七時限目「三者面談当日に引き起こされた大事件と獣面親子の和解について」
お待たせ
「ったく、こんな朝っぱらから何だってんだ……」
金曜の朝(より具体的に言えば一時限目が始まってすぐ辺り)、俺ことアダム・ベンソンは担任の平川典明先生から突然呼び出され、授業を抜けさせて貰い生徒指導室へ向かっていた。
「常木先生は出席扱いにするし授業内容纏めたプリント出すから大丈夫だっつってたが……やっぱ授業に出られねえってのはどうもなぁ……」
などと不安を感じながら早歩きで廊下を進んでいた時、校内全域に非常ベルの音が大音量で響き渡る。
「!? な、何だ!? 一体何が起こってんだ!?」
俺は一瞬困惑したが、すぐに落ち着いて放送を聞き逃さないよう押し黙る。
(……放送……放送だ……電力が途絶えてねえなら先生から何かしらの放送があるはずだ……)
できれば抜き打ちの避難訓練であって欲しいが、よく聞いてみりゃ校門の方から悲鳴が聞こえやがる。
しかもかなりガチの奴だ。こいつぁやべぇか、等と思っていると案の定放送が流れ始めた。
『緊急放送、緊急放送。本校は現在正体不明の武装集団による襲撃を受けています。武装集団は現在グラウンド北東及び校門から侵入し校舎に向かっています。生徒は速やかに職員の指示に従い避難して下さい。これは訓練ではありません。繰り返します。本校は現在――』
(な、何ぃっ!? 正体不明の武装集団だと!?)
おいおい勘弁してくれよ。確かに幾ら日本が平和な国だからってそういうヤバい連中とは無縁だなんて平和ボケしきった考えは持っちゃいねえが、だとしても学校にいきなり攻めてくるなんて予想外過ぎんだろっ。
(とにかくどっか、なるべく奴らの入ってきてねえ所へ逃げねえと――)
「っしゃああ!」
「ぉぐ!?」
「……」
「へへへ、チョレェもんだぜ。あの化け物ベンソンがワンパンKOだもんなあ」
背後からの奇襲でベンソンを仕留めた俺、コッザ・ブーモはすかさずスマホで仲間に報告する。
「おう、古居。俺だ。畜生野郎を仕留めた。場所は第三校舎の二階廊下辺り。
――ああわかってるよ、気絶させただけだ殺してねえって。だがこの図体だ、俺一人じゃ運べねえ。
――ああわかった、なら俺は一先ずそっちへ戻るぜ」
通話を切った俺は、素早くその場を後にした。
「――……!?」
目覚めた俺(アダム・ベンソン)の視界に飛び込んできたのは、快晴の青空だった。
起き上がってみればどうやらここは屋上らしい。だが、妙な事が二つほどあった。
一つ、俺は何故か檻に入れられていた。破ろうとしてみたが中々上手くいかない。力を籠めれば開きそうだが、それをできない理由がある。それこそ二つ目の『妙な事』だ。
二つ、俺の入った檻を取り囲むようにして、黒づくめで武装した連中(種族や体格は様々だが、どいつも軍の特殊部隊って感じの恰好をしていた)が見張っていた。
誰なんだかはわからねえが、妙な動きをしようもんなら問答無用で撃ち殺されたっておかしくはねえ。
なんてことを考えていた、その時だ。
「お、気が付きやがったか畜生便所野郎!」
目の前にやたら丸っこいチビ野郎が現れた。この鬱陶しい声、どっかで聞いた気がするように思えるんだが誰だったか。
「おめー誰だって聞きたそうな顔してんで教えてやるが、俺ぁ片耳コボルトの古居宇太郎!
今日誕生するこの国の新しい支配者、その右腕の男だ!」
いや誰だよ知らねえよ。
「シカトか……まあいい。これから死んでくおめーには関係のねえこった!」
そう言って古居とかいう野郎は拡声器を手に取り校内全域へ叫ぶ。
『おう、捏海のボケども! 知っての通りこの学校は俺達"超絶賀集帝国"が占拠したぁーっ!
俺達の力はよぉーくわかった筈だ! 迂闊に抵抗したり警察でも呼んでみやがれ! この学校の奴ら全員、一瞬で死ぬことになるぞー!』
古居の台詞はわりとバカ丸出しだったが、何故だか変に説得力があった。つーか賀集ってどっかで聞いた名だな……どこだったか。
『さて、俺からは以上だ! 次に今日からこの国のリーダーになる男、賀集敦の演説だ! 心して聞きやがれ!』
『おう、俺が賀集敦だ! 俺は――』
賀集とかいう奴の演説は九割がたどうでもいい内容だったので聞く気が失せた。ただ、最後の方のくだりは聞かざるを得なかった。
『そこでだ! この超絶賀集帝国の開国祝いに、国王と妃の結婚式を執り行う! まずは妃の入場だ!』
(妃、だと?)
