二時限目「捏海学園大学付属高等学校と落ちぶれたある男子生徒について」
5000字超えちゃった上に後半常木先生まるで出てこねーや。
捏海学園大学付属高等学校。
学科ごとに数千人単位の生徒を擁する県下随一のマンモス校と呼ばれるこの学校こそ、僕こと常木譲の勤め先である。設立者の故・捏海学氏の両親は共に隕石バブル崩壊後の英雄と称され、裂け目より怪物どもが攻めてきた際も最前線で人命救助と怪物どもの撃退に尽力したという。
学氏はそんな両親の志を受け継ぎ、如何なる未来をも生き抜く人材を育てようとこの学校を設立したと言われている。『勝利』とか『救済』というのが口癖だったようで『己自身を支配し他者を救済してこそ真の勝利者である』という建学の理念にもそれが顕著に現れている。
(ただまあ『己自身を支配する』なんて、口で言うのは簡単だけど実行に移すのは難しいんだよねぇ)
なんてことを思いながら、僕は職員室にある自前のノートパソコンで授業のネタになりそうな記事を探していた。隕石バブルや裂け目の一件以後、この世界では読者諸君のいる時代より更に多種多様な事件が日々発生し続けている。
それらは例えば、凄惨で痛ましく衝撃的なものや、腹立たしいもの、悲しいもの、感動的なものや、発端・結末がじつに下らないものまで千差万別だ。
(さあ、今回はどんな事件が見付かるかな)
などと期待に胸を膨らませながら様々な事件についての情報が纏められているウェブサイトを開こうとした、その時だ。
「ですから先生、何で分かってくれないんですか!?」
だん、と金属製の机を叩く音と明らかに気の立った男の声が職員室に響き渡る。声は低く野太いが若々しく、聞き覚えがあったのもあり生徒のものだとすぐわかる。
「だから何とも言っとるだろう、賀集よ。お前はやり方が荒すぎるとな。
周りへの被害も考えずとにかく標的を始末しようと暴れてばかりで民間人はほったらかしじゃないか。それで生体災害応戦士なんぞ務まるものか」
賀集と呼ばれた男子生徒を諭すように叱るのは、中年ながら筋骨隆々な逞しい体つきをした大庵学年主任だ。こちらは流石百戦錬磨海千山千の学年主任と言うべきか、賀集とは真逆に至って冷静で、その後も的確な正論を並べ生徒を圧倒していく。
「それに守るべき民間人をほったらかしにしておいて、傷付き無抵抗になって逃げ始めた猛獣を必要以上にしつこく深追いしおってからに。所かまわずやるもんだから却って被害が甚大になると苦情が殺到しとるんだぞ?」
「然し、幾ら傷付いたとは言っても生かしておいたらまた何時攻めて来るかわからんでしょうが! その為にも奴らを逃がすわけには――」
「だからと言って猛獣から民間人を守る生体災害応戦士が逆に生体災害レベルの損害を周囲に齎していては本末転倒だろうが。それに幾ら人畜文明に害をなすとは言っても自然の一部を担う野性動物である以上、正当な理由もなく必要以上に痛め付け殺すことは許されんのだ」
「……」
「兎に角、生体災害絡みに限らずお前は全体的に問題行動が多過ぎる。特に最近はそれが顕著だ。というわけで罰として学生生体災害応戦士の資格は剥奪、アメフト部での活動も暫く禁止とする。これは各方面と会議して事前に決めていた事だ、何をしようと覆りはせんぞ」
「そ、そんなっ!? 大庵先生、それじゃあ俺は何のために学校に来ればいいんですか!?」
「何の為にだとお? 戯けたことを抜かすな。勉強をしに来い勉強を。幾ら体育中心の体育スポーツ科とは言っても、他の科目を軽んじ疎かにしていい理由などないだろうが」
「ですが先生……」
「ですがも何もない。お前が抜けようと代理は幾らでも居るんだからな。そもそもお前のような問題児、普通だったらとっくに退学になっている所を学科長の栗田先生が至る所に頭を下げてお前を無事に卒業させてやりたいと必死にカバーして下さっているんだろうが」
「っぐ……そ、そりゃ確かにそうですし、栗田先生には悪いとも思ってますけど……」
「わかっているのなら何故言葉や言動を改め真面目に生きようとしない? 真面目に授業を受け、校則を遵守し、他人に暴力を振るわないようにして生きる。簡単な事だろう? それと、栗田先生のカバーもそろそろ限界のようだ。
ご本人はまだまだ頑張らねばと言っておられたが、校長や理事長はこのまま彼に負担をかけ続けるわけにもいかんということで次に何かあった時には問答無用で停学なり退学なりそれなりの処分を下すことになったからな」
(た、退学だと!? 冗談じゃねぇや! こうなりゃうちの祖母ちゃんに頼んで――)
「そ、れ、と、だ」
「な、何です?」
「国会議員であるお祖母様に頼んでどうにかして貰おう、などと考えたりはするなよ? 既にご家族や親戚一同にも話はつけてあるからな」
(クソ! このオッサン、俺の心でも読んでんのか!?)
