四十五時限目「艦内最終決戦の新展開、即ち絶対防御の思わぬ抜け穴について」
よ、漸く納得いく所まで書けた……
「ぬわはははははははは! どうだ驚いたか! これぞセブンプレシャスの一つ、ピーターバリア! 俺の前では全ての攻撃が止まり、そして捻じ曲がる! つまり俺は無敵で、お前らには億に一つの勝機もねえってことだ!
まあ攻略法が皆無ってことはねぇが、少なくとも今のお前らじゃどうにもできねぇよ!
何せお前らは、この状況を打開する唯一の攻略法を自ら捨てちまったんだからなぁ!」
ドリスコールの如何にも自慢げな鬱陶しい声が艦内に響く。
勝利を確信し調子付いているというのがよくわかるその台詞は、然し聞き手次第では『隠しておくべき秘密を自ら喋っている』のと同義だった。少なくとも私、清木場創太郎は奴の言う『既に捨てられた防御術の攻略法』が何なのか、確定ではないにせよ凡そ見破っていたし、それが奴の言うように断たれてなどいないだろうという仮説にも至っていた。
だが所詮は仮説。確証を得ないまま軽率な行動を取るのは中々にリスクもでかいので、最低限の準備だけはしつつも現状は奴を油断させるべく、常木先生やホークスと相談の上で演技に徹する。
演目は『難攻不落の強敵を何とか攻略・打倒しようと足掻くも葉が立たず苦戦させられるバトルものの主人公たち』だ。
「ぬははははは! どう足掻こうとお前らは俺を攻撃できねぇ! 無駄に消耗しまくって弱り果て、俺に殺される以外に道はねぇんだぁっ!」
果たして本当にそうかな。
「そして俺は勝利し、次回更新分からこのクソ小説のタイトルだって『ピーター様は世界最強かつ世界最高峰のイケメンなので世界の頂点に君臨できているのは当然かつ絶対の真理なのであってそれに意見することなど神にすら許されない、寧ろピーター様こそが神であるわけだから当然なのである。そしてこの物語はそんなピーター様の世界一で宇宙一な英雄的かつ神話的な大活躍を描く最高に素晴らしい冒険譚である』に変えてやるぜ! 」
何だそのクソみたいなタイトル。無駄に長えぇし字数制限引っかかるだろ。
「そして俺が主人公になれば、この小説は後世まで語り継がれる伝説の名作になるんだ!」
なんねぇから。
「秒間数百のポイントが入り!」
入んねぇから。
「ブックマークは投稿から一週間で一億件を超え!」
超えねぇから。
「ランキングは勿論投稿初日から連日首位をキープ!」
しねぇから。
「スピンオフや二次創作ができりゃそれが投稿された順にランキングのトップへ並び、その人気から書籍化、アニメ化、ゲーム化、映画化を経て世界へ進出!」
海どころか県境すら超えられねぇから。
「ピーター・ドリスコールは全人類から最も愛され尊敬されたキャラクターとしてギネスブック入りを果たす! つまり俺の時代が来るってわけよぉ!」
来るわけねぇから。
という具合に奴の妄言に内心突っ込みを入れた所で、三人揃って台本通りに動くことにする。
「くっ……そんなこと、絶対にさせないぞ! この『常木先生は変態の癖に有能で妙にいい人なので何か面倒です』略して『常変』はこの僕、常木譲と!」
「私、清木場創太郎君のダブル主人公で成り立つ作品だ! 余ってる主人公の枠なんてありゃしねえんだよ!」
「最も枠に余りがあったところで、お前風情が主人公として採用されるなど絶対に有り得んがな!」
と、このように何となく主人公っぽい台詞を口走りつつ武器を構え、再び真正面から奴目掛けて弾を撃つ。当然、奴の防御術を力任せに打ち破ろうなどとは微塵も思っていない。
この一見無駄に思える行動もまた、ピーターを油断させるための演技であり、奴をハメる演出の一環だ。
(典型的な主人公は、初撃が通用しなかったからといって攻撃を諦めない――というより、攻撃が通用しなかったという事実を、つまり自分達の弱さを認めない。そして十中八九ほぼ確実に、より強い攻撃なら通用するだろうと考え、それを実行に移す)
だから私達も、そのように演じる。演じ続ける。
当然ながら攻撃は通らず、ピーターは勝ち誇ったように私達を嘲笑う。それがどうしたと軽く流したくなるが、衝動を抑えあくまで典型的な主人公がそうするように怒りと苛立ちを露わにする。