そう言って何処からか連れてこられたのは――
(なっ、あ、あれは……)
『紹介しよう、俺の妃の尾原……いや、賀集寿々子だ!』
賀集の手下数人に連れてこられたのは、派手で露出度の高い(よく知らねーが、変なアニメとかゲームとかに出て来そうな)黒いドレスを着せられた尾原だった。
やはりっつーか何つーか、当然だがその表情は暗く絶望しきってるって感じだ。
『俺はこれからこの場でこいつと結婚式を行い、直後に夫婦の契りを交わす! 帝王には後継者……世継ぎが必要だからなぁ!』
クソ、何もかもいきなりすぎて何が何なんだかよくわからねぇ。だが一つ確かな事は、こんなクズ野郎に尾原を渡しちゃならねぇってことだけだ。
なら奴らに殺されることを覚悟の上でこの檻をぶち破り尾原を助け出す……そう思っていた俺の耳に、更なる予想外の言葉が飛び込んできた。
『つーわっけでぇー、子っ作ぅりぃーしまっしょ、とイきてえわけだが……そういやその前に済ませなきゃならねぇ用事があったのを忘れてたぜ……こいつの処刑って用事をよぉ!』
そう言って賀集は俺を指差した。なるほど、檻を破ろうが破るまいが殺されるのは確定だったってわけか。
『知らねえ奴の為に教えてやる! このアダム・ベンソンって化け物畜生野郎はよぉ、この賀集敦様を散々コケにし、挙げ句俺の妃とになる麗しの寿々子に手を出しゃあがったのよ! ともすりゃ死罪が妥当だよなあ!?』
賀集の呼び掛けに応えるように、屋上全体から叫び声が上がる。
(最早言い掛かりでしかねえが、もう諦めるっきゃねぇか……いつの間にか全身こんなんなっちまってるし)
俺の身体は気付かぬ内に鎖やベルトで固定されていた。どうやっても抜け出せる気がしねぇ。
(はあ、もうダメか……思えば何もかもがクソみてえな人生だったな……つまらねえ誇りにこだわって時間と体力を無駄にしただけって感じの……)
檻が開け放たれ、俺を殺すよう命じられた手下の一人が歩み寄ってくる。さあ殺せよ。なるべく苦しまない方法で頼むぜ。
内心でくだらねぇ冗談を飛ばしていた、その時。
「待ってくれぇっ!」
屋上に何者かの声が響き渡った。年老いた男であろうその声の主は、俺がもう数年も聞いておらず、また今後も一切聞く気のなかったであろう人物だった。
(まさか、この声は……いや然しそんな馬鹿な……)
一瞬耳を疑ったが、目で確認し改めて確信した。間違いねえ、あれは――
「お、親父っ!?」
「お、親父っ!?」
拘束された我が息子の上げた声に私、ゲーリー・ベンソンは思わず涙を流しそうになりながらもぐっと堪えて言葉を紡ぐ。
「アダム……話は聞かせて貰った。まさかお前が私達夫婦にそこまでの思いを持ってくれていたとは全く予想外だったよ。それさえ理解できなかった私は父親失格だ。
死んだ母さんも私の有様を知ったら憤慨するか嘲笑うだろう……許してくれとは言わん、ただ謝らせて欲しい……すまなかった」
「……」
「そして超絶賀集帝国帝王のMr.賀集」
「何だジジイ、いきなり神聖な儀式に割って入りやがって。覚悟はできてんだろうな?」
「勿論だ。邪魔してしまい本当に申し訳なく思っているよ。故にMr.賀集……その件へのお詫びも兼ねて貴方に提案したいのだが」
「ほう……言ってみろ」
「彼を……アダム・ベンソンを生かしてやってはくれないだろうか。申し遅れたが私の名はゲーリー・ベンソン。先程のやり取りからわかるように、アダムの父親という奴だ。だが私は倅を正しく育ててやれなかった愚か者……だが最後くらいは父親らしいことをしたい」
「……つまり、てめえが息子の身代わりになろうってのか」
「そうだ。子に償いきれぬ罪は親が責任を負わねばならん。それが世の理だ」
瞬間、賀集の周りに居た部下達が一斉に『ふざけるな』とか『ナメているのか』などと野次を飛ばし始めた。
彼らにしてみれば確かに筋の通らない話かもしれない。それどころか縛られたアダムさえも『何言ってんだ! 俺の為にそんなバカな真似やめてくれ!』と懇願している。こんな私をまだ父親として扱ってくれるというのか……何と言う親思いの優しい子だ……。
だが私にはこうするしかないのだ……等と思っていると、騒ぐ部下達を賀集が怒鳴り付けて黙らせた。
「黙ってろお前ら。確かにこんなジジイ一人殺した程度であの畜生を見逃せなんてなぁ筋通ってねえにも程がある。
だが俺は何れこの世界を支配する帝王……法律も理解してねえクズや国に逆らう悪党の意見も一理あるなら取り入れて政策や法律を変えてく度量が必要だ」
そう言って賀集が首をクイと傾げる仕草をすると、どこからか飛んできた縄や鎖が私の身体を縛り上げた。
「というわけでジジイ、お前の要求も呑んでやろう」
「お心遣い頂き感謝するよ」
「……お、おい親父! 何やってんだよっ! 頼む賀集、俺には何したって構わねえ! だから親父の提案は呑まないでやってくれ!」
「いいんだ、アダム……お前が助かる為なら私の命など惜しくはない……これからは己を愛し喜びと楽しみの為に精一杯生きろ……もう自分を痛め付けるような真似はやめるんだ……」
「親父ぃっ……!」
見れば、私が死ぬと知ってすぐ隣に拘束されたアダムは大粒の涙を流している。
すまない倅よ……だがこれで漸く私も罪滅ぼしができる……賀集の口から予想外の言葉が飛び出したのは、私がそう思っていた時の事だった。
「よぉしわかった。おいブーモ、処刑の時間だ……二人まとめてぶち殺せ!」
「あいよぉ!」
「な!? お、おいちょっと待て! Mr.賀集、どういうことだ!? 二人まとめてだと!? 私は自分を処刑する代わりに息子を見逃して欲しいと言ったんだぞ!?」
「あぁ、そうだな……それがどうした?」
「それがどうした、って……貴方は言ったな? 『帝王である以上、クズや悪党の意見も一理あるなら取り入れ政策や法規を変えていく度量が必要だ』と! そして私の要求を呑むとも言ったじゃないか!」
「ああ……言ったなぁ。んで、それがどうした? 確かに俺は柔軟に政策を変える度量のあるいい帝王だがよ、クズや悪党の意見をそっくりそのまま取り入れるなんてことあるわきゃあねぇだろうが。
それにお前の要求も呑むとは言ったが、息子を生かしておいてやるとは一言も言ってねぇつーの。調子乗ってんじゃねぇよ下痢便所ジジイ」
なんて男だ。まさか約束を反故にされるとは思いもしなかった。最早これまでか……私は結局、我が子に父親らしい事をしてやれないままこんな奴らの手にかかって惨めに死ぬのか……然し、ブーモなる男が大剣を振り上げた瞬間、予想外の出来事が起こる。
「お待ちくださいっ、旦那様ぁ!」
響き渡ったのは少女の声だった。見れば、際どい黒のドレスを着せられた少女が何やら疼きながら息を荒げている。
「……どうした、寿々子? 何か問題か?」
「あ、ああ……旦那、様ぁ……寿々子は、寿々子は……もう我慢ができません……」
「我慢ができねえだと? どういうことだ?」
「から、だが……身体が疼いてしまって、仕方がないので御座います……」
「ほおう……」
賀集の顔が下卑た笑みを浮かべたのを、私は見逃さなかった。あの衣装も恐らく奴が選んだものだろう。なんて下劣な男だ。
「だん、な、様ぁ……叶いますなら、どうか寿々子を……寿々子の中を、旦那様で満たして下さいまし……」
「……全く仕方のねえ奴よ。どうしようもねえ淫乱だなぁ……いいぜぇ寿々子っ……元々予定してたことだ構やしねえ。処刑と結婚式の前に、お前と夫婦の契りを交わすっ!」
言うや否や賀集は服を脱ぎ始めた。普通、真っ当な為政者なら妻を宥めるか叱ってでもここでそういう行為には及ばないと思うのだが……まあこいつは為政者どころか人間としてもまともではない、ということなのだろう。
上半身裸になった賀集は、続いてそのまま少女のドレスを脱がしにかかる。だがその瞬間、彼女の胸元から緑色の何かが飛び出した。
「なっ、ぐぉあああ!?」
飛び出した何かは四本脚と大きな口と太い尻尾を持つ動物のような形で、それを証明するかのように賀集の高い鼻に噛み付いた。
「ぐ、うぐ、もがあああああ!」
「が、賀集ーっ!?」
「な、こ、こいつはまさかっ!」
賀集は緑色をした動物のような何かを引きはがそうと必死になり、途端に周りに居た部下たちが慌てだす。その瞬間、下の方から笑い声が上がり始める。
「この笑い声……校舎内やグラウンドに囚われた奴らのか?」
「ああ、どうやらそのようだな。屋上の中継映像を無理矢理見せつけられていたらしい」
賀集の滑稽な有様を軽く笑うアダムにつられ、私の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「全くザマぁねーぜ……ところで親父」
「何だ、アダム」
「さっき『自分は父親失格だ』とか言ってたが、俺はそんなこと思ってねーし、死んだお袋だって今の親父を見てキレたり嘲笑ったりなんかしねーと思うぜ。親父は俺にとって立派な父親だし、お袋も立派な母親だって改めて確信してるよ」
「そうだろうか……」
「ああそうさ。そうだとも。それと許して欲しいのは寧ろ俺の方だ。今になって思い返しゃ、勝手にキレて家飛び出してバカやってたのは俺だしな。俺だって親父の思いを少しは理解してやれば良かったんだ」
「アダム……」
「ま、そういうこったからよ……俺としちゃこれからは普通の健全な金持ち親子として仲良く平和に暮らして行けたらと思うんだが……どうかな」
「奇遇だな。私も是非そうしたいと思っていた所だ」
「決まりだな」
「ああ。だがその前にはこの拘束をどうにか破らねばならんぞ」
「おっとそうだったぜ。然しこの拘束、やたらガッチリしててどうしようも……お?」
「ん? どうしたんd――おおっ?」
瞬間、私達の身体が急に楽になる。どうやら誰かが身体を縛っていた縄や鎖を切ってくれたらしい。
「動けるようだな」
「うむ。然し誰が……ん?」
ふと、足元にうごめく何かを見つける。見ればそれは機械でできた細長い虫とカニのようなもので、それぞれ前足に丸鋸とハサミを備えていた。
「どうやら彼らが助けてくれたらしいぞ」
「ほーお、誰が操作してんだか知らねえが近頃の玩具ってのはハイテクなんだなぁ」
「いや全くだ。然しこれは玩具というより災害救助用のロボットのような――」
「おぅるああああああこの便所どもおおおおおおお!」
私の台詞を遮って、顔中血まみれになった賀集の怒号が響き渡る。それに合わせて賀集の部下たちが集まって来て、とうとう私達は取り囲まれてしまった。
「アダム、これは……」
「ああ、かなりヤベェ状況って奴だな」
「勝算はあると思うか?」
「どうだろうな。俺ぁ腕っ節にゃ自身はあるし、この内の四割程度なら何とかなりそうだが……親父は?」
「かなり厳しいと言わざるを得ん。種族柄体力には自信があるしこれでも昔は中々の暴れ者だったが、近頃は運動不足気味でなぁ」
「そうかよ……まあ俺も、奴らの武装を加味すっと一割五分が限界って感じだが――」
「何をゴチャゴチャ抜かしてやがる便所ども! どんな策を練ろうが図体でけぇだけの畜生と老い耄れ如きがこの数に敵うわきゃねーだろぉ!」
「そうだそうだ! ここは大人しく俺らにぶっ殺されやがれ!」
「処刑する手間が省けるってもんだばがはっ!?」
刹那、先程私達を処刑しようと大剣を掲げていた男が何かに吹き飛ばされた。
「ぶ、ブーモォォォォォ!?」
「ち、チクショー! 誰だ、顔見せやがべぶらぁ!」
怒り狂った男がまた一人、何かによって吹き飛ばされる。私達親子を含めたその場の全員が周囲に警戒したその時――屋上に備わった貯水タンクの上に、奇妙な二人組が現れた。
「な、なんだってめぇらぁ!?」
小柄で太めの男の尤もな問いかけに、奇妙な二人組は答える。
「どうも皆さん、通りすがりの魔法少女です」
「どうも皆さん、魔法少女のマスコットです」
「「二人合わせて『英語ができない私を責めないDAY』です」」
我々は困惑せざるを得なかった。
まあ、皆さんお察しの通りあいつらですけどね。




