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四時限目「尾原寿々子が社会科教師から授かったものについて」

創太郎が出してきた「アレ」とは……

「はあ……何か妙に説得力があったし藁にも縋る思いで貰ったはいいけど、こんなので本当に大丈夫なのかなあ……」

 あれから私、尾原寿々子が清木場先生から貰ったのは、ワニのレリーフ(?)らしきものがついたキーホルダーだった。

 最初は馬鹿馬鹿しくて仕方なく、からかわれているんじゃないかと思ってその場で帰ろうかとも思った。けれど先生方の『見掛けは大したことないが、実は物凄く頼りになる。騙されたと思って受け取って欲しい』『我々を疑ってくれても馬鹿にしてくれても構わない。だがそれの効果は確かなものだ』という言葉には変な説得力があり、手にしただけで安心感や勇気のようなものを得られたのもあってつい受け取ってしまっていた。

 そしてそのまま学校を出た私はベンソン君の家へ向かい、まだ仕事から戻らない彼の為に夕食を作って書き置きを残し家へと急いでいるというわけだ。

 因みにどうして身内でもない私が家に入れるのかと言うと、しつこく家に押し掛けて世話を焼き続けていたら何故か合鍵を押し付けられたからだったりする。それまで彼がアパートに不在の時は玄関前で帰ってくるまで待ち構えていた。

「本当は部屋の掃除もしたかったけど、先生から日の高い内に帰れって言われたし急がないと……」

 夕暮れの道を早足で急ぐ。まだあの嫌な視線は感じない。

 日没もまだだしもしかしたら今日は久々に気分のいいまま帰れるかもしれないなんて思いかけた、その時だった。

「……!」

 寒気がした。それもとびっきりいやなタイプのが。

 よく恐怖で顔が青ざめるなんて聞くけれど、今私の顔は血の気が引ききってギャグ漫画みたいに真っ青になっているんだろう。

(どうしようどうしようどうしよう……何時もなら走って逃げられるのに、足がすくんで動かない……止まっちゃったら余計危ないっていうのに……!)

 視線の正体が十中八九賀集の取り巻きだろうと知ってしまったのが裏目に出たのか、私にのし掛かる恐怖感はそれまでのどんなものより大きく強くなっている気がした。

(……そうだ! 清木場先生がくれたあのお守り! 何か観光地の適当なお土産やさんで売ってるようなデザインなのに握ってるだけで勇気とか安心感が湧いてきたあれ! 何か未だに信用できないけどあれに頼るしかなーい!)

 私はカバンに仕舞ってあったキーホルダーを慌てて取り出し両手で握り締める。

 するとやっぱり勇気と安心感が湧いてきた……けれど

(いやだからどうすりゃいいのよ!? 勇気は湧いてきたし安心もできるけど相変わらず足は動かないし! 普通こういうのって勇気振り絞ればなんとかなるんじゃ――ん?)

 ふと、掌の中で何かがモゾモゾ動いた気がした。

 最初は気のせいかと思ったけど、すぐに気のせいじゃないと確信する。

 だったら一体何だろう? 今手の中にあるものと言ったら清木場先生から貰ったあのキーホルダーくらい。

(でもキーホルダーが動くわけないし……)

 何にしても手の中を見てみないことには始まらない。私が意を決して手の中で動いているものが何なのか確認しようと手を開いた瞬間。

「グォヴァァ!」

「ひゃいっ!?」

 思わず声を出して驚いてしまった。そのせいでよくわからなかったけど、動物みたいな何かが唸り声を出して飛び出していったのだけは確かにわかった。

「あれは……何? 暗くてよくわかんなかったけど、何か緑色の太ったトカゲみたいな……」

 飛び出した何かは物凄いスピードでそのままどこかへ走り去ってしまった。

「なんだったの……って、足が動く? 何で?」

 それまでピクリともしなかった私の足は、気付けば何ら問題なく動くようになっていた。

「まあいいや、とにかく帰らないと――」

「ぐぎにゃあああああああ!?」

「!?」

 突然夜道に響き渡る、誰かの悲鳴。

 足の動かない恐怖から解放されて気の緩んだ所へ不意打ち気味に聞こえてきたので正直怖くて仕方がなかったけど、放置して帰るのはもっと怖いなと思った私は意を決して声のした方へ行ってみることにした。


「こ、これは……!」


 そこで私が見たのは、毛むくじゃらの薄平たい肉片のようなものと、その傍らに佇む緑色をした小さなワニだった。

「何これ? プラスチックのおもちゃ――」

「ガゥラー」

「……じゃ、ないみたいね。尻尾振ってるし、鳴き声聞こえたし、あと何か口先血まみれだし……ん? 血まみれ?」

 ふと何かを察知した私は暫く考え、そして自分なりの答えを見いだした。

「つまり、この小さなワニがさっき私を監視か盗撮かしていた奴の居場所を一瞬で突き止めて、身体の一部を食いちぎって追い払ってくれた、ってことよね。

 更に付け加えるなら、この子がさっき私の手の中から飛び出してきた緑色の何かで、かつ清木場先生から貰ったお守りのキーホルダーとも関係がある……と」

「ガゥ」

 小さなワニの鳴き声は、私の発言に頷いているようだった。

「然しこの子、どうしよう……迂闊に触ると噛まれそうだし、かといってこのままってわけにもいかないし」

 悩んだ末、私はとりあえず清木場先生に連絡を入れた。幸いにも先生はすぐ出てくれたので、ひとまずこれまでの出来事を説明した。

「――というわけなんですけど」

『わかった。詳しくはまた明日説明する。また放課後社会科準備室で会えるか?』

「はい、大丈夫です。えっとそれで、この子はどうすれば?」

『一応そのままでも結構ちゃんと指示に従うんで問題はねぇが、もし足の速さが気になるとか素手で触んのが嫌ってんならそいつに向かって「仕事は終わった。上がっていい」と言え。そうすりゃ少しは持ち運びやすくなる』

