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乙坂絹と薔薇色の脳細胞  作者: 秋月うさぎ
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第二章『黒髪のアリス』三

 ――放課後。

 絹と寧々子ちゃんはゲームハード研究部をちらりと見学してから帰路に着いた。

 二人はたまにこうして文化系の部活を覗いている。絹はシルキーズの手伝いに差し障りが無い程度の部活動を探しているが、寧々子ちゃんは絹と一緒なら何処でも構わないようだった。

 もちろん、僕にしても何の意見も無い。

 部では小人数ながら各陣営に分かれて「ステマ」「ファンボーイ」「一般人」「信仰心」「ウリアゲガー」「カイガイガー」等とディベートが愉しまれていたが、二人の入部には至らなかった。

「寧々子、今度の日曜は――」

 昇降口の乾いた土間に革靴を下ろしながら絹が話しかける。

「――用事あったりする?」

「絹のお誘いだったら例え膝に矢を受けていても駆けつけるよ」

「あれ? ……意外とゲハ研、気に入ってたりする?」

「んーん。あの人達、ちょっと怖い」

 確かに、なんだか熱が入りすぎている様子だった。

「そっか。あ、それで日曜ね。叔母さんが新商品を試食して欲しいって言ってるんだ」

「いいよ。他ならぬ絹とたえ小母さんの頼みだからね」

「ありがと。私、午前中から手伝ってて待ち合わせ出来ないから。二時に直接、シルキーズに来てね」

「はーい」

「あと二、三人声をかけたいんだけど誰かいないかな。()()はやっぱり無理だろうしなー。んー……」

 絹が下唇を右手で触りながら考える。

「こは」というのは絹の中学からの同級生である小比類巻こひるいまき小春こはるちゃんの事だ。名前の頭から二文字をとった彼女の渾名だが、呼ぶ人の気分で苗字から二文字とって「こひ」と呼ばれることもある。

「……んん? 入学して一ヶ月も経つのに寧々子だけ? ひょっとして私、友達作るの下手なの? いやいや! 今日だって体育の時に話しかけられたし! ……でもあれは部活に誘えれば誰でもいいって感じだった……」

「みんな絹が素敵過ぎて物怖じしてるのよ」

 寧々子ちゃんは平然とした顔で大仰なフォローを入れた。

「ないない! 女の子同士でそんなの可笑しいから」

 僕に対しては意地悪なところもあるが、絹が心の真っ直ぐな優しい女の子であることは今朝の酔漢の一件でも分かる通りだ。何かきっかけがあれば級友の信頼を得て、良い友人を作るであろうことを僕は確信している。きっとそれは寧々子ちゃんも同じで、それでこそフォローする態で茶化す事が出来るのだろう。

 ガラスの嵌まった校舎の玄関扉を通過すると、遠く、ランニング中の生徒達が上げる掛声が聞こえてきた。

 帰宅部の下校時間には遅く、部活後の生徒が下校するには早い半端な時間帯で、校門に続く通路には人影がほとんど見られない。

「寧々子の戯言はともかくとして、あと一人か二人連れて行かないと叔母さんに何を言われるか分からないわ」

 妙さんのことだ、とてもじゃないが美味しいとは思えない弄り方をされるだろう。

「小母さん、物言いがはっきりしてるものね」

 絹は相変わらず誰かしら誘えそうな人がいないものかと考え込みながら歩き、寧々子ちゃんがそれに続く。

 そこへ、大楠の下から意外な人物が現れた。

 彼は絹が近づくと通路に立ちふさがって「こんにちは」と細い声を発した。

 今日の体育を見学し絹を見つめていた、あのガーゼの男の子だった。僕と絹は彼を知らないし、寧々子ちゃんも面識が無いと言っていた。しかし周囲には他に誰も居ない。彼はこちらに話しかけてきたのだろう。

 寧々子ちゃんