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伝説の鎧はMT車

作者: 未達

普通車免許の交付日、運悪く俺は異世界に召喚されてしまった。


「どこなんだよ……ここは……」


気が付けば中世ヨーロッパ風の城の中だ。

目の前には二人の兵士が守る堅牢な扉。

この先に王の間があったりするのだろう。


「こっちを向きなさい」


後ろから年を重ねた男の声がした。

召喚者のおでましかな、俺は振り向いた。

声の主は玉座に座った王様だった。

どうやら王の間の外ではなく内側にいたらしい。

玉座の脇には美しい姫が立っている。


「お待ちしておりました、勇者様」


姫が口を開いた。

勇者だって?

まるでゲームの世界だが、生憎(あいにく)俺は普通の18歳だ。

勇者になれるような腕自慢でも博識でもない。


「残念だけど俺は勇者になれるようなすごい人間じゃない。ここに召喚される直前に普通車免許を受け取ったくらいには普通の高校生だ」


高校生のうちに自動車の免許を手に入れたことは目立った取り柄のない俺にとって少し自慢だったので、俺は貰ったばかりの免許を彼等に見せた。


「そ、それは……!」


俺は勇者でない普通の未成年であることを説明したつもりだったが、王様の反応は違っていた。


「それはまさしく勇者の証!」


「しかもAT限定の文字がありません。彼は本物ですわ」


「召喚は大成功だったのだな」


「勇者様! お願いです、どうかこの国を魔物の脅威から救ってください!」


姫は真剣な眼差しで俺の両手を取った。


「国を救ってくれと言われても……」


俺が姫の大胆な行動にドギマギしながら返事に窮していると、扉の先からうるさい音が聞こえてきた。


「今日もきたか……」


「ちょうどいいです。これから戦うことになる敵を勇者様の目で見てもらいましょう。ヘイ、シー、二人は扉を開けてちょうだい」


姫の命令で兵士たちが動き、巨大な扉が開け放たれた。

扉の先はバルコニーになっており、国の様子が一望できた。

町並みも中世ヨーロッパ風だったがその路地を似つかわしくない集団が駆けていく。


「ヒャッハー!」

「パラリラパラリラ」

「ブルルン! ブルン!」


鼻と顎が非常に尖ったチンピラ達が、各々バイクに乗りライトを煌々と輝かせ、排気ガスをたなびかせながら暴走していた。


「なんだあれは、暴走族か?」


「あれが今、国を脅かしている魔物ゴブリンです」


姫から双眼鏡を借りてよく観察してみれば、彼らのバイクには縦長の旗がつけられ、そこには強武林(ゴブリン)剛無臨(ゴブリン)と書かれていた。

日本語も普通にある、ここは本当に異世界か……?


「私達は魔物の軍勢に敗北し続け、もう後がない状態です。本国に不貞の者達の侵入を許すほど追い詰められているのです」


それで俺が勇者として召喚されたわけか。


「でもあんな集団に俺一人の力で対抗できるのか?」


「その点はご安心下さい、勇者様。この国には代々、勇者様だけが使える伝説の鎧が受け継がれて来ました。鎧の力を開放すれば、あんな魔物どもも一網打尽です」


姫がバルコニーの柱の一本に触れると、柱の謎の模様が光りバルコニーの床が下がり始めた。

エレベーターのような感じで、バルコニーはゆっくりと下っていった。

中世ヨーロッパ風だった城の壁もある位置を境に工場のような金属壁に置き換えられる。

最終的に近現代を感じさせる地下室で下降は止まる。それから姫は奥へ俺をあんないした。


「こちらです」


姫の案内する先に進むと、部屋の中央に一台の車が鎮座していた。


「これが伝説の鎧です」


車だった。

そういえば勇者の証が普通車の免許だったな。


「でもこれでどうやって敵を倒すんだ? 伝説の鎧があるなら伝説の剣もあるのか?」


「伝説の剣は……ありません。魔物達に奪われてしまい、どこにあるのか行方知れずなのです。でも安心してください。伝説の鎧ならばゴブリン程度、体当たりだけで吹き飛ばす力を秘めています」


