第三章 d
部屋を出て閃助が千穂の部屋の近くまで案内をしている途中に急に立ち止まった。
「ただいま、メロット」
目の前に居たメロットに声を掛けた。
すると閃助の方を見るや否や駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「閃助様、お帰りになられたのでしたら手近な使用人に戻ったことをお伝えください。でないと私が閃助様の御そばに行かせて頂けないではないですか」
ちょっと怒った様子のメロットを初めて見た閃助は思わず誤ってしまう。
「ごめん、配慮に欠けたかもしれない。今度からはそうするよ」
「あっ、いえ、その申し訳ありません、使用人ごときが主の行動に口を挿むなど」
メロットは深々と頭を下げる。
「いやいや、俺もメロットが居ないと確かに、不安というか落ち着かないしさ」
顔を上げると花が咲いたような笑みを浮かべるメロット。
「本当ですか!」
「う、うん。そうだ、今日から、俺の部屋の向部屋に住む事になった」
「伺っております、苗咲千穂様ですね、私はリリア・メロットと申します、メロットとお呼びくださいませ」
閃助と初めて会ったときと同じ丁寧な挨拶に千穂も挨拶を返す。
「よろしくねメロットちゃん、私の事も千穂で良いよ」
「はい、よろしくお願いいたします、千穂様」
「うーん、様は無くても良いんだけど」
「いえ、そう言う訳には参りません、千穂様は大切な客人なのですから」
何か含みのあるような言い方に千穂は察する。
「ふーん、そう言う事かしら」
「何が、でしょうか?」
目に見えない火花が飛び散っているのだが、閃助にはそれがさっぱり見えず、ただ出会ったばかりなのに仲がよさそうに見えて微笑ましかった。
「話は後でもできるし、案内を続けてもいいかな」
「うん、お願い」
千穂はさりげなく閃助の隣に立ち腕を組もうと手を伸ばす。
「ん? ゴミでも付いてる?」
立ち止まって右腕を見て様子を確かめる閃助。
メロットは閃助の三歩ななめ後ろに立って閃助の背を見ていた。
「大丈夫そうだけど、行こうか」
肩を落として諦めたのかそのまま閃助の隣を歩いていく千穂。
いつも通りの廊下を歩いて自分の部屋の前までくる閃助。
「ここが俺の部屋、だから千穂は向かい部屋だね」
向かいの部屋を指さす閃助、千穂は指先の部屋へと向かい扉を開けた。
「普通ね」
開口一番の感想が閃助とは全く違いカルチャーショックを受ける。
「じゃあ、あたし部屋をちょっと確認するからまた後でね」
そう残して千穂は自分の部屋の中へと入って行った。
「とりあえず、着替えるか」
閃助も自分の部屋に入り、その後メロットが入り扉を閉めた。
「あの、メロット、俺着替えるんだけど」
「使用人が居るのですから手伝わせればよいではないでしょうか?」
「いや、この程度自分でやらせてほしいな」
そう言いながら閃助は上着を脱いで、持ってきた服が滑り落ちないと有名なハンガーに掛けて、シャツを脱いで洗濯かごへと放り込んでいく。
タンスの中から普段着を取り出して着替える。
「ではこちらは洗っておきますので」
洗濯かごを手に取りメロットは部屋を出て行った。
「なるほど、洗濯物を回収したかった訳か」
気が抜けたのか閃助はベッドへと倒れ込みぬいぐるみ達に手を伸ばす。
「お前とも今日でお別れだな」
手に取ったライオンのぬいぐるみを撫でながら寂しそうに呟く。
思えば長い付き合いだ、子供の頃からずっとそばに置いてきた。
そのせいで、一人では寂しいだろうと少しずつ色々な動物のぬいぐるみが増えていった。
ライオンのぬいぐるみの次に付き合いの長いクマのぬいぐるみを手に取る。
「ベアーも長い付き合いだよな、最初に買ってもらったぬいぐるみだしな」
赤い蝶ネクタイをした茶色のぬいぐるみ、子供が好きそうなデザインで、閃助も気に入っていた。
もはや抱き枕と変わらない大きさの鯨のぬいぐるみを抱きしめる。
「別に二度と会えない訳じゃない、だけど、さみしいよ……」
ぬいぐるみ一つに入れ込み過ぎな気もしないが、閃助にとっては大切な友達の一人。
「長老、やっぱり、俺は何時まで経っても子供だよ」
長老と呼んだ鯨のぬいぐるみに顔を埋めながらベッドの上を転がる。
閃助がライオンのぬいぐるみとの別れを惜しんでいるとノックもせずに千穂が入り込んできた。
「しっつれーいっしまーす」
急に扉を開けられるという事が無かったから突然の出来事に閃助はベッドから転がり落ちた。
「何してるの?」
「いや、ちょっと暇だったものだから仮眠でもと」
千穂は閃助から目を逸らして部屋を見渡す。
「あっ!」
声を上げて閃助を飛び越えてベッドの上のライオンのぬいぐるみを手に取った。
「これって、あたしの?」
鯨のぬいぐるみと一緒に起き上がりベッドの上に長老を投げる。
「あの時からずっと返さないといけないと思って預かっていたんだ」
「そっか、うん」
千穂はライオンのぬいぐるみを抱きしめる。
「懐かしいなぁ」
抱きしめている千穂を見るとあの時の泣きじゃくっていた女の子の面影が良く分かる。
「そう言う訳だから、それ返すよ」
少しばかり寂しげな顔をして、笑顔を返す閃助。
「うーん、でもあたしが持っていても仕方ないから、閃助に持っててもらいたいな」
今更、こんなぬいぐるみ渡されても仕方ないよな、もしかしたらそう言ってくれるのを期待していたのかもしれない。
「分かった、けどいいの?」
「うん、だってあたしよりこの子は閃助の方が付き合い長いでしょ?」
「確かに、そうだけど」
千穂はライオンのぬいぐるみを抱きしめながら閃助を見る。
「あっ、別にこの子がいらないとかそう言う訳じゃないよ」
「なら、どうして?」
幸せそうな顔をしてライオンのぬいぐるみの頭を撫でる千穂。
「だって、この子が居てくれたからあたしはこうしてまた閃助に合えたでしょ? だからまた離ればなれになっちゃう事があっても閃助がこの子をずっと大切にしてくれたらきっとまた会えると思うから。だから、この子を大切にしてあげて」
撫でていたライオンのぬいぐるみを閃助の方に差し出し、閃助はそれを受け取る。
「わかった、大切に預からせてもらうよ」
千穂の手からライオンのぬいぐるみを受け取り、頭を撫でる。
「ふふっ、本当にずっと大切にして来てくれたんだね」
「君に返さないといけないと思っていたから」
千穂はベッドから降りてソファに座り直す。
「まだ時間もあるし、閃助がいいなら色々話したいな」
「いいならって言うけど、話をする気満々じゃないか」
すーっと視線を逸らして立ち上がり部屋を見渡すふりをする千穂、もし千穂に尻尾が生えていたらブンブンと振っている所だろう。
「どうせ、お昼寝するんでしょ?だったら少しくらいならいいでしょ?」
開き直ったのかベッドの上からぬいぐるみを幾つか手に取り抱きしめながらまたソファに座り込む。
あまりぬいぐるみを触られるのは嫌なのでおとなしく対面のソファに腰を下ろす。
「わかったから、それこっちに渡して」
「えーっ、じゃあ一個だけ」
千穂はクマのぬいぐるみだけを閃助に渡してウサギのぬいぐるみを抱きしめる。
とりあえず一つ回収できたので良しとしてうさぎの救出を閃助はあきらめた。