「わ、わかりました……反省します……」
「わかればいいんだ、わかれば。私も昔はお前以上にバカでどうしようもない奴だったが今じゃ学年主任なんて大役を任されてる。お前も才能と実力は確かだと先生方から聞いているからな、頑張ればこの程度の失敗十分取り返せる」
「あ、はい。ありがとう、ございます。それじゃ」
「うむ、頑張れよ」
ここまでで既に2100字を超えているな。昔の作者ならこれで一話分ってぐらいの長さだが今作は一話一話を最低4000字として長めに書くことを心がけてるのでこれで終わるわけじゃないから安心してほしい。
ともあれいきなり変に大人しくなった賀集は、そのまま静かに職員室を出ていった。やけに不自然な気がするが、まあいいだろうと思った僕は、試しに大庵学年主任に話しかけてみる。
「大庵先生」
「おや、常木先生ですか。すみませんね五月蠅くしてしまって」
「いえいえ、大庵先生の熱意が伝わって来てカッコよかったですよ。然しそれにしても、あの……賀集君、でしたっけ? 彼はどういう……」
「聞いての通り、体育スポーツ科の問題児ですよ。2年C組の賀集敦、国会議員の祖母を初め親戚の殆どが各界に対し強い影響力を持つオーガの氏族・賀集家の長男です。
その昔差別されていたオーガの社会的地位を実力だけで向上させた英雄・賀集勇義の子孫というだけあってか実力は確かなんですが……」
「聊か内面に問題あり、と」
「ええ。先程話に出てきたように学生生体災害応戦士としての仕事はいい加減もいいところで、素行も悪く暴力沙汰は日常茶飯事。その上人望があるので似たような生徒を大勢引き連れていますし」
因みに生体災害とは、文明圏に人知を超えた猛獣や害虫(主に裂け目由来のものや、その影響で変異した生態系が生み出したもの)が襲来し人畜や建造物に被害をもたらす現象のことだ。
生体災害応戦士は読んで字の如く生体災害の発生時、現場に赴き元凶である猛獣などの討伐・撃退や被害を受けた人民の救助を行う者達のことである。
当然ながら専門的な知識や技能の必要な仕事であり(諸々の権利が大幅に制限されるとはいえ)たかが学生、それも高校生が生体災害応戦士の資格を持つのは世間一般からするとわりかしとんでもないことなのだ。
「本当によくそれで今まで退学になりませんでしたね」
「それも先程話に出て来ましたが、栗田先生が相当無理をなさっているからなんですよ」
「ああ……」
体育スポーツ科の学科長、栗田芳美。
カバの類人生物種・トゥエリスの壮年女性で、教師になる以前は重量級の格闘家として活躍していたという経歴を持つ。本人曰く『女性らしさなんて微塵もありはしない』という自らの体型をネタに軽々しい冗談を飛ばすなど元々凶暴なカバとは思えぬ陽気で温厚な性格で知らる一方、教え子を思い遣る余り甘やかし、時に行き過ぎた献身をしてしまうことでも有名な人物だ。
「ご本人はまだまだ大丈夫だ、これくらい教師として当然だと言い張っておられたのですが、校長と理事長が怒鳴り付けてまで止めましてね」
「それで先ほど言っていた処分が確定したと」
「そういうことです。栗田先生や賀集には悪いですが、そうするしかありませんからね」
あれだけ言っておきながら賀集という生徒の事をも心配する辺り、彼も相当甘いんじゃないだろうかと僕は思った。
「この俺が退学だと!? あの教師め、たかが公務員の分際でフザケたことぬかしやがって!
それに学生生体災害応戦士資格取り消しってのもバカげてやがる! 俺は正義だ! 正義の名のもとに極悪非道の化け物畜生どもをぶちのめすことの何が悪い!?
元々ほんの500年ほども昔、裂け目だかができる前この地球にあんな奴らはいなかった! なら奴らはよそ者ってことじゃねえか!
よそ者は隅っこで大人しくしてりゃあいいんだ、デカい面してちゃあぶっ殺されて当然なんだよ!」
その日の放課後、この俺こと賀集敦は行きつけの酒場で取り巻きどもに今日職員室であった出来事を話していた。全くムカッ腹が立って仕方がねえと言うと、奴らは皆俺の考えに賛同してくれた。
「やあ、全くあんたの言う通りだよ敦! あの大庵ってクソオヤジは何もわかっちゃいねえ!」
そう言って俺にウィスキーを差し出してきたこいつの名は古居宇太郎。
長身でハンサムでイケメンの俺とは真逆の、チビかつデブの不細工なパグのコボルトだ。だがそんなルックスの割に足は速いし鼻は効くし基本バカだがたまにやたらいい作戦を思いつしと中々有能な奴なので気に入っている。所謂右腕って奴だろう。
「おお、古居! 古居よぉー。お前にそう言われると全く安心するぜ俺はっ。そうだよなあ、そうだろうよなあ。
もっと言えば俺の親親戚どももとんだバカタレだぜ。賀集の血を引きながらあんな取るに足らん俗物どもの言葉を真に受けて、次期家督後継者たるこの俺を信用しねえなんて、そんなのがいい気になってるようじゃ賀集家も俺の代になる前に終わりだぜ!
