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少女たちの棘  作者: 北風とのう
仁理香の章
8/9

真実

 なんと沙紀からスカイプのコールが来た。

「なんだよ。お前から連絡してくるなんてめずらしいな」

接見せつみ、さっき聞かれた時に躊躇して答えられなかったんだけど、これ、接見が仁理香さんを救うのに必要な情報だと思うから、やっぱり教えておく。もうあんまり時間も無さそうだから」

「……」

「ずいぶん迷ったんだけどね。……重い話だから覚悟して聞けよ」

「瘴鬼のこと?」

「仁理香さんの事だよ」

「わかった」

「いい?鬼になるには鬼のDNAを持っていることともう一つ、発動条件があるって言ったよね」

「ああ」

「それは鬼の種類によって決まっているんだ。で、金鬼は『金の神様が人間の女に降臨した、その末裔』って言ったよね。それで金鬼の発動条件は、親食いなんだ」

「え?」

「言いにくい事だからさらっと言ったんだけど。分かった?」

「……仁理香が母親を殺したってこと?」

「違うでしょ。私の言った言葉は『親食い』。母親の身体の肉を食べるって事。でも好きで食べるわけじゃないよ。鬼になってしまう人は、宿命っていうか、なんらかの必然でその発動条件を満たしてしまうと言われている。まあ呪いみたいなものかな」

「じゃあ、仁理香は母親の肉を食べたって事なのかよ?何で?」

「だからそれはどうしてだか分からないけど」

「……そりゃあ……鬼にもなるよな」

「もしかしたら母親から遺言されたのかもしれないよ。だから仁理香さんが肉を食べられないっていうのはそれがトラウマになっているからじゃないかと……」

「……そう……だな」

「……鬼って人間の敵で悪の塊みたいに思われているけど、実は本人たちはすごく苦しんでいるんだよ」

「……重いな」

「そうだよ」

「…………」

「それと、大変そうだから私からの応援グッズを送るよ。瘴鬼は気配を消せる。だけど音を出している時はそれができない。だったらこれはどうかな。うちの神社で売っている干支のお守りに鈴が付いているよね。去年のひつじのが大量に余っちゃってさあ、あと十一年とっておくのは嫌だから、お守りの紙を開いて紙縒り(こより)にして、鈴を結んだんだ」

「……」

「それを全部で十二個繋げてネックレスにしてみた。これなら瘴鬼は自分では触れないから外せないはずだよ。ちなみに値段は全部で九千六百円だったから。そこんとこよろしく」

「……」

「もしもーし」

「……」

「おい、起きてる?」

「ああ」

「で、もう一つ。うちの神社の白石を紙縒りに編みこんだのも作った。これは接朗がいつも首に掛けていてね」

「参道の砂利だろ?」

「ちがうよ~。本物のご神体だよ。と言っても参道の砂利をご神体と一緒に一晩置いておくとそれもご神体になるんだけどね。ふしぎふしぎ」

「……」

「もしも~し、元気無いね」

「当たり前だろ」

「まあ、私からはこんな事しかできないけど。頑張ってね」

「なあ沙紀、仁理香が鬼になるのはもう止められないって言ったよな」

「そうだね」

「じゃあ、どうやって救うっていうんだ?」

「……」

「肉が食べられるようにするとか、そんな単純な話じゃないよな」

「う~ん」

「仁理香の救いって何だ?」

「う~ん、それは仁理香さんに直に接している接郎じゃないと分からないよ」

「僕に何ができる?」

「……」


  #  #


 水曜日の夕方、接朗の家に仁理香が訪ねてくる。相変わらずセーラー服を着ているが、とても学校帰りとは思えなかった。なぜならば、とんでもない物を持ってきたからだ。長い棒状の物が黄ばんだ布でぐるぐる巻きになっている。仁理香がそれを解いてみせると、中から出てきたのは薙刀なぎなただった。柄の部分は黒い漆の上に蒔絵と螺鈿で御所車の細かい絵が刻み込まれ、美術品としても高い価値のありそうなものだ。

「へえ……すごいじゃない」

「家にあるの持って来た」

「僕始めて見たよ、薙刀って。以外に大きいものだな。それに……なんと言うか、……美しい」

「お母さんが、お祖母さんからもらったって」

「そう」

接朗は「こんなの持ち歩いているところ警察に見つかったら厄介だぞ」と言いたくなったが、思いとどまる。仁理香は母親の形見も思い出も全て捨ててしまったと言っていたが、少なくとも一つは形見の品があるという事だ。それを捨てないで自分のところに持ってきたのはいい事だ。あとは「これはお母さんの形見だから大事にしろよ」と言って説得すればいい。あるいは接郎の家でずっと預かっておけばいい。

「まあ上がれよ」

「うん」

二人はリビングで接朗のいれた紅茶を飲みながら話す。と言っても仁理香も接朗も言葉少なく、暗い雰囲気だった。

「なあ、仁理香、だいじょうぶか?」

「何が?」

「いや、この前、あんな事があったから」

「だいじょうぶ」

「ねえ、一つ聞いていい?」

「いいよ」

「仁理香のお祖母さんは鬼だったの?」

「違う。お祖母さんも鬼の子だったけど、鬼にはならなかったって」

「そう」

「……」

「ねえ、何で私だけが鬼になるのか聞かないの?」

「えっ……話したいなら聞いてもいいけど。別にもう決まっている事なんだし、何があっても僕は仁理香の友達だから」

「う……うん。やっぱり接郎はいいなあ」

「……」

「……お母さんが死んだ時にね、携帯のメモを見たら書いてあったんだ」

「……」

「もしもお母さんのお葬式を一緒にやってくれる友達がいたら、その人をずっと大事にしなさいって。でももしも誰も手伝ってくれなかったら、鬼になりなさいって。で、その方法が書いてあった」