車とバイクがぶつかれば、確かにバイクに乗っている方が重傷になるだろう。


「事故を起こさないように教習所で叩き込まれて手に入れた運転免許証が、それで戦う勇者の証になるというのは皮肉だな」


「? 勇者様?」


「なんでもない。確かにこれなら魔物も楽に倒せそうだ。俺がこの国を救ってやるよ」


「勇者様! やる気になってくださり嬉しいです!」


俺は改めて伝説の鎧を眺めた。

鎧は右ハンドルの4~5人乗りの普通車だ。

運転席に座ると、足元にはアクセル、ブレーキ、クラッチの三つのペダルがあり、左手には5段階プラスRのシフトレバーが納まる。これはマニュアル車だ。

マニュアル車はギアチェンジを手動でやるため、最近主流のオートマチック車より複雑な操作を要求される。

見栄でマニュアル車の免許を取ったが、こんな所で役に立つとは思わなかった。

俺は座席の位置を調整し、シートベルトをしめた。

準備は万端だ、後は鍵を差してエンジンをふかせてやれば動き出すはずだ。


「疑問なんだが、この車を動かす鍵はないのか?」


「鍵は私です、勇者様」


「お姫様が鍵だって!?」


「伝説の鎧を操作できるのは勇者様だけですが、エネルギーの供給はこの世界の人間がしなければいけません。鎧や馬が動くためのエネルギーは、感情の高ぶりと共に発生します」


