第三章 e
「あたし聞きたいことたくさんあるんだけど、最初に一番気になっていた事なんだけど」
「答えられることなら何でもどうぞ」
言えない秘密の方が少ない閃助はどっしり構えていた。
「なんで、閃助はこっちの世界に来たの?」
千穂は気が付いたらこの世界に居て、運よく光龍に拾われ育てられた。
箱馬車の中で少しは話していたが、閃助が何故此処に来ようと決めたのかはまだ話していなかった。
「あんまり、褒められた事じゃないけど、君の事があってから、何もせずに後で後悔するのがすごく嫌になったから、ならこっちに来てやるだけやって駄目だったと後悔する方が断然いい、後悔しない生き方をしようと生きてきたからかな」
閃助はずっとあの時の事を悔いていた、それ以降の彼の生き方は絶対に自分が後で後悔しない選択を選んできた。
手を伸ばして誰かを救えるのなら手を伸ばすだろう、誰かを傷つかずに済むのなら戦うだろう、過去の後悔が、報われ救われた今でも変わらない。
閃助にとって、後悔しない選択をするという事はもはやライフワークの様な物で、昔もよくいじめっ子たちと喧嘩をしていて生傷の絶えない子供時代を過ごしていた。
高校に入ってからは随分と落ち着いて、喧嘩もほとんどしなくなったが、それでも無意識に誰かを助ける様な行動をとる事は変わらなかった。
「すごくいいと思うけど、だめなの?」
そんな事を言われると思っていなかった閃助は目を丸くしていた。
「そうかな、だって、全部自分の為だし」
「でも、結果的に誰かがありがとうって言ってくれるならそれは良い事だよ。本当に自分の為ならもっとひどい事ばかりするはずだよ。少なくてもあたしはそういう事をいっぱい見てきたから」
千穂も幼い頃から光龍と共に旅を続けていたからいろんな事や物を見てきて育った。
だから純粋な善悪に対する判断は明確に持ち合わせている。
光龍も正しきことは褒めよと育ててきたからそこなのかもしれないが。
「ありがとう、千穂」
一番無碍にされても言葉を返せないはずの相手からの賛美に閃助の目尻が熱くなる。
「あたしは別にその……」
照れくさそうに困った顔をする千穂はうさぎのぬいぐるみを撫でまわしてごまかそうとしていた。
あまりにもウサギのぬいぐるみにダメージが蓄積されていくのを見ていられなくて思いついた話題を振る。
「千穂はいつから学院に通うつもりなの」
ピタリと止まり閃助の方を見る千穂、ようやく解放されたうさぎのぬいぐるみに安堵する閃助。
「一応七日後くらいのつもりだったんだけど、お父さんも当分居ないし早めになると思うよ」
毎朝同じ時間にとなると千穂にも急いでもらうと言うのも悪い、閃助の考えていた早めの登校は早くもなかったことになりそうだ。
「閃助はいつから通ってるの?」
「今日からだったよ、色々大変だけど必要なことだから出来るだけ楽しもうと思ってる」
それを聞いて唸る千穂、理由かわからない閃助は不思議そうな顔をする。
「決めた!」
「何を?」
「あたしも明日から通うわ、獅子王おじ様とお父さんに話してくる」
急に立ち上がりぬいぐるみをベッドの上において嵐のように去って行った。
「さっぱりわからない」
とりあえず千穂から解放されたうさぎのぬいぐるみを手に取りどこか痛んでいないか入念にチェックした。
落ち着けるとベッドに腰を下ろしたと同時にメロットが半開きの扉をノックして閃助に声を掛ける。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
メロットは扉を閉めて、クマのぬいぐるみを膝に置き座っている閃助の隣に座る。
「先ほど、スカートの裾を乱すほどに急いでいた千穂様とすれ違ったのですが、何かご存じではありませんか?」
質問に対して閃助は先ほどまでの話を簡潔に話すとメロットは小さくため息を吐く。
「いえ、私としては問題ないのですが、そうですね。閃助様はもう少し女性の考え方を学ばれてはどうでしょうか?」
「もしかして、何か不味い事してしまったのか?」
「いえ、どちらかと言うと違うかと」
難しい顔をする閃助に対してメロットはクスリと笑ってしまう。
「何か可笑しかったかな」
「ええ、閃助様は本当に獅子王様によく似ておられると思いまして」
「そうなの?獅子王に似てると言われて悪い気はしないけど、どのあたりが?」
「獅子王様も奥様がおられませんから女性の事は良く分からないと時々困られた顔を成されるのですが、その時にそっくりでしたもので」
なんだか照れくさくなった閃助は頬を掻く。
その仕草も獅子王も良くするものだという事に気が付いていない閃助にメロットはまた可笑しくなって笑ってしまう。
「あんまり笑わないでくれよ、困るな」
「申し訳ありません、つい可笑しくて」
鼻で息を吐きクマのぬいぐるみを抱きしめながら腕を組む。
それを見たメロットは閃助のぬいぐるみ達の中から一つ手に取り撫で、何かを納得して自らの耳を撫でる。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
何故か満足げな表情のメロット、彼女の持つぬいぐるみを見てふと思った。
「こっちのぬいぐるみってどんな感じなの?」
首を傾げながらメロットは閃助の方を見る。
「そうですね、基本は閃助様のお持ちのぬいぐるみとほとんど同じですが、閃助様がお持ちでない物でしたら、特に人気なのはやはりドラゴンだと思われます。あとあまり見かけないですが昆虫や鳥類も無い事は無いですね」
「ドラゴンか、ちょっと欲しいな」
閃助は今自由にできる貨幣を持ち合わせていないが見て回ることぐらい出来るだろうと考えた。
「よかったらだけど三日後だけど町を案内してくれないかな」
「つまり、町に買い物に行きたいという事でしょうか?」
閃助の意志を読み取ったうえであえて聞き返した。
「メロットがよかったらだけど」
「私でよろしければ構いませんが、ブリットに足を頼むのでしたらブリットに聞かれた方が良いと思うのですが」
「出来れば自分の足で歩いて行きたいからブリットには頼むつもりはないよ」
自分が何を言っているのか理解していないのだろうとメロットは内心ため息を吐くが二つ返事で頷く。
「解りました、徒歩となりますと少し時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「ブリットに頼りっきりになると運動不足になりそうだからちょうどいいと思うよ」
メロットは立ち上がり、閃助の前に立ち今まで一番柔らかい笑みを浮かべて、頭を下げる。
「では、三日後ですね。楽しみにしております」
そう言い残してメロットは閃助の部屋を後にして、締めた扉に背を預けて肩から力を抜くと徐々に自分の頬が朱色に染まっているような気がして長い耳で口元を隠してそそくさと閃助の部屋から離れて行く。
忙しなく千穂もメロットも部屋を出て行くものだから閃助は急に手持ち無沙汰になった。
「授業の復習と文字の勉強でもするか」
立ち上がり鞄の中からノートと資料を手に取り机に向かう。
そこから再びメロットが夕食の用意が出来たと呼びに来るまで自習を続けていた。




