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休憩時間3「二人の出会いと青年に提示された解決策について」

二人は出会う……

「やあ、隣いいかな?」


 此方の返答を待たずに隣へ座ってきた、猫獣人ケットシーらしき女性。

 恐らく私より歳上であろう彼女の身に纏う不思議な雰囲気に、私は一瞬心を奪われそうになる。


「ケットシーの常木譲だ。君は?」

「え? っと……ドラゴニュートの清木場創太郎です。学科は情報自然科学科」


 常木というその女性からの唐突な自己紹介に、私は困惑しながら答える。

「情報自然科学科? 奇遇だね、僕も情報自然科学科なんだよ」

 聞けば彼女は元々社会人で、大学を卒業後とある国立老人養護施設で栄養士として働いていたらしい。

 だが、施設の入所者をダシに委託業者へ厄介事や無理難題を押し付ける等横暴の限りを尽くす上司に嫌気がさし退職。未知の分野を学び新しい可能性を切り開くべく大学へ行くことにしたのだという。

「まあこうして同じ学科で知り合えたのも何かの縁だ。君さえ良ければ仲良くさせて欲しい」

「ええ、宜しくお願いしますわ」

 こうして私・清木場創太郎は、この一見普遍的に見えてその実中々に奇妙な魅力と確かな色気を持つ常木譲という女性の友になり、以後行動を共にする内彼女へ友情でない別の感情を抱いていくことになるのだが、それはまた別の話。




(いいなぁ、この子……欲しいなぁ)


 僕、常木譲が清木場創太郎という男を初めて見たとき抱いたのは、好意や恋慕といった諸々の感情が凝縮された結果生じた純然たる"欲"だった。


(夢魔と化した以上覚悟はしていながら今までその兆候が殆ど見られなかったもので案外大丈夫なのかもしれないと思っていたが……まさか今になっていきなりキてしまうとはな。油断していた……だが)

 前々回も述べたがそもそも夢魔の身体は基礎身体能力が高く、上手くやれば事実上の不老が実現するなど高性能であり、その中でもこと性に関する機能は抜きんでていると言ってよい。だがその弊害と言うべきか、程度の差はあるが夢魔は定期的に(或いは常時)強烈な性衝動に苛まれる宿命にある種族でもあり、それは後天的に夢魔と化した僕も例外ではない。

 嘗て僕の夢魔化を突き止めた生理学者からも『そこだけはどう足掻こうがどうすることもできないので近いうちに何らかの対策を練っておけ。また、できるなら夢魔であるということはなるべく隠蔽しあくまでケットシーとして振る舞うべきだ』なんて警告されたほどだ。

(そういうわけでいざという時にはスラム街で不埒な連中を誘って犯されまくるぐらいの覚悟で居たんだが、不思議なもので世の中覚悟のできてる奴にほど何も起こらないなんてのはザラなんだ。だがここに来て今僕は、清々しいほど彼という存在を欲している……)

 僕は考える。これは夢魔としての身体を存分に楽しむ千載一遇の好機チャンスであるに違いない。


(これは天命、或いは宿命だ。逃せば恐らく次はあるまい。何としても彼のものになってみせるぞ……)




「やー、すげえすげえ。まさか私にここまでのもんが作れっちまおうとは……」

「案外簡単だったろう? まあまだ多少ぎこちないところは目立つが初挑戦にしては奇跡的――というよりは驚異的な出来栄えだよ。あとは慣れだね」


 それからというもの、私こと清木場創太郎は常木さんと行動を共にするようになっていた。

 休憩時間は勿論の事、同じ学科だったこともあり講義の場でも会う事が多く、趣味や物事に対する考え方も似ていてやけに馬が合う私達二人の関係が親密なものになるのにそれほど時間はかからなかったように思う。


 また、常木さんは私より人生経験豊富なだけでなく多趣味かつ多芸で博識でもあったため、私は彼女から色々なことを教わりもした。

 山に登れば美味い山菜や危険な毒キノコの見分け方から猟銃の扱いや毒虫・猛獣への対処法を教えてくれたし、海や川などの水辺では魚釣りのコツや釣った魚の調理法を事細かにわかりやすく解説してくれた。

 街中では買い物や娯楽施設を利用する上での有用なテクニックや商業・物流に関する面白い蘊蓄を聞かせてくれたし、他県や他国の観光地ともなるとそういった講義はより一層本格的になったように思う。

 また彼女の講義は屋外に留まらず、大学や互いの自宅に居る時でさえ色々な事を教わった――というよりも、そういった屋内講義で教わったことの方が、もしかしたら多かったかもしれない。