そう言いながら、助手席に乗り込んだ姫は俺の顎に両手を添えた。


「……ですから、鎧を目覚めさせるには……こうするのです…………」


姫は俺の唇に自分の唇を重ねた。

起動は一瞬で終わった。とても軽いキス。

彼女の手のひらから緊張による震えが伝わってきた。

初めてなのだろう。


姫の力で車の計器や照明に光が灯り、車体が震えだした。

エンジンがかかったのだ。


「勇者様、私の名前はプリムといいます。これからは名前で呼んでくださると嬉しいです」


「そういえば俺も名乗ってなかったな。俺の名前は曲豆田郎(かしゅうたろう)。タロウって呼んでくれプリム姫」


「わかりました。タロウ様……これからよろしくお願いします……」


プリム姫は俯き、真っ赤な顔を前髪で隠しながら俺の名前を呼んだ。


 ***


鎧の試運転の後、俺達はヘイとシーという名前の近衛騎士を連れてゴブリン暴走族の元へ向かった。

騎士の二人は全身に重そうな鎧を着たままバイクに乗っている。

この世界ではバイクのことを馬と呼ぶらしい。


兵士たちの鎧に付けられたマークは黄色と緑の若葉マーク。

若葉マークはこの王国のシンボルであったが、向こうの世界では運転初心者がつけるもの。

見るからに頼りなさそうだ。


運転中、俺がシフトレバーを握る手の上にはずっとプリム姫の手が添えられていた。

姫様と触れ合っていないと、伝説の鎧を動かすエネルギーが足りないのだ。

手を通して姫様の心音が伝わってきていた。


「ヒャッハー! とうとう勝負する気になったか人間ども。お前らを惨めに負かせた後で醜態を全国放送してやるぜェ」


「そうはいきません! 私達には勇者様がついています!」


「勇者だとォ? 助っ人が一人増えたところで関係ねぇ。俺達ゴブリンの数の暴力には無力だァ!」


「そうですか……後悔しても遅いですよ」


プリム姫と先頭のゴブリンのやり取りが終わると、俺以外の車・バイクに乗っている敵味方が一斉に空に向かって叫んだ。


「いざ決戦の台地(バトルフィールド)へ!!」


叫び終わると、総勢40名の車・バイクを外から包む半透明の箱が現れた。

箱はエレベーターのように上昇し、雲を突き抜けて空の上へ昇っていく。


「プリム姫、俺達はどこへ向かっているんだ?」


「タロウ様、見えてきましたよ」


姫は空の上を指差した。

その先には上下逆様の陸地が広がっており、雄大な自然の中を道路が縦横無尽にひかれていた。


「あれは……」


「私達が聖地と呼ぶ場所です。女神ヘリステラが作った聖なる大地……その中でも最も神聖な、女神が最初に創造した道。それが王国プレーンサーキットです」


平野のなかに、小さな周回場が見えた。

その時、天と地がひっくり返った。


「うわあっ」


箱がぐるりと半回転したのだ。

俺は上に落ちるような気がしてつい身構えてしまうが、そんなことはなかった。

箱の底に重力のようなものがあるのだろう。

箱は聖地の面を下にして、今度はゆっくりと下降していった。


「うふふっ、大丈夫ですよタロウ様」


プリム姫が僕と合わせた手の握りを少し強めた。

姫に情けないところを見られちゃったな。


王国プレーンサーキットは平坦な周回場で、陸上のトラックに少し手を加えて変形させた感じのシンプルな作りをしている。


「このコースの対戦ルールは3on3。各チーム3人までエントリーできて、最初に3週して1位になるか、相手を全滅させたチームの勝ちです」


「なにィ! 3人しか出られないだとォ」


「例外としてサイドカーつきの馬や鎧に複数人乗り込むことは可能です。制限されるのは運転手の数になります」


「チクショー、今メンバーを決めるから待ってやがれェ」


ゴブリン達が相談に入ると、集団の中から王冠を被ったゴブリンが出てきて、残りの二人を指名した。


「あれはゴブリンキング……タロウ様、彼はゴブリンの中でも別格。どうかお気をつけて」


「キングご機嫌麗しゅうゥ。人間ども、ゴブリンの集団戦法を封じたくらいでいい気にならないことだなァ。キングが出てきたからには貴様らに勝ち目はないぞォ」


ゴブリンキングは挨拶を済ませると玉座の形をしたバイクに飛び乗った。

バイクの前後に二輪はついているが、ハンドル部分がない。

走っていない今の状態でもそれは二つのタイヤだけでバランスをとって静止している。

なんだあれは……そんなマシンで走れるのか?


