瘴鬼
家に帰るとすぐに接朗はスカイプで沙紀をコールした。
「あのさあ、馬鹿みたいな話なんだけど……」
「ははは。接見の話はいっつも面白いから大好きだよー。ははは」
「何もしゃべる前から笑うなよ」
「で?今度は何?水鬼でも出てきた?」
「あのさあ、人の身体から小鬼が出てくるって事象……知ってる?」
「…………やっぱり面白い。誰から出てきたの?」
「なんか突然、仁理香と仲良くなって親代わりだって言う女の人が現れてさあ、いかにもうさんくさいんだけど。その人の背中から」
「……へえ」
「女の人はそれに憑かれて身体を乗っ取られていたんじゃないかと思った」
「……」
「でもその小鬼がさ、仁理香には見えなかったって言うんだよ。いや、小鬼が『ギャー』って叫んだ時と、僕がコーラを掛けた時だけ見えたって」
「……コーラをかけたの?」
「で、小鬼が短刀で仁理香に切りかかって、仁理香は手を怪我した」
「えええ?金鬼が怪我なんてするの?」
「本人が認識していれば刃物じゃ切られないって言うんだけど、突然切られたりすると駄目みたいだ。だから相手が見えない時に……」
「ねえ、その小鬼の事、仁理香さんは何か検討がついているの?」
「いや、ぜんぜん……それで最後に小鬼は女の身体に戻っていった」
「……へえー。女の身体から出てきて、また入っていったって事?人間の女の身体を巣にしているって事?」
「気持ち悪い言い方するなあ。でもそういう事だと思う。それでその後で、結局その女の人も消えたんだ」
「つまりさすがの接見にも見えなくなったって事だね。ははは」
「で、それに関しては仁理香は向こう世界、鬼の棲んでる世界に連れ込まれたんだって言ってた」
「ふーん。たぶんそれは瘴鬼。病気を媒介する腐った空気の瘴気ってあるでしょ?その瘴に鬼っていう字」
「へえ。そんなの妖怪事典に載ってなかったよなあ?ははは」
「人間に取り憑いて操る。次元を行き来する。それと気配を消して人から見えなくなる」
「そう。その通り」
「すごいでしょ。瘴鬼って」
「……で、僕には見えたのは何で?」
「結局次元を行き来するっていうのがコアの能力なんだろねえ」
「お前、僕の話聞けよ。何で僕には見えたんだ?」
「だからそれは接見が特別なんだよ。いつも言ってるのに信じないんだからー」
「……最後に女が消えたのは何で?」
「瘴鬼は気配を消して仁理香さんに切りかかったんだよね。気配を消すのも次元を操る能力の応用なんじゃないかなあ。この時は接見には見える。接見は自分のいる次元に接している次元を見る事ができるんだ。それから女の身体に入り込んだ。これは明らかに次元を操っているよね。それから女の身体ごと、今度は全く違う次元に逃げて行った。遠くの次元だから接見にも見えない」
「ほんと?」
「まあ、想像だけど」
「……で、瘴鬼って何?やっぱり鬼の一種なのか?」
「違うよ。名前に鬼って付いてるけど、鬼じゃない。世の歪が集まって具現化したものって言われている」
「はあ?何だそりゃ?」
「妖怪でもないなあ」
「……仁理香と瘴鬼はどっちが強い?」
「どうかな……見えない相手から切られたら傷つくんでしょ?」
「……瘴鬼の弱点は?」
「わからない」
「警察に言ってもだめだな、これは」
「でしょー。迷宮入り決定」
「でも僕と仁理香でもどうしようもない気がする。どうしたらいい?お前、何か考えてくれ……」
「う~ん」
# #
それから接郎は再び以前の携帯に電話をした。
「呼んだ?」
「なあ、一つだけ教えてくれよ。頼む」
「……いいか、お前に何か聞かれて秘密をしゃべっちゃったら、私がお前を殺しに行かなきゃならない」
「それでもいいから教えろ」
「……へえ……そんなにあの娘に惚れたか?でも教えない。じゃあ」
「あ、ちょっと待って。質問に答えてくれないんなら、携帯の契約解除するぞ」
「……」
「僕がこっちで解除したら、それ持ってても使えなくなるんだぞ」
「…………お前、最低のヤローだな。この前も思ったけど。今また思った」
「……」
「しょうがないなあ。じゃあ一つだけ質問を言ってみろ。それで答えるかどうか決める」
「瘴鬼を殺すにはどうしたらいい?」
「……これは想定外の質問だったなー。私はてっきり『あの娘は何者なんだ?』か『君にまた会いたい。どうしたら会える?』のどっちかだと思った。っていうか瘴気なんてお前、何で知ってるんだ?うん?」
「……」
「で?瘴鬼に襲われたのか?」
「ああ」
「よく襲われたのが分かったなあ。これは想定外だ」
「はあ?」
「だから言ったじゃないか。あの娘に関わると死ぬぞって」
「僕が襲われたのかもしれないけど、仁理香も怪我をした。短刀で切りつけらた時に腕に……」
「ええええ?……だから瘴鬼を使うのは反対したんだ」
「はあ?お前らが差し向けたのか?」
「怪我って?血が出たのか?」
「ああ。……見えないって言うんだ。瘴鬼が。だから切りつけられても分からないし……」
「お前には見えたのか?」
「僕には見えた。瘴鬼は女の人に取り憑いていたようだけど、急にその身体から出てきて短刀で刺そうとしてきた。でもまた女の中に入り込んで、最後にはその人間も見えなくなったけど」
「お前、接見だな。なーるほど。だから私たちも見えたんだな。こいつは本格的に嫌な奴だなあ……」
「いいから教えてくれ。瘴鬼は、また襲いにくるかもしれない」
「う~ん、そっちの世界だと不利だな。瘴鬼は自由に次元を移動できるから、違う次元にいる時はそっちからは見えない。それで急にそっちに現れて刺すんだろ。それは不利だ。戦わない方がいい。そんな装備で大丈夫か?」
「……文脈に合わない事を言うな」
「ははは」
「じゃあ、こっちの世界じゃない所ならどうなんだ?仁理香なら瘴鬼に勝てるか?」
「ははは。そんなの当たり前だろ。瘴鬼ごときに金鬼の姫が遅れをとる事など万に一つもありえ無い」
「えええ?『姫』なのか?」
「…………お前、今突っ込む所、そこじゃないだろ。ってか『姫』って言葉に過敏に反応するなー。これがオタクというものか?キッモー。キッモー。キッモー」
「……」
「ってか、姫の正体をうっかりしゃべってしまった。今からお前を殺しに行かなきゃ。だからお前はもう瘴鬼の殺し方を知る必要は無いわけだ。どうだ。これで問題解決したな」
「え?今聞こえなかった。何の姫?」
「だから金鬼の姫だ」
「ええ?聞こえない。あーあー聞こえないなあ」
「最低キモオタクソヤロー。……まあいいや。どっちみち終わりの始まりだ」
「え?何が終わりなんだ?」
「あと少しでお前が瘴鬼に殺されるか、そうでなくても……」
「そうでなくても?」
「姫にも角が生えてくる。そうしたら、もうそっちにはいられないだろ。そうしたら姫を回収して、お前を殺す。お役目ごくろう」
「………………」
「今、『角が生えても猫耳カチューシャで隠せる』って思っただろ?」
「思ってない」
「まあ、それまでしっかり姫の面倒を見てくれよ。お前には本当に感謝している。木刀でぶっ叩いて本成りにするよりずっといい展開だよな」
「お前の言っている事はわからない」
「当然だ。それで結構」
「だから瘴鬼との戦い方を教えてくれ」
「だから無理だっちゅうの……お前、すぐ逃げたほうがいい。姫に分からないように、こっそりその村から出てさ、どこかにしばらく隠れてろよ」
「はああ?そんな事、出来るわけないだろ。仁理香には瘴鬼が見えないんだぞ。僕が一緒にいないと戦えもしないじゃないか」
「ふふふ……いや、今のはお前が逃げる奴かどうか聞いてみたんだ。キモオタクソヤローだからな」
「……」
「じゃあ戦う覚悟があるんなら、一つだけ教えてやるよ」
「……」
「松浦の西に崖があるだろ、海沿いの。その崖の上が原っぱになっているところ分かるか?」
「ああ。誘拐された時に車で通った」
「瘴鬼がそっちにいる時はそのあたりにたむろってるはずだ」
「……やっぱりお前らが差し向けたんだな?」
「いつどこに現れるか分からないよりましだろ。攻めに行った方が」
「……ともかくありがとう。そんな事教えてくれると思わなかった」
「よろしい。じゃあしっかりタヒんで来い」
「え?」
……