだから寝るまでならずっといてくれてもいいんだけどね」
閃助の言葉はあまりにも誘惑的すぎた。
だが、長い時間共にいてしまうと耳まで触らせてしまいそうな自分が怖い。
だから、一刻ほどの時間だけ閃助に温もりを求めている。
「本当に閃助様はお優しい方です、心よりお慕いしております」
メロットの甘い言葉が耳に響く、この程度の事がどれほど彼女の為なのかわからない。
それでも、求められるのであれば出来るだけ応えてあげたい、そう思わずにはいられなかった。
「では、閃助様、それではお休みなさいませ」
深々と頭を下げてメロットは部屋の扉を開ける。
ギリギリだったがメロットが部屋を出る直前に千穂は向かいの自室に避難することが出来ていた。
「あっぶなかった」
思わず口にしてしまうくらいに動揺する千穂は部屋の扉にもたれ掛ったまま立ち尽くして、千穂は腕組みしながら口をとがらせる。
なんというかズルい。
夜中でなければ今にも走り出したい気分だったが、そう言う訳にも行かないので光柱から共鳴石を取り出して専用の木箱に片付けてふてくされた顔でベッドに飛び込んで、枕を抱きしめて両足をばたばたと動かして、不満を体で表す。
「いいなーいいなー、中で何話していた事はあんまり良く分からなかったけど、羨ましい」
そこからどうやって閃助との距離を縮めるかを考えている途中で千穂は眠りに落ちて行った。
千穂が部屋に逃げ込んだ後、閃助の部屋から出てきたメロットは暗い廊下を明かりも無しに歩いていく、徐々に早足になり少しでも早く布団に潜りこみ、肩に残る暖かさを消えない様に抱きしめたかった。
足早に帰り着いたメロットは名残惜しそうにメイド服を脱ぎ寝間着に着替える。
何度も撫でられた頭を自分で触り手の大きさの違いを実感して頬が緩む。
後ろから手を回して抱きしめてほしい、彼に自分の膝の上で寝てほしい、さらさらの黒髪を撫でさせてほしい、時が過ぎれば過ぎるほどに愛しさと恋しさだけが胸の内に渦巻いていく。
ホーランド族の悲しき性に振り回されている事は自分でも理解できていてもどうしようもなく、ただただ温もりを求めてしまう。
情けない気持ちや恋しい気持ち、多くの感情を胸に抱きながら布団の中で微かに残る温もりを感じながら眠りに落ちた。