俺達はコースのスタート地点についた。

人間側が俺が車に乗り、ヘイとシーがバイクで準備する。

対して魔物側はキングとお供のゴブリン二人がそれぞれのバイクに乗った。


赤、黄、青の順に信号が点灯し、一斉にマシンが動き出した。


「お前らァ! プランBで行くぞォ!」


「ガッテン!」


「ブルルン!」


ゴブリンキングの喚声とともにゴブリン達は俺の車の左右につき挟み撃ちにした。

彼らは腰から剣を抜き、俺を標的に定める。


「ヒェッハァーーー!!!」


「ブルン! ブロロロ!」


「勇者はこのロングソードの錆びにしてくれるわァ!」


「いきなり刃物で襲いかかってくるなんて、それが人間のやることか!」


「ブロロ! 俺達はまもノ! 一緒にするな人間ごときガ」


「タロウ様、これくらいならば鎧で耐えられます! 反撃の準備を!」


「勇者殿、われらヘイシーも助太刀しますぞ」


「キングおおっとォ。貴様等の相手はこのキング様だァ!」


キングが杖を振るうと、先端が分離してヘイ、シーのバイクへ飛んでいった。

杖の胴と先端は細い糸で繋がっており、それが二台のバイクに絡みつきぐるぐる巻きにしたのだ。


「ぐわっ」

「しまった」


ヘイ、シーは前を走るキングの方へ手繰り寄せられてしまった。


「ヘイ、シー!」


「こうなれば体当たりだ。プリム姫、しっかり掴まっていてください!」


「はい!」


「遅いわァー!」


左サイドのゴブリンが車に斬撃を放った。


「キャーッ!」


姫が悲鳴をあげ、身をすくめた。

ロングソードは助手席の窓ガラスに命中するが、ガラスは割れなかった。

代わりに揺れが車内を襲った。


「プリム姫!」


「へ……平気です。エネルギーがあるうちはバリアが車を守ってくれます…………」


「よくもプリム姫を狙ってくれたなゴブリンめ!」


俺はハンドルを左に切り、ゴブリンのバイク目掛けて体当たりをした。


「ヒェー、避けられないィ!」


火花が散る音とともに車がゴブリンを圧倒、それから激しい金音を締めくくりにゴブリンをバイクごと吹き飛ばした。

ゴブリンの乗っていたバイクはコース外の草原に着地すると、轟音を立てながら爆発した。


「キングー、すみませェーん。しくじりましたァー」


爆発の後から黒こげになったゴブリンが威勢を失った声を出した。

随分とタフな相手だ。魔物というのは皆これくらい頑丈なのだろうか。


「さすがです、タロウ様! このままゴブリンを蹴散らしましょう!」


「ああ、段々勝手がわかってきたぞ」


次は右のゴブリンだ。

相手は一定の距離を保ちながら様子を窺っている。

攻撃の直後だとバランスを崩しやすくなるので警戒しているのだろう。

こちらから打って出るか。


「プリム姫、ちょっと激しく動くよ」


「は……はい!」


俺は急ブレーキを踏んだ。


「ブロロロロ……勇者が消えタ?」


並走していたゴブリンはバイクを慣性に任せたまま周囲を見回す。

速度が大きく開いたおかげで俺はゴブリンの後ろを取った。


「ブルルン! ハッケン! ッ……いつの間に後ろニ……」


俺はギアをすかさずローに落とし、態勢を立て直した。

そのままギアを上げながらゴブリンに突撃する。


「ブロ……剣が届かない……!」


バイク乗りの後ろは死角だ。

それは前を向いて走る視界に限ったことではない。

運転しながら武器を振るう場合、どうしても攻撃範囲が限定されてしまう。

前後に長いバイクに対して人間の肩は左右に広いため、手や近接武器による攻撃は左右のどちらかにしか繰り出せないのだ。

ゴブリンだって人間と同じ、後ろにつけば圧倒的有利だ!


「いっけええええぇぇぇぇ!」


俺はアクセル全開でゴブリンを後ろから突き飛ばした。

バイクは空へ大きく舞い、コース外で爆発した。


「プスンプスン……こいつ……強すぎル」


「ああ……流石ですタロウ様」


「これで倒したゴブリンは二体、三対一になったわけだな」


「キーングそれはどうかなー?」


「なにぃ!?」


振り向くと、二体のバイクが宙を舞っていた。


「強い……強すぎる……!」


「ゴブリンの王は化け物か!?」


断末魔の叫びを残してヘイシーの両者が爆発した。


「ヘイ! シー!」


「コイツらの相手はキング退屈でしたよ。勇者タロウ、貴様のレースをゆっくり鑑賞できる程にねェ」


「なんだと……」


「貴様がさっきゴブリンの不意をついたあの攻撃……私にはキング効果がありませんよ。私はキング賢いのでね……一度見た技は通用しないッ! 本来なら30以上の部下たちの犠牲により相手のあらゆる技を分析し尽くし万全の対策をするところですが、体当たりしか出来ない貴様などそれも必要もない! 我が杖でゴルフ場までひとっ飛びよォ!」


ずっと前を走っていたにも関わらず、キングのバイクは速度を落として接近してきた。

ハナから先にゴールすることには興味ないってわけだ。


「いいぜ……その減らず口と長い鼻を叩き折ってやるよ!」


俺はプリム姫に目配せをして再びギアをローに切り替える。


「キング甘いわァ!」


キングは杖の先端を飛ばし車のサイドミラーを巻き取った。

杖の紐で結ばれる車とバイク。


「!?」


「今、キングと貴様等の乗騎(ライド・マスゥィーン)が結ばれました。この意味がわかりますか?」


「つかず離れずの距離を走るつもりか!」


「キング愚か者め! こうするのよ!」


キングが杖を強く引くと、糸が徐々に収縮していく。

一定のテンポで近付く車とバイク。

こいつ、車と一体になって車体の速度差を相殺するつもりか!


