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少女たちの棘  作者: 北風とのう
仁理香の章
1/9

袋叩き

 接朗は日が暮れて真っ暗になってしまった校庭を歩いていた。体育館の窓にぼーっと灯りがともっている。「へえ。水銀灯じゃない灯りもあるんだな」と接朗が灯りに吸い寄せられるように近づくと、窓に数名の女子高生の姿が浮かび上がり、そして高揚した大きな声が聞こえてきた。

「おらおらおらおらー」

「鬼さんこちら~手の鳴る方へ~」

「ははは。もっとやれ」

「わおー。ぎゃはは」

 背伸びして窓から覗くとそこにはとんでもない光景があった。頭から大きな黒いビニールのゴミ袋を被せられロープでぐるぐる巻きに縛られた女子を、四名の女生徒が取り囲んで木刀で叩いている。それも思いっきりだ。接朗は体育館に駆け込むと、フロアのドアの隙間から再び中を覗く。女生徒の一人がゴミ袋に巻きつけられたロープの端を掴んで引っ張っぱっている。ゴミ袋の子は身体を斜めにしてそれに抵抗していたかと思うと、急に力を抜いて今度はその子に体当たりした。他の女子がまた一斉に木刀でバシバシと叩き始める。しかしゴミ袋の子は屈み込んでしまうのではなく、周りの宙を蹴っていた。袋の外は全く見えていないのだろう。


 接朗はこの地に先週末に引っ越してきたばかりだ。昨日の月曜日が転校初日。まだ勝手も分からない学校で出しゃばって面倒に巻き込まれるのは避けたいが、目の前の光景を見て、接朗にそれをほっておけるわけが無かった。

「おい、やめろ」

フロアに駆け込みながら怒鳴る。その声は変に裏返ってしまったので、かえって興奮した女子たちを制止するのに効果的だったのかもしれない。女子たちが一斉に動きを止め、驚いた顔を接朗に向けた。その出で立ちからすると極めて普通の女子高生のように見える。

「お前、こっち見んな」

その中の一人、リーダー格と思われるすらっと背の高い女子が接朗に言うと接朗も言い返した。

「何やってるんだお前ら。やめろ」

「お前この子の事、知っているのか?」

「いや、知らない」

ゴミ袋を被せられている子は、接朗の介入で殴打が止んでもまだ回りの宙をやみくもに蹴っている。女子の一人が木刀でゴミ袋の背中の部分を思いっきり打った。

「やめろー。袋被せて木刀で叩くなんて、何考えてんだ」

しかし女子たちは接朗を無視して再びゴミ袋のロープを掴むと、今度はその子をフロアの裏口の方に引っ張って行こうとした。

「あいつも一緒に連れてっちゃえば?」

「ははは。いらねーよ」

「だから早くしろって言っただろ」

 喧嘩など一度もした事がなかった接郎には、女子相手とはいえ木刀を持った四人を相手にどうしたらいいか検討もつかない。それに女子たちの何か違和感のある様子に接朗はたじろいでいた。しかしここまで来て引き下がれない接朗は「賭け」に出る。彼女たちには特別な団結心があるようにも見えなかったから、揺さぶりをかけて仲間割れを起こしてみるのだ。

 接朗は走って女子たちに近づくとポケットからスマホを出して彼女たちを撮った。ストロボが光り、パシャ、パシャっという音が響く。案の定、二名の女子は動揺しだす。

「ええ?なに?やめてよ」

「てめえ、何やってんだ」

「いやー。やめてー」

接朗は振り返って入り口の方に走りだした。二名の女子がすごい形相で追ってくる。しかし接朗はすぐに走るのをやめまた振り返るとスマホの画面を彼女たちに見せて言った。

「僕は真剣だ。クリック一つでお前らの写真が拡散されるぞ」

「はああ?てめえ、吊るすぞ」

「ははは。吊るされる前にクリックできるぞ。ほらほら」

「きったねー。こんなクソ最低の奴は見た事ねー」

「嫌ならロープを放せ」

「…………」

「……」

「いいのか?クリックするぞ?」

「……」

「おい、そこの袋の中の人、僕の方においで。そのまま真っ直ぐ歩いてくれば大丈夫だから」

女子たちが動けずにいる中で、ゴミ袋の子は接朗の方に走ってきた。それを見て小柄な女子が言う。

「ねえ、その子に近づくとあぶないよー」


 ゴミ袋の子は接朗の目の前まで来ると、いきなり接朗の腹を蹴り上げた。

「うっ……」

接郎が驚くより先に痛みで息ができなくなり、前かがみになってしまうと女子たちはケラケラと笑う。しかし接朗は痛みを堪えてゴミ袋の子と女子たちの間に立つと、スマホを床に置いた。