……ところで、古居。寿々子はどうだ?」
俺はふと気になって、前前から古居に見張らせている女について聞いた。
尾原寿々子。数多の女を抱き満足させてきたこの俺にこそ相応しい、校内一の美人と名高い俺の幼馴染だ。
「ああ、いつも通りさ。変わりはねえ。写真や動画についてはまだ纏まってねえが、なるべく早めに編集していつも通り送るぜ」
「そうか。まあ、無理はするなよ」
「ああ。ただ……」
「……ただ、何だ? まさか、"また"か?」
「ああ、"また"なんだよ。こっちとしちゃ信じられねえが、彼女マジであいつに夢中らしい――ひいっ!?」
恐る恐る話す古居の言葉を聞いた途端、俺は反射的にウイスキーのグラスを握り潰していた。
手にガラス片が突き刺さるが、この程度どうってこたあねえ。それより問題なのはあいつ、寿々子のことだ。
「おい古居……そりゃあマジなんだな?」
「あ、あったりめえだろ。俺があんたに向かってウソついたこと……は、まあそれなりにあったけどよ、けどこれは嘘じゃねーぜ。寿々子はまだ奴を、ベンソンの畜生野郎を気にかけてやがる。あんたを差し置いてさ、敦」
「クソが……よりにもよってベンソンだと……許せねえ……許せねええーっ!」
俺は怒りの余り叫んでいた。
アダム・ベンソン。寿々子と同じ普通科に通う、得体の知れねえ腐れド畜生のケダモノ野郎だ。畜生とかケダモノってのは別に比喩だけで言ってるわけじゃねえ、奴は実際何の動物とも知れねえ化け物同然の姿形をしていて、当然図体もどでかいので存在感がある。
だから最初見た時、面白いヤツだと思って舎弟にしてやろうかと誘いをかけた。だが奴は俺をまるでその場に居ねえかのように無視しやがった。その後諦めずに何度も誘ったが悉く無視され、挙句心底見下しきったような眼差しで俺を見ながら『それ以上呼吸すんな、イカ臭くて鼻あ曲がんだよクソ肉が』などと抜かしてきやがった。
(そうだ、奴はこの俺をクソ肉呼ばわりしやがった忌々しい男……幾度となく思い知らせてやろうと作戦を立てたが、どれもまるで効果はなかった。
やがて相手をするのに疲れてきた俺は、奴に近付かないと決めていた。寿々子が奴に構い始めたと聞いた時も、最終的には俺の花嫁になる女だからと大きく構えていられた。だがもう限界だ……)
「ベンソンの野郎……ブッ殺す……」
「あー、そいつぁ俺も同感だ。バカ面したケダモノ野郎の癖に成績も良くてムカつくしよ、殺してやりてーよなぁ」
古居の言葉に、その場の取り巻きどもが全員一斉に頷く。
「けどよー、奴あそうそう簡単にゃ死なねーぜ。
閉じ込めて硫化水素漬けにしたって鍵をぶっ壊されちまったし、蜂の巣を幾つもぶつけてやったって幾ら刺されようが気にも留めずに蜂の子食ってた。
大型トラックの運転手に無理矢理飲酒運転させて突っ込ませた時も腕が一本折れただけで、その腕も三日と立たずに元通りと来たもんだ。
メンタルだって鋼みてえに頑丈だからどうしようもねえ。どうやって始末するってんだい?」
「それを今から考えんだよ……すぅー、っふー……ん?」
とりあえず落ち着こうと一服した俺は、ふとテーブルの隅に何かを見つけた。
手に取ってみりゃあ何てことはねえ、名刺くらいの大きさの紙切れだ。
「何だこりゃあ……」
「何って、紙切れだろーよ」
「んなもん見りゃわかる。問題なのはこれがただの紙切れじゃねえってことさ。見ろ」
「おー、ホントだぁ。何々……『どんな願いも叶えます 稀秘堂』?」
「何の店なんだかはわからんが、ご丁寧に住所と電話番号まで書いてあるんだ。行ってみる価値はあらぁぜ。例えインチキだろうが、面白えもんが見れそうだしな」
それからしばらくして、俺と古居は紙切れに書かれた住所へと向かった。
次回、願いを叶える『稀秘堂』とは……?