「それがお前の体当たり封じか、ゴブリンキング! だが、お前が近付いている今は俺にはチャンスでもある! くらえ!」


俺は加速し、前にいるゴブリンキングのバイク目掛けて突撃した。

貼り付かれる前ならば、さっきのように吹き飛ばせるはずだ。


「言ったはずだァ! キングに一度見た技は通用しないとッ!」


「なんだと!?」


衝突する寸前、ゴブリンキングは車体ごと体を傾けた。

弧を描きキングのバイクはコースを外れて攻撃を回避、そして縮む糸がそのバイクをコース内に舞い戻らせる。

もうバイクは前にはいない。

俺はキングのバイクにぴったりと横付けされてしまったのだ。


「見たか、これがキングの策略だァ!」


「くっ……」


俺はハンドルを左右に回し振り切ろうと試みるが、ゴブリンキングはぴったりとくっついて離れない。

バイクにはサイドカーのついたものが存在するが、キングは逆にバイクをサイドカーにしてしまったのだ。

唯一の攻撃手段が縛られた今、奴を倒すことはできない。


「これで終わりではありませんよォ。次はキングの攻撃を受けろォ!」


ゴブリンキングが杖を振るともう一つの先端も分離する。

こちらは巨大な鉄球に棘がついた凶器、モーニングスターになっていた。

棘つき鉄球が糸の遠心力でゴブリンキングの周囲を公転しながら、俺の車目掛けて叩きつけられる。


「うわあああ!」

「きゃあああ!」


大ダメージが車体を揺さぶる。


「タロウ様、ゴブリンキングの攻撃によるエネルギーの消耗が激しすぎます。このままでは伝説の鎧でも耐えきれません」


「プリム姫、どうにかならないのか!?」


「一つのだけ方法があります……が……あの……その……」


プリム姫はモジモジしだした。


「タロウ様がよろしければ……ですが……」


「なんなんだ、早く言ってくれ!」


「胸を揉んでください……」


「えっ?」


「ですから、タロウ様! 私のおっぱいを揉んでください!」


「い……いいのか……?」


「はい……タロウ様なら……」


姫は身を乗り出して胸を捧げた。

ここでやらねば男がすたる!


「行くぞ! 姫!」


「はい! タロウ様!」


俺は姫の胸を力強く揉みしだいた。


「んっ……!」


姫の口からは嬌声が漏れる。


「なにィ! レース中にいちゃつき出しただとォ! 真剣勝負を侮辱しやがって! 全世界のモテないゴブリン達を代表してキングがこのカップルに鉄球制裁を加えてやるゥ!」


キングのモーニングスターが降り下ろされる。

くっここまでか……。


「タロウ様……プリム、感じてしまいますー!!」


プリム姫が声を張り上げた時、彼女の体から光が溢れた。

光は卵の形に、車全体を包み込む。

車に迫る鉄球の棘が光に触れると、光はモーニングスターの攻撃を弾き返した。

車内への衝撃も一切ない。


「キング必殺の制裁アタックが完全に防がれただとォ!?」


「わかる……わかるぞ。これまでで一番強いエネルギーがこの車を動かしている……。これなら勝てるッ!」


「な……なんだこの力は……こんなに強いエネルギーを持った人間がいるなど聞いていないぞォ……」


いける。

いけるぞ。

この力があれば勝てる!


「ラストコーナーで決着をつける!」


俺は高々と宣言した。

ラストコーナーは右回りのヘアピンカーブ。

ゴブリンキングにより体当たりは見切られている。

だがまてよ、自動車教習で覚えたあの知識が使えるんじゃないか……?


「キング強がりをッ! 貴様に勝算はないッ! このカーブさえ抜けてしまえば後は直線、このキング様の玉座が華麗に貴様の乗騎(ライド・マスゥィーン)から飛び降りゴールするだけよ」