「これ持ってけ。それで自分で写真を削除しろ」

女子たちには接朗の行動が理解できなかったらしい。しばらくは無言で顔を見合わせていたが、やがて接朗の一番近くにいた女子が携帯を拾った。

「やったー。スマホげーっと」

リーダーの子が近くに寄って来て軽蔑の表情で接朗の顔をまじまじと見る。

「お前、頭悪いだろ?切り札自分から手放してどうするんだ?」

接郎は緊張した面持ちだったが、自分に言い聞かせるようにわざとはっきりと言葉を発した。

「お前らは写真撮られたまんまだと手を引けないだろ。こいつは僕が守る。そういうことだ」

「へえー。鬼の娘を守るってか」

「ははは」

「はははは」

「それにこのスマホは今日作ったばっかりで番号も新しくしたからいいんだ。誰からも電話は掛かって来ない」

「やったね、これで映画撮ろうよ」

「ねー、布月院、私にも貸して」

女子たちが今度は無邪気に喜んでいる中で布月院と呼ばれたリーダーの子が言った。

「よーし。そこまで本気まじなら、その子はしばらくお前に預けるよ。スマホはもらうよ。……一応、お前に警告しておいてやる。……その子に関わるとお前、死ぬぞ」


 女子たちが体育館を出て行ってしまうと、接朗はゴミ袋の子に近づいた。

「今、ロープ解いてやるからじっとしていろ」

しかし接朗がロープの結び目に手を伸ばした瞬間、その子は素早くハイキックを繰り出し、それはまともに接朗の顎に当った。パコっと軽い音が響く。接朗の意識は一瞬途切れ、後ろにばたばたと下がると壁にバタンとぶつかってくずれ落ちる。

接朗は肘をついて起き上がろうとしたが、膝に力が入らずガクンと倒れこんでしまう。

「……痛てー。おい、大人しくしてろって言ってるだろ。あああ、頭の上にお星様が回っちゃった」

すると、ゴミ袋の中でいきなり笑い声がした。

「ははは」

「おい、そこでじっとしてろ、ロープを解くから絶対に動くな」

それから接朗がよろよろと立ち上がって再びゴミ袋の子に近づくと、今度はその子は全く動かなかった。ぐるぐると巻き付けられていたロープを解き、ゴミ袋を真上に引っ張りあげる。


 セーラー服を着たその少女は、腰まで伸びた漆黒のストレートヘアを顔の前にも無造作に垂らして立っていた。手足も胴もガリガリに痩せて、セーラー服がダブダブだ。髪の隙間からのぞく肌は白く透きとおり、しかし美しいと言うよりは血の気が引いているように見える。小柄で、まるで中学生のようだと接郎は思った。そして少女は突然髪をかきあげるとギョロっとした目をカッと見開いて接朗の事を睨む。接朗は身じろぎもしないその表情に恐怖を感じ、「たしかに何か変なものにかかわってしまった」と思った。

少女が口を開く。

「頭の上にお星様が回っちゃった」

「へ?」

「お母さんが言ってたから。思い出しちゃった」

「……お前、大丈夫か?木刀で叩かれまくって?」

「平気だよ。……ねえ、お星様出て痛かった?」

「お前が蹴るからだろ」

「……ごめんなさい」


 接朗は少女が袋叩きにあっていた理由も聞いてみたかったが、それはやめた。こんな状況でも妙に落ち着き払った態度と、子供のような素直な言葉のチグハグさに薄気味の悪さを感じたからだ。「あの子たちから助けたのだから、もう自分の役目は終った。この少女に深く関わらないようにしよう」と思う。

「じゃあね。気をつけるんだよ。僕はもう家に帰るから。君も早く帰りな」

接朗はそう言うと少女をその場に置いて体育館を出た。


  #  #


 接朗は半年前に自動車事故で両親を失った。兄弟はいない。幸いにも生活するのに十分なお金を両親は残してくれたし、後見人になってくれた親戚は色々と気にかけてくれる。しかし接朗は、それが嫌だった。一人でじっくりと考えたい。自分の人生を。高校も変えてやり直してみたい。そして半ば強引に、ここ仁井ヶ崎に引っ越して来たのだ。今ではわずかな土地が残っているだけの母の故郷だが、そこに小さなプレハブの家を建てて自分だけの生活を始めた。高校二年の六月だ。


  #  #


 夜の十時にドアをノックする音がする。田舎に来ると近所づきあいが大事だと言われる。しかし家の周りは林で、引越しの挨拶をするような近所の家も無かったので、接朗は何もしなかった。だからもしかしたら、新しい家が建って電気が付いているのを見て「近所の人」が様子を見に来たのかもしれない。

 接朗はドアを開けた。そして驚く。そこには昼間助けた少女が立っていたからだ。

「え?この家どうして分かったの?」

「ねえ、携帯の番号教えてよ」

「……だめだよ。だって携帯はさ、ほら、お前をいじめていたJKたちに渡しちゃったでしょ」

「そうか……。じゃあ、お話ししよう」

接朗は正直言ってこの子の話を聞きたかった。名前、年齢、学校、どこに住んでいるか。そして何でいじめられていたのか。しかしそれはぐっと堪える。ここで家に上げてしまうのは、何かの引き金を引いてしまうような気がしたからだ。

「う~ん、この家には僕しかいないんだ。夜遅いし、二人だけだとまずいだろ?っていうか、君大丈夫?こんな遅い時間に、また誰かに襲われるんじゃない?」

「分かった。昼間来るね」

「……」

接朗は少女の答えを聞いて何も返事をしない事に良心の呵責を感じた。その子供のような素直さからすると、もしかしたら平日の昼間に来かねない。……そして少女は真っ暗な林に吸い込まれるような道を一人で帰っていった。

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