「…………」

「そうすれば一人でも生きていけるからって」

「……」

接郎は仁理香の話している内容の暗さと、これから話すであろう事の重さに、呼吸の音を立てるのもはばかられるほど緊張した。一瞬の間をおいて仁理香が続ける。

「で、『お母さんが死んじゃった』って、『お葬式を手伝って』ってクラスの全員に頼んだんだけど……」

「……」

仁理香はそこまで言うと顔を下に向けて動かなくなってしまったので、接郎は仁理香が涙を堪えているのかと思った。しかしその顔を覗きこむと、仁理香はいきなり口を押さえて立ち上がり、トイレに駆け込んでしまう。接郎は仁理香が今話した事を心の中で反復してそれをどう受け止めるべきか、仁理香の救いとは何なのかを考え続けた。しかし十分ほどして仁理香が出てきた時には、その顔はにこにこして穏やかだった。

「ごめんねー接郎」

「仁理香、大丈夫か?」

「でもそれから接郎と友達になったからさ、鬼にならなければ良かったって……毎晩泣いたんだよ」

「仁理香、何度も言ってるけど、僕は何があっても仁理香の友達だ。ずっと」

「角が生えても?」

仁理香が首をちょっと傾けて頭に手を当てる

「ああ。っていうかお前、角生えてきたのか?」

「見る?」

仁理香は頭の右上の髪をいじると頭を下げて接郎の方に向ける。

「どこ?」

接郎がそれを見ようと髪を覗いた瞬間、仁理香が接郎の頭突きを食らわせた。それは接郎の鼻に当たる。ガチっという固い音がして、接郎は尻餅を着く。

「……痛てえ」

接郎は鼻に手を当てたまま屈みこんでしまった。

「お前の悪戯は小学生レベルだ」

「何があっても友達なんだよね」

「お前なあ、バカじゃない」

「ははは。角はまだ生えてこないよ。生えてきたらもう表を歩けないでしょ。もうこっちの世界にはいられない」

「角が生えても猫耳カチューシャで隠せばいい」

「この前、香織さんが小鬼に連れて行かれた時、角が生えて来るかと思ったけど、生えて来なかった」

「怒りが全身を支配すると本成りになるっていうんだろ?でも留まってよかったな」

「う~ん、接郎が見ていたからかな。角が生えたところ見られたくないと思ったからかもしれない」

「しっかし赦せないなあ。仁理香の母親を思う気持ちを利用して」

「あいつがこっちの世界にいる時、どこにいるか分かったんだ。絶対殺してやる」

「へ?あの小鬼がどこにいるか分かるの?」

「家に手紙が来てね。そこに書いてあった」

「え?何それ?その手紙、あからさまに怪しいだろ。何で仁理香の家に手紙が来るんだ?」

「さあ?」

「仁理香さあ、人に騙されてるかもしれないって思わないの?」

「思わないよ」

「なあ仁理香、お前、ここに越して来ないか?あの家に一人で住んでないでさ。この家で一緒に住もう」

「……何で?」

「何でって……僕は仁理香が心配でしょうがない。僕にできる事なら何でもするからさ。中学もここから通えばいいじゃないか。遠いけど仁理香なら問題無いだろ」

「お母さんが言ってた」

「何て?」

「男の人と一緒に住むんなら結婚しなきゃだめだって」

「そ、そ……それはそうだけど」

「接朗は私と結婚する?」

「…………」

「ねえ?」

「……いやもう一つ、一緒に住む方法があるよ」

「何?」

「兄弟なら一緒に住んでもいい」

「ははは。でも接朗と私はお父さんもお母さんも違うじゃない。だから兄弟じゃないよ」

「だから、兄弟になったって事で」

「……いいよ別に。私は一人で」

接朗はこの会話にどぎまぎし、仁理香がその透き通る瞳で接郎の顔を直視するのに耐えられなくなってキッチンに立った。しばし自分の心の平静を取り戻そうと思ったのだ。ほんのわずかの間。しかし再びリビングに戻った時、そこに仁理香の姿はなかった。バタンという玄関のドアを閉める音がする。仁理香は帰ってしまったのだ。そしてその数秒後、接朗は事態を悟る。


 外で自動車のエンジンを掛ける音がする。仁理香だ。接朗は自動車の鍵を掛けていたコルクボードを一瞥する。もちろん、そこに鍵は無かった。接朗がキッチンに立った隙に、仁理香が鍵を取って出ていったのだ。

「ちっ、あいつ」

思わず口をついて出る言葉。仁理香は覚悟を決めて別れの挨拶に来た。そんな大事な事に気付かなかった自分に対して、接朗は激しい怒りがこみ上げてくるのを感じる。接朗が玄関のドアを開けて外に駆け出した時には、もう車は走り去った後だった。

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