俺達はそのままヘアピンカーブに突入した。


「これが俺とプリム姫の愛の力だあああああ!!」


俺はハンドルを右に勢いよく回した。

カーブの外縁ギリギリを通過する。

その時、キングのバイクに異変が起きた。


「ぐわあッ!」


バイクが吹き飛んだのだ。

後輪から勢いよく跳ね上がったバイクは、空に上がった凧のように糸が繋がったまま振り回される。


「馬鹿な……接触対策は完璧だったはず……。それにまだだ! まだ糸が繋がっていれば……き、切れた~~~~!」


宙にあがった玉座は回転しながら青空まで飛んでいき、そして星になった。


「タロウ様、今何が起こったのですか」


「内輪差による巻き込み事故だ」


内輪差(ないりんさ)……ですか?」


「そう。車には前輪と後輪がある。左折や右折の時は前輪を曲がりたい方向に向けるのだけど、運転手がハンドルを回す必要があるから緩やかな曲線に近くなるんだ。でも後輪は違う。後輪は既に傾いた車体に引っ張られて強引に向きを変える。だから曲がったときに後輪は前輪よりも曲がる方向にきつい線を描くんだ。横断歩道を渡っている歩行者をハンドル操作でギリギリ避けたと思っても、気づかずに後輪がぶつかって歩行者を引いてしまうことがある。それが内輪差の恐ろしいところだ」


「でも、なぜキングを吹き飛ばせたのでしょう?」


「あれは姫の強力なエネルギーの力のおかげだ。気付かずにやってしまう内輪差巻き込みと膨大なエネルギーでキングの不意をついたからこそ、普通の体当たり以上の効果があった」


「なるほど、タロウ様は鎧の扱いだけでなく、博識なんですね」


運転免許証(ゆうしゃのあかし)を手に入れるために必要な知識だっただけさ」


俺達は競争相手のいなくなった直線を安全運転で進み、ゴールインした。


「やりましたね、タロウ様。これで王国の平和と安寧は守られました」


「ああ、終わったんだな……」


「見事です、勇者殿!」

「感服致しました!」


ヘイとシーが現れ俺を賞賛した。

お前達も生きていたのか。


「これで終わったと思うなよ、人間どもよ」


俺達の勝利に水を差し、その場に響き渡る男の台詞。


「なんだ……?」


「タロウ様、空に顔が!」


プリム姫の差すほうを見ると、巨大なおっさんの顔が空に映し出されていた。

渋谷駅前の大型ビジョンとは違い、おっさんはうっすらと透けている。

おっさんはRPGの魔王にありがちな顔色の悪さで、不気味な笑みを見せた。


「フフフ……ついに現れたな勇者よ。私はこの世界の魔物達を統べる魔王だ。まずは他の人間どもが束になっても敵わなかったゴブリンキングを破ったことを賞賛してやろう」


「魔王ッ! 何を企んでいるのですか!」


「まだ我が軍の尖兵がやられたに過ぎん。我が配下には数多(あまた)の魔物達が、そしてその中でも一際卓抜した火水風地の四人の魔将軍が残っている。私が一つ手を叩くだけで貴様等の敗北が確定するというわけだ」


「くっ……俺達にはどうすることもできないのか……?」


「だが! それでは私が楽しくないッ!」


魔王がカッと目を見開いた。


「そこで勇者、貴様にチャンスをやろう。四魔将が支配する地水火風四つの聖域で四天王杯を開く。そこで各魔将を下し四天王杯を制覇したら私と決闘する権利をやろう」


「どういうことだ……そんな美味い話を持ち出すなんて」


「余興だよ。ククク……絶望の中で足掻き、私を楽しませるがいい。勇者よ、貴様のレースは酒のつまみの見世物としては過去最高だ」


「タロウ様を見世物にするなんて……魔王! どこまであなたは卑劣なのですか!」


「フハハハハ! 楽しみに待っているぞ勇者よ! さあ、四天王杯を制して魔王城までかけ上ってくるがいい!」


魔王は高笑いをあげながら虚空に消えた。


「タロウ様……ここから先は魔物達の中でも特に強大な力を持つ四魔将、それに魔王が待ち構えています。あなたに無理強いすることは出来ません、今なら元の世界に帰ることもできます」


「プリム姫、ここまで来たら最後まで協力するよ。一緒に魔王を倒そう」


「よいのですか……?」


「ああ、俺が売られた喧嘩だ。俺が買わずに放っておけないさ。一緒に魔王を倒そう! 姫!」


「はい! これからもよろしくお願いします、タロウ様」


俺達は車に乗り込み、地平線まで広がる道を走り出した。

俺達の冒険はまだ始まったばかりだ!

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