 兎も角私は彼女のお蔭でとても有意義かつ充実した大学生活を送ることができていた。成績も落ちることは無かったし、幾つかの資格を取れたのも彼女のお蔭だろうと確信している。だがそれでも、私には未だ解決できていない重大な問題が残されていた。


 自分の内側に封じ込まれたままの、悍ましい狂気である。


 常木さんと出会い、彼女以外にも多くの人々と友好的な関係を築き上げた私は、大学に入って以後激しい怒りや憎悪に苛まれることもなく平穏無事に過ごせていた。だが、だからと言って私が内包する狂気が消え失せたということはなく、寧ろ表に出ないまま日増しに肥大化し続けているような気さえしていた。


(このままではダメだ……このままでは、五月女の時と同じような事態に……)


 悪夢を、過ちを繰り返してはいけない。無理矢理抑え込むくらいなら、いっそ吐き出してしまった方がいいかもしれない。この秘密を誰かに明かしてしまえば楽になれるかもしれない。別に許して欲しいわけじゃない。『お前は悪くない』なんて言われなくたって構やしないのだ。『お前はただの臆病な人殺しだ。すぐに自首しろ』と言われれば躊躇なく警察署へ向かうだろう。

 ただどんな結果になろうとも、この秘密を、この狂気を無理矢理押さえ込んだまま過ごすのはもうやめるべきだと確信していた。

(だが誰に明かしゃいい? 適当な奴じゃダメだが、仲間や家族にも明かしたくはねぇ。それができるならあの時母さんに明かしてた……ならいっそ警察に――いや駄目だ、そんな勇気あるわけがねぇ! やっぱ誰か、警察関係じゃねぇ相手に明かして相談しねぇと……誰か、誰かいねぇか……)


 私は考えに考えた結果、ある答えに辿り着く。


(……そうだ。あの人なら……彼女になら、何とか明かせるかもしれねぇ……)




「おや、誰からだろう」

 ある日の夕方。農園でのアルバイトを終え家路についた所の僕、常木譲の携帯電話に着信があった。

 見ればそれは僕もよく知るある男からのものだった。当然無下にはできないので、素早く電話に出ることにする。

「やあ清木場君、一体何の用だい?」

『常木さん。いきなりですんません、今から会えませんか? ちいと話さなきゃならねえことがあるんですが……』

「ああ、構わないよ。然しこう言っちゃ何だが、君ほどの男がただ話すだけなのに直接会えないか、なんて……どうやら電話やメールじゃ話し辛い内容のようだね。その様子だと僕以外の他人に聞かれるのも不味いんだろう?」

『ええ、仰有る通りです……なんで極力、人気のない所でお会いできりゃあと思いまして』

「そうか……だがこのご時世、人気がないと思っていた場所の壁や障子に目や耳が……なんてこともザラだからね。

 僕がより内緒話向きの場所へ案内しよう。とりあえずいつもの場所で落ち合おう」

『わかりました、そんじゃ宜しくお願いします』

 通話を終えた僕は一旦自宅へ戻り準備を整えてからいつもの場所――大学の最寄り駅付近にあるファストフード屋――へと向かう。

 そして無事清木場君と合流した僕は、彼を連れてある場所へと向かった。




「さあ、着いたよ。ここだ」

「……」

 私、清木場創太郎は困惑していた。というのも――

「ここって……所謂ラブホって奴ですよね?」

 そう、常木さんに案内されてやってきた『内緒話向きの場所』とは、よりにもよって繁華街の外れに佇むラブホテルだったのだ。

「ああそうだ。知り合いが経営していてね。防音は完璧だし、システムの殆どが機械化されているから従業員が部屋に近付くこともない。内緒話をするには最適の場所さ」

「そりゃあ、そういう意味じゃ最適かもしれませんが……」

「だったら何の問題があるんだい? そりゃ確かに未成年者がラブホテルに入っちゃ色々問題だろうさ。

 だが僕らはどちらも成人済みだ。更に言えば別段やましいことをするわけでもない。ただ適当にくつろぎながら内緒話をするだけさ。そも、このホテルは純粋な宿泊施設としても高く評価されていてね――」

 確かに常木さんの言う事には一理ある。それなら不意に誰かに聞かれて騒ぎに、なんてことにもなるまい。

 だがそれでもラブホテルである。本来は夫婦やカップルなんかが愛のまま欲のままに身を重ねながら熱い一夜を過ごす為の施設だ。

 成人済みとは言え学生の身分で、それも恋仲でない異性と二人きりでそんな場所を利用するなんて、一般的にはどうなんだか知らないが少なくとも私にとっては到底考えられないことだった。

(しかもその相手が常木さんだから余計ヤバいんだ。彼女との関係はあくまで親友だが、私も立派に男……こんな別嬪を女として意識しねぇなんてことがある筈もなく、表面上でこそ冷静ぶってるが内心じゃ常木さんの事を考えては童貞臭えバカげたエロ妄想に耽るなんてことはザラだ。

