第三章 a
暗く広がる夜空の下、赤い炎が燃え盛る。
何時まで経っても消防車は来ない。
近くに居た少年は好奇心を胸に家から抜け出して、その現場に向かった。
そこあったのは、考えていた物とは違う、言葉にできない胸を抉る気持ちの悪い空気があった。
ライオンのぬいぐるみを抱きかかえた少女が、燃え盛るビルを見ていた。
なんでこんな所に女の子がと思い、少年は近づいていく。
そして、近づいてようやく分かった。
泣いていたのだ、ビルに向かって母親を呼ぶ叫びと共に泣いていた。
「だいじょうぶ?」
心配になって少年は声を掛けた。
涙と鼻水で汚れた顔で少年を見る。
「ママが、ママが、うわぁぁぁぁぁん」
それだけで何が起こっているのを理解した。
少年は手を握り締めたり開いたり、何かを掴もうと迷っていた。
「ママぁぁぁぁぁ」
耐えきれなくなったか、少女は燃え盛るビルへと駆けだした。
咄嗟に少年は手を伸ばして、ライオンのぬいぐるみの手を握る。
「あぶないよ、ここに居ないと、けがしちゃうよ」
「でも、でも、ママが」
どうしようもない、でも少女の顔を見ていると手が震え、握りしめたライオンの手にそれが伝わる。
「だめ、だめだよ。手をはなしちゃ」
自分に言い聞かせるように呟く。
だが、少女はライオンのぬいぐるみから手を離して、燃え盛るビルの中へと走り出す。
少年はライオンのぬいぐるみの手を握ったまま、もう片方の手で少女の手を握り締めて、止める事が出来なかった。
その手をとって、少女の思いを背負うことが怖くて、逃げたのだ。
ライオンのぬいぐるみの手を離さなければ、僕は、あの子を止めたんだと、言い訳をすることが出来るから。
それから十分もしないうちに消防車が到着し、数時間のうちに炎は消し止められた。
次の日のニュースでは子供の遺体は報道される事無く、少年はあの日持って帰ってきたライオンのぬいぐるみを持ち主に返さなくてはと思い、今も手の届くところにおいてある。
もしかしたら、一生返す事のかなわない物かもしれないのに。
あの時の様な後悔をしない様に、今、少年は生きている。




