三時限目「板挟みになる女生徒の苦悩と無理を押し通す獣面学生について」
願いを叶える稀秘堂とは……
「ここか」
「ここみてーだな」
あれから歩くこと四十分余り。
この俺、賀集敦と古居宇太郎は紙切れに書いてある『稀秘堂』なる店にたどり着いていた。
その店は路地裏の目立たないところに在って、とても客なんて来そうにはねえ。ただそんな場所にある癖に外観はとんでもなく派手で、夜中だってのに異様に手の込んだ飾りもんがキラキラ輝いていてとにかく胡散臭く、いっそウザい程だった。
派手で胡散臭いのは中に入ってからも同じで、多分ヨーロッパのわけのわからん絵や彫刻がそこかしこに飾ってあったりする狭い通路を進んでいく。
美人の癖に不気味な従業員に案内されるまま辿り着いたのは、これまた派手で胡散臭くその上不気味な薄暗い部屋だった。
部屋の奥に座っているのはこれまた胡散臭い黒い鳥のような男で、スーツにシルクハットなんてスカした格好が余計ムカつく、そんな野郎だった。
「ようこそ稀秘堂へ。私はここの主で稀秘と申します、以後お見知りおきを」
「御託はいらねえ、要件を話させろ」
「……ふむ、その口ぶりから察しまするにどうやらかなりお急ぎのご様子……いいでしょう、ご用件お伺い致します」
「では、今日はここまで。次回からは熱帯地方をやっていくので予習しておくようにな」
予鈴が鳴るのと同時に、私こと清木場創太郎は教室を後にしようとした……のだが、戸に差し掛かった辺りで一人の生徒に呼び止められる。
「清木場先生、少しお時間頂いてもよろしいですか?」
その生徒の名は尾原寿々子。授業態度は極めてよく成績も上位、序でに校内一の美少女という評判もあるらしい。
「おう尾原君か、どうした? 今回の授業で分からない箇所でもあったか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……少し相談したいことが……」
表情と口ぶりから、私は彼女が自力では解決のしようもないことで悩んでいることを悟った。
「よしわかった。もし余裕があるのなら、昼休みか放課後に社会科準備室へ来るといい。常木先生にも話をしておくから」
「はい、わかりました。では、放課後に」
尾原が自分の座席へと戻っていくのを確認した私は、そのまま教室を後にした。
そして放課後の社会科準備室。私は尾原を待ちながら常木先生と共に彼女について語らっていた。
「尾原寿々子……発明家・尾原盛蔵の一人娘、か」
「ご存知で?」
「ああ、まあね。君から彼女が相談に来ると聞いてから、彼女ら親子について少し調べてみたんだ」
その言い方だと何か色々ヤバい情報までかき集めてきたように聞こえるが、私が知る限りこの常木譲という女は変態でこそあれ基本的な道徳や倫理は遵守するので大丈夫……だと、信じたい。
「父親は発明家というだけあってか色々なものを作っては売り出していてそれなりに稼いでもいるらしい。
だが彼の場合は少し特殊で、さほど真面目に考えたわけでもない地味なものほどよく売れる一方、気合いを入れて考えた大掛かりなものは単なる見世物程度で終わってしまうとか。
尚母親は娘が八歳の時に病死したらしい」
「娘の方は?」
「殆どの情報は君の知っている通りのものだよ。
人格者で学業も家事も完璧、機械類の扱いにもよく精通していることから父親の仕事を手伝う事もあるらしい。
動画サイトで尾原と検索をかければ彼女が父親の発明品を紹介する販促動画が数多くヒットするよ」
「ほう……何か、意外ですね。然しそれが彼女の悩みに繋がるたあ考え難いもんで……」
「まあねえ、別に収入で困っているわけでもなさそうだし、親子関係だって良好だし――おっと」
ふと、誰かが社会科準備室のドアをノックする音と『失礼します』という女生徒の声がした。
常木先生が『どうぞお入んなさい』と言うと、ゆっくり開かれたドアの向こうから一人の女生徒が入ってきた。言うまでもないことだが、先程話題に上がっていた尾原寿々子である。
「失礼します」
「やあ尾原君、いらっしゃい。話は清木場君から聞いているよ。少し待っていてくれ、今椅子を持ってくるから」
「いえ、お気遣いなく」
「若いのに変な所で遠慮するんじゃないよ、どうせ長くなるんだ。立ちっぱなしは疲れるだろう?」
「あ、はい」
常木先生が椅子を差し出すと、尾原はそこにすっと腰掛けた。
「さて、それで……悩みがあると聞いたんだが、話してくれるか?」
「もし清木場君と二人っきりがいいというなら僕は席を外すけど、どうするね?」
「あ、いえ、大丈夫です。常木先生にも、聞いて欲しい話ですから……」
尾原の言う悩みとはつまるところ人間関係についてのものだった。
しかも相手は二人いて、そのどちらもが本校生徒でかつ異性だといのだから中々に厄介だ。
まず一人は、体育スポーツ科の問題児として職員の間でも悪名高い賀集敦。
聞くに彼女は奴と幼馴染だそうだが、俗世の欲望や地位や権力に固執する無作法なクズの賀集を彼女は心底忌み嫌っているという。