 もし叶うなら恋人になりてぇなんて思ってしまってもいる。彼女とラブホデートなんて、字面だけ見りゃまさに夢物語って奴さ……だが今こうしてここに居るのは、あくまで音漏れのしねえ密室で過去の罪を告白する為だ。デートなんかの為じゃねえ。

 そもそも私と彼女は恋仲ですらねえんだからこういう目的でもなきゃこんな所来ねえしな……だってのに興奮しちまってるこの私の浅ましさ、全く腹立たしいぜ……)

 軽く自己嫌悪に陥りながら、私は常木さんに案内されるままホテルにチェックインし、指定された部屋まで進んでいく。




「さて。ではそろそろ話してくれるかな?」

「はい、では……」


 ベッドに腰掛けた清木場君の口から語られた話は、かなり衝撃的なものだった。

 悪党に脅迫された親友を助けるために身体を張ろうとしたこと。

 その為に考えた作戦が失敗し、却って親友を危険な目に遭わせてしまったこと。

 親友を救う為抑え込んでいた怒りを解き放ち暴れ回ったこと。

 そして、その時勢い余って親友を苦しめていた主犯格の男を殺してしまい、それ以来怒りや憎悪に由来する悍ましい狂気の感情に苛まれているということ。


『腹に溜まったヘドロから生まれた、粘菌とも蛆ともつかないものが全身を侵食していくような感覚』という比喩は、彼を苛む狂気とそれによって齎される苦しみが如何に凄まじく恐ろしいものであるかを的確に物語っていた。


「そう、か……君は、そんな苦しみを背負っていたのか……それにも関わらず、苦しんでいる素振りなどまるで見せずに……強いな、君は。本当に強いよ」

「それは貴女のお蔭ですよ、常木さん。貴女が居てくれたから私は今までやってこれたんです。貴女が救ってくれなければ、私はきっとろくでもない人生を歩んでいたことでしょう。

 ……ただそれでも、私はまだ狂気から抜け出せていない……狂気がバカでかい塊になって体内に残っているんです……それこそ排水溝に詰まったヘドロのように……。

 何とか、何とかこいつを捨て去るか打ち滅ぼすか、二度と暴走しねえよう完全に支配下に置かねぇと、何れ取り返しのつかねえ事に……クソ、どうしろってんだ……」

 清木場君は落胆し俯いたまま静かに泣き出してしまった。

 余程辛かったのだろう。

 何故今までそれを気取ってやれなかったのか、癒してやれなかったのかと、僕は内心自分を責めた。

「すん、ま、せんっ……こんな、

 自業自、得でっ……てめえで、何も、

 しね、え癖にっ……勝、手に、落ち込んで、

 勝手、に、泣っ、き出すなんっ、て……

 みっと、も、ねえヤ、ツでぇっ……」

「……そんな事はないさ。誰もが重大な危機や問題に直面したとき、すぐさま対処すべく行動を起こせるわけじゃない。

 ああでもないこうでもないと悩んで結局前に進めないなんてことの方が寧ろ多いくらいだ。

 泣いてしまう気持ちだってわかる。だから泣くななんて酷な事は言わないよ。涙ってのは心の汚れを洗い流し傷の治りを早める為のもの。

 多く涙を流せるってことは、それだけ心優しくて強くなる素質があるってことだ。だからみっともないなんて思うんじゃない」

「……はい。有難う、ございます……」

「それと、これは余計なお世話かもしれないが……君はさっき、自分の中の狂気を捨て去るとか打ち滅ぼすと支配下に置くなんてことを言っていたね?」

「ええ、言いましたが」

「こういう言い方は良くないと思うんだが、それでも敢えて言わせてほしい。あくまで私見に過ぎないが……君のその考え方、あまり賢いとは言えないな」

「どういうことです?」

「いいかね、確かに狂気とは悪だ。悪である以上、人間が人間として正しく生きる為には君の言う通り消し去るなどして完全に無力化してしまうべきだ。

 だが悲しいかな、命ある限り人間の心から狂気や悪意といった負の感情が完全に消え去る事はない。

 それでも負の感情との対立状態を維持したまま正しく生きようとするなら、常に負の感情を抑え込みながら正しく振る舞うしかない。君ほどの強さがあればそういった生き方もできるだろうが……

 君にはもっと適した選択肢があると思っている」

「適した選択肢、ですか?」

「そうだ。君の中の狂気を追い出したり封じ込めたりするのではなく、友達になるのさ」

次回、譲の言う「狂気と友達になる」とはどういうことなのか?

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