(肝心なのは奴を調子付かせることだ。自身を取り巻く戦況を錯覚させ、慢心につけ込み、そして限界まで精神が綻んだ所で……一気に畳み掛け破滅させる)
それこそが、私達の計画するピーター・ドリスコール抹殺計画である。
普通に殺すことも難しくはない。然しそうするとなると逃げられる可能性があるし、そうなれば周囲の誰も納得すまい。というより、奴に憤る我々がそもそも納得できない。
故に、敢えて手の込んだ策を練り、罠に嵌め、徹底的に絶望させてから殺す必要があった。
(疑問や反感を持つ奴もいるだろう。私情じゃねぇかとか、一々回りくどくて寧ろしくじりやすくなってるだろとか、意味がねえ、寧ろ殺すな生かして更正させろだとか……ああ、どれも正論だ。そういう理屈は実に正しいし、本来そうするのが筋ってもんだろう。
だがまあ、ほら、言うだろ? 『理屈じゃねえ』ってよ。アレだよ。
奴を殺したい。
心底憎み嫌っている。
ひたすら苦しめて破滅させたい。
理由なんて結局はそれだけなんだ。殺意なんてもんの本質は、そんなくだらねえ、本当にどうしようもねえもんに過ぎねえのさ。
勿論他にも理由はある。寧ろ無きゃ駄目だ。この場合なら『被害者の無念を晴らす』『更正の余地なんてない』『生かしておくと再犯の恐れがある』とかだろう。そういうのは必要なんだ)
ただ、どんな理由があろうと殺意の本質は変わらない。
そして戦う以上、殺す以上、そこに殺意は必ず存在する。
その原則を、しっかりと自覚しておく。そうしなければ、狂気との友好関係など築けはしないのだ。
(そうだ……殺意だ……殺してやる……殺してやるぞ、ドリスコール……!)
そして演じ続けること二分、遂にその時はやってきた。
「だっははははははー! バカじゃねーのかてめぇらっ、いい加減学習てぇのをしろっつーのよぉ! ピーターバリアの防御は絶対! 突破する方法は存在しねぇ!
いや、厳密に言やあ突破する方法は存在する。だがお前らは図らずもその方法を自ら捨てちまった! 故にどうすることもできはしねえ、つまりお前らはここで俺に負けるってわけだぁ!」
「くっ、またその台詞か……同じようなことばかり、よくもそう何度も繰り返し口にできるもんだな。
こんな面倒なやり方で世界征服するよりも、風俗店の客引きか何かになった方がよっぽど上手くやれるんじゃないのか?」
なんて言いつつ、僕は内心自分自身の発言を軽く悔いていた。さっきの台詞はダメだ。僕自身の発した煽り文句としてならギリギリ赤点回避ぐらいにはなるかもしれないが、典型的な主人公の台詞としては赤点どころか試験すら受けさせて貰えず、下手をすれば停学になりかねない。
ここはあくまで如何にも間抜けなように怒り苛立っているよう見せかけて、奴を調子付かせなきゃならなかったってのに。
(でなきゃ期待のアレが来ないじゃないか……そろそろ何か展開がないとヤバいったらないんだがなぁ。更新も滞ってしまってるし)
僕が独白で語る『期待のアレ』とは、創作物にありがちな『優勢に調子付いていい気になった敵役が自ら声高に手の内を明かす』という展開のことだ。その展開を引き起こすということこそ、僕らが先程から延々と典型的な主人公を演じ、劣勢を演じている理由に他ならなかった。
(そしてその展開に持っていくためには、奴を限界まで調子付かせなきゃならない。馬鹿なんだから適当にやっていれば簡単に調子付くだろう、なんていうのは浅はかな考えだ。徹底して確実にやらないと、どこでどう流れが変わるか分かったもんじゃない。ましてさっきみたいに煽って警戒させてたんじゃ、寧ろ逆効果だよ……ああ、失敗したかなぁ……)
だがそんな僕の不安は、何ともあっさり裏切られることになる。
「……おう、それで煽ってるつもりか?
勝てねえからって負け惜しみなんぞ言いやがってみっともねぇ。そんな言葉なんざ、自業自得のミスで叱られ煽られて逆ギレ、挙句泣き出したのが惨めになって苦し紛れに『これは釣りだ只のネタだ』と涙声で喚き散らす負け組のアホガキと大差ねえんだよ。
いいか、何度でも言うぞ。俺を守るこのピーターバリアを打ち破る術は最早実質存在しねえ。即ち俺は無敵ということ……即ち、お前らは決してこの俺に勝ち得ねえ!