対する賀集の方は何の根拠があるのかわからんが『自分と尾原は将来結婚すべき運命であり、自分との結婚こそ尾原にとって最良の幸福だ』などと信じ切っており、一方的に強引かつしつこいアプローチを繰り返してくるという。
警察に相談しようにも相手は各界に顔の利く賀集家の長男、何を言っても虚言としか見做して貰えないので諦めるほかないそうだ。更に近頃は何かの視線を感じるとも語っていた。恐らく賀集かその取り巻きが盗撮でもしてんだろう、全く腹が立つ(常木先生もそう確信していたらしく、それを聞いた尾原は震え上がっていた……何とかしてやらねばなるめぇ)。
もう一人は、尾原と同じ普通科に所属するアダム・ベンソン。
様々な生物の特徴を併せ持ち、時に親子や兄弟でもまるで違う姿になることがあると言われる種族『キメラ』の哺乳類型『キメラマンマーリア』に属する少年だ。
彼は賀集と違い問題を起こすこともなく成績もいい。だが他人と関わることを極端なまでに拒み、他人への干渉を最低限に抑え、同時に他人を寄せ付けないよう振る舞うことで有名だった。
そのため(生来の恐ろしげな彼の風貌も相俟って)生徒どころか職員の中にも彼との接触を避けようとする奴がいるくらいだ。私や常木先生は寧ろ機会があればわりとベンソンに接触を試みるのでよく物好きな恐れ知らずだと言われる。
そして私達と同じ『物好きな恐れ知らず』の一人たる尾原。彼女は周囲の制止も振り切ってベンソンを気にかけ、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。ベンソンは彼女を鬱陶しく思い冷たく突き放すが、何時か想いは届くはずだと尾原は強く信じ決して諦めない。
何が彼女をそうまで突き動かすのか? その理由とは彼女曰く――
「「命を救われた?」」
「はい。あれは確か六歳の夏でした。当時やんちゃで男勝りだった私は仲の良かった友達と一緒に山へ遊びに行ったんです。そうしたら猛獣に襲われて……」
「ベンソンに助けられたと」
「はい、だから今度は私が彼を救う番なんだって、そう思えてならないんです……」
「という事は、やっぱベンソンは何かしら問題を抱えてるんだな?」
「ええ……彼はある事情から親元を離れて一人暮らしをしているんですが、かなり無理をしていて……」
尾原から話を聞いた私達は驚愕の余り絶句した。
曰くベンソンは高校入学後暫くして両親とソリが合わなくなり、そのまま家出。学校近辺のアパートを借りて学業の傍ら働いて学費や生活費を稼ぎ暮らしているという。
これだけなら別段驚きもしないことなのだが、問題なのは彼が数多のアルバイトを掛け持ちしており、その何れもが本来掛け持ちに不向きな肉体労働のもの。更にアパートの近隣住民曰く、自宅でも課題や在宅学習の他は殆ど内職で金を稼ぐことに時間を費やしているという。
更にはそれだけ稼いでいるにもかかわらず食事は安価なインスタント食品やスナック菓子、菓子パン等で済ませており、それらの調達が面倒な時にはアパート周辺でネズミやカエル、虫や雑草などを無理矢理腹に押し込めて強引に済ませてしまうという(近頃は尾原が毎日飯を作ってやっており、煙たがりながらも何やかんや完食しているので少しはマシになってきたようだが)。
「確かにウチは私立だし学費は高いが……幾らなんでも働きすぎだろ。あと食生活も滅茶苦茶だ。それでよくあの授業態度と成績が維持できるな……」
「種族故の特性と若さに任せて無理を力任せに押し通してるだけさ。どんな理由があろうとも賢い生き方だとは世辞にも言えんよ」
常木先生の発言に尾原は少し悲しげな様子だったが、私も殆ど同じことを思っていた。現状はそれで何とかなるかも知れないが、何れ取り返しのつかない事態になるのは目に見えている。
「……とりあえず家庭訪問、だね」
「ベンソンのアパートにですか?」
「いんやぁ、確かにそっちも重要ではあるし何れ彼とも面と向かって話さねばなるまいよ。だが今はまだその時ではない。僕らが向かうべきは……」
「親元、ですか」
「そうだ。今週末にベンソン君の実家へ向かい、彼の身内から話を聞く」
「私も同行させて下さい!」
「いや、尾原君はこれまで通りベンソン君の世話を頼む。今の彼には君が必要だ。何か情報が入り次第報告しよう」
「わかりました」
「然し問題は賀集だな。手下を使って尾原君を監視している以上、いつ何をしでかすかわからん。一人になるのは極力控えるべきだろうな。とすると確かな護身手段が欲しい所だが……」
「あの、そこまでして頂かなくても大丈夫ですので……」
「甘いよ尾原君。ああいう手合いはどんなに幼く無害そうに見えてもやるとなったら人の一人や二人も平然と殺しかねないんだ。まして奴のような札付きの悪漢ともなると……とにかく護身手段だな。
然し何者かを護衛に付けるのは限界があるし、かといって護身用の武器も手入れや扱いをしくじれば逆効果になりかねない。護身術なんてもっての他だ……」
刹那、私の脳裏にあるアイディアが浮かぶ。これなら常木先生も納得するだろう。
「……常木先生、私のアレは使えませんかね?」
「アレというと……あっちのアレか。いいねえ」
(アレ? アレって何だろう?)
次回、アレとは何なのか?