「ありがとうございます。試してみます。では、失礼します」

『おう。気を付けて帰れよ』

 通話を切った私は先生に言われた通り小さなワニに向かって『仕事は終わったから上がっていいよ』と言った。するとワニは突然氷細工のように溶けていき、鈍い銀色のドロドロした塊になってしまった。

 更にそのまま暫く待っていると銀色の塊は小さくなりながらまたも形を変えていき、最後には何とあのワニのレリーフがついたキーホルダーになってしまった。

「……どういうことなの」

 あまりにも奇想天外というか現実離れした出来事に、私は少しの間困惑してしまっていた。

 とりあえずその日はキーホルダーを拾って大急ぎで家に帰ったわけだけど、玄関をくぐってからの事はあまり覚えていなかった。




「え!? 本当なんですか、それ!?」

 翌日の放課後、私はキーホルダーについての衝撃的な真実を告げられ死ぬほど驚いていた。

「本当だとも。寧ろこの場で君に嘘を言って僕らに何らかの利益が見込めるかね」

「まあ最初知った時は誰だって多少驚くわな。かく言う私自身今でも不思議だと思わずにはいられねえ」

「いやあ、多少どころの騒ぎじゃないんですけど。あのキーホルダーが生きてるだなんて」

「だが事実なんだよね、これが。そのキーホルダーはある種の原始的な流体動物ウーズから作られていてね。そのウーズという奴が面白くてね。

 普段は銀色をしたよくいるメタルウーズと変わらないのに、餌が足りないとか敵が多いとかいった状況になるとそれを察知して自分の体積を小さくして、更に全身を金属のように固めてしまう特徴があるんだ」

「訓練すりゃ持ち主の感情を察知して相手を自動的に守ったり、命令である程度動かしたりなんてこともできるようになるからな。暫くはそいつを持っといた方がいい。そこそこ頼りになるのは昨日の一件でよくわかったろ?」

「はい、ありがとうございます」




『……って訳でよー』

「なるほど話はよくわかった」

 その日の晩。俺、賀集敦は右腕の古居宇太郎から電話で話を聞いていた。

「つまりお前は昨日寿々子を尾行していて、為しに『ギロっとアイ』で奴の動きを止めてみた。すると思いの外上手く行ったが、代わりによくわからん緑色の太ったトカゲに襲われ耳を食い千切られちまったと」

『ああ、そうなんだよー。すまねえ敦、俺根性無しだからあそこから警察に通報されんのが怖くて逃げちまって……』

 電話越しで声しかわからなかったが、古居は確かに反省していた。

「別にお前を責めちゃいねえよ。悪いのはその太ったトカゲだ。畜生の分際で人の恋路を邪魔しやがってフザケんのも大概にしやがれっつうのよ」

『ああ全くその通りだぜ! ……ところで敦よぉ、そっちの様子はどうだい? 順調かい?』

「順調かだと? バカ抜かせ当たり前だろうが。家の奴らはどいつもこいつもあっと言う間に俺の言いなりだ。

 偉そうにふんぞり返ってる父親ジジイやウダウダうるせえ口だけの母親ババア、ボケかけてきた癖してまだ現役ぶってる祖父母ゴミども、無能で役立たずな使用人カス連中さえもな。

 近いうちに親戚のクズどもを集めて奴らも俺の力で支配してやるさ」

『そうなりゃいよいよ戦争の準備が整うって訳か!』

「だ。他の連中にも一人頭最低20人集めて来いと言ってある。そんだけの頭数が揃やあ、俺の野望も簡単に果たせちまうって寸法よ!」

 腐れ畜生のベンソン野郎、必ず殺してやる。首でも洗って待っていやがれ。

 そして寿々子……この世で最も優れたこの俺に相応しい最高の女よ、待っていてくれ。必ずお前を迎えに行くぜ。そしてお前はこの俺の妻、世界の王の妃になって俺の支配する世界を見守り続けるんだ。

「へへへ、我ながら最高のハッピーエンドだぜ……さあ、そうと決まりゃ早速式の準備だな……式場はぶっ壊れた学校を使やいいとして、ドレスやウェディングケーキは――」

『俺に任せてくれ!』

「――何? おい古居、お前今何て言ったんだ?」

『だからよう、お前と寿々子の結婚式の準備、俺に任せてくれっての。俺にもお前と同じ力が備わってる。このナイフで少しでも傷を付けちまえば、ブラ何とかかんとかっていう結婚式の準備をする連中だって言いなりだ!』

「なるほど考えたな。ならそっちはお前に任せるとするぜ。俺はその間にベンソンをどうやって殺すかでも考えるとするか……」

 惨めで虚しかった俺たちの青春は、ここにきてバラ色の輝きを放ち始めていた。

次回、裏で暗躍する謎の勢力が登場!? 更に譲と創太郎はいよいよベンソンの実家へ!

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