……と、ここまで言ってやってもまだ諦められねえ、現実が理解できねえってんなら……いいだろう、教えてやる。お前らが捨てちまった、このピーターバリアを打ち破るただ一つの術……即ち、この状況を打開する唯一の打開策……即ち即ち、この俺の攻略法をなぁ!」
何てこった、まさかこう来るとは。然し冷静に考えてみれば自然な流れかもしれない。
ともあれ図らずも理想とする展開に持って行けた事を内心感謝しつつ、ピーターの言葉に耳を傾ける。
一応、少し前の打ち合わせで創太郎君がある程度の仮説を立てているとは聞いていた。だが所詮は仮説に過ぎない以上、逃げる隙を与えず確実に殺しきるには奴自身の口から真実を語らせなければならない。
(そこで語られた真実が創太郎君の仮説と合致するなら、彼が仮説に基づき練り上げた作戦を実行すれば済む。合致しないなら、また改めて三人で作戦を練り直せばいい。どうあれこれで、少なくともあの防御壁を破ることだけは確実に上手く行く……筈だ)
確実に上手く行く筈だとは何だか矛盾した表現だが、その矛盾もまた人心なるものの上では案外理を逸して成り立つものである。
「そもそもこのピーターバリアは元々俺を含めたネバーランド四幹部の身を守るべくラスクの奴に作らせた防御魔術でよ、どんな攻撃だって通さねえように設計してある。だがそんな絶対の防御が暴走した時、全く予想外の形で身を亡ぼすことになるかもしれねぇと、俺は想定した。無敵の防御が裏目に出て自滅ってなぁ、古典漫画じゃわりとよく見かけるパターンだしよ。
そこで俺はラスクに指示を出したんだ。万が一このピーターバリアが暴走して幹部の身に危険が及ぶことがあった時の為、外側からシステムを強制解除できる機能を一つだけつけておけってな」
信じ難い話だ。こいつ如きにそこまでの知恵があっただなんて。古典漫画を参考にしたというのは些か間抜けな字面だが、言われてみれば確かに『無敵の肉体を得たが、体内の病巣までも無敵になっており治療できず病死に追い込まれた』なんて話を僕も知っている。漫画の受け売りも案外馬鹿にできないものだ。
「本来なら秘密にしておくのが筋だろうが、今やもう決して実行不可能なもんだ。話したって問題はなかろうから言うぜ。
その機能ってのは簡単に言やあ……相殺だよ」
相殺。互いを打ち消し合うということ。つまり、奴の言う機能とは――
「……解除対象であるバリアAに、同質のバリアBを接触させ、対消滅を引き起こす……と、いうことか」
「そうっ、その通り! 正解だ! 誰かが展開してるバリアに、別の誰かのバリアをぶつける! そうすりゃバリアは強制解除される! 数日は機能しなくなっちまうがバリアの所為で自滅するよりゃ千倍マシだ。まあ複数人の幹部が生きてなきゃ使えねえって欠点はあるが……今のこの状況じゃそれが逆に利点になる。何せお前らは、必死こいて他の幹部を殺し俺を追い詰めたつもりが、逆に俺へ塩送っちまったんだからなぁ! 最早勝敗は決まったも同然よぉ!」
なるほどな。丁寧な説明ありがとう。
確かにこれで勝敗は決まったな。
「そもそもバリアを強制解除しなきゃならねぇような状況なんざ、どんだけ悲観的に見積もってもパーセンテージ一桁止まりたぁラスクの弁よ! 要するに俺がバリアの強制解除方法を失ったとて、そのことを危惧する必要性などありゃしねえ! バリアが生きてる限り、この俺は無敵だぁ!」
ああ、確かにお前は無敵だろう。お前がそう確信しているのなら、それは紛れもない真実だ――お前の中に限っては、だが。
「おうおうおうおうどうしたよ、お前ら揃いも揃って黙りやがってよ! どうあがいても俺に勝てねえ現実がそんなに絶望的か! まあ無理もねえわなぁ、何しようが攻撃すら通らねえんだからなぁ!」
俺、ピーター・ドリスコールは勝利を確信していた。これで奴らは俺に手出しできない。つまり必然的に俺が勝つ。そして俺が奴らに成り代わってこの小説の主人公になってやるんだ。そうなりゃあとはこっちのもんだ。
「悔しいだろうなぁ、苦しいだろうなぁ、だがこれが現実なんだよ。
お前らは負け、俺が勝つ。
お前らは死に、俺が生きる。
そして俺はこのクソ小説の新たな主人公となり、作品を根本から書き換え、他の追随を許さねえ爆発的人気でもって新時代の覇者になる!
括目するがいいぜ、この俺が新時代を築く瞬間をな! ……とは言っても、お前らはここで俺に呆気なくぶっ殺されて終わりだから、厳密には新時代の始まりに立ち会うことなんてできやしねーけどなっ!
と、御託はここまでだ。何か言い残してえことがありゃあ――ぬうおあっ!?」
突然、俺の全身に衝撃が走る。
衝撃と言ったって、そんなにデカいもんじゃない。精々至近距離で風船が割れたとか紙鉄砲が鳴ったとか、その程度のもんだ。
「ち、くそっ……一体何だこの野郎。気分よくキメてやろうって時になっ――はうあ!?」
刹那、俺は自分の置かれた状況を認識し、思わず絶句していた。
「……、……っ、……く、な、ん、なん、っで……何で、俺のバリアが、無くなってんだよ……」
バリアの消失。つまり、俺自身を守るものが何一つないという状況。なら当然取り乱しそうなもんだったが、俺は何でか妙に冷静だった。
見回せば、傍らに何かが転がっていた。
小汚なく、生臭く、本能レベルで不快感を抱かざるを得なくなるそれは、俺自身よく見慣れた――
(……死体、じゃねぇか。それもこの髪型に、この服装は……ウェンディ……っ!)
その瞬間、俺は全てを悟った。
「……やりやがったな、クズどもめ。
幹部を敢えて皆殺しにせず、ウェンディを生かしたのはこういうことか。
組織への反逆を企ててるウェンディを懐柔し、俺の真上を張らせてやがったな。バリアの話も奴から聞いたんだろうが。
そんでここぞってタイミングで、バリアを張ったまま俺の真上へ飛び降りるように指示してたんだろ。
何を吹き込んだんだかは知らねえが、てめえらの弱さも認めず格上である俺に勝とうと他人を騙して身投げなんぞさせるたぁ……どこまでも性根の腐りきった外道どもめ。
確かに今じゃ憎しみ合う敵同士とは言え、それでも一度は愛した女をここまでコケにしやがってクソが……! マイケルやジョンや、他の奴らにしたってそうだ! どんな理由があろうと奴らだって人間。それを殺して来たお前らは正義の味方なんかじゃねぇ、ただの殺人犯だ!
だがこれで確信できたぜ。お前らは結局ただのゴミだ。主人公の器じゃねえ。何せ俺一人を三人で袋叩きにすることに何の疑問も感じねえ卑怯者どもだからなぁ……早々にぶっ殺さなきゃ、ライトノベルの世界が終わる!
お前らを生み出し、主人公として起用してる作者もそうだ。あんな野郎は周りのシンパ共々牢獄へぶち込んでやらねぇとなぁ。そして俺が主人公になり、このクソ小説を矯正してやるのさ! それが世の為人の為ってヤツだろうぜ!」
「ふん、馬鹿が。誇らしげにバカ丸出しの推論を口にしたばかりか、自分の現状もろくに理解しないまま大物ぶりやがって……」
「あぁ? どういうことだ?」
「そのままの意味だ。まずそこで死んでるクソ女を生かしたのは……今この状況で、わざわざお前如きに言ってやるのは本当に、全く、心底癪ではあるが……所詮単なる偶然、っつーよりか私の気まぐれに過ぎねえ。
真上を張らせてたのも最初っからじゃねぇよ。『攻略法を自ら捨てた』ってお前の言葉に何かを感じたんで、念の為にとそいつを操ってここまで来させたってだけだ。落とすタイミングはまぁ、狙った所もあるがな」
「なんだと……!」
「そしてそれに続く発言だが……所謂ブーメランという奴か? 馬鹿馬鹿し過ぎて言葉も出んな。彼ら二人が主人公の器でなく、蠱毒成長中を牢獄へぶち込むべきだというのなら、お前は最早架空のキャラクターの器ですらなく、地獄へ落ちるべきだろう。お前が主人公になった方がよほどライトノベル世界が終わるであろうし、お前の死こそまさに世の為人の為と言える。
何より今まで明確かつ正当な理由もなく大勢の人間を殺して来たお前に殺人犯呼ばわりされる謂れはなく、仮にそれが妥当だと……正当な意見だと誰が認めようとも……
大勢の部下を率いただ一人を痛め付け惨殺したお前が、他者を指して卑怯者だと騒ぎ立てていい道理など、どこにもありはしない。
例えお前がどれだけ否定しようと、この事実は揺るがない。それだけは忘れるな」
「くっ、てめえら……バリアぶち割った程度でいい気になりやがって!
いいだろう、教えてやる……自分の選択が如何に愚かだったか、思い知るがいい!」
バリアが無くなればこっちのもん、ぐらいに思ってるんだろうが……そうは行くか。
寧ろ本当の地獄はここからだ。覚悟しやがれクソッタレ。
次回、更なる地獄が幕を開ける!(※)
※……誰にとっての地獄か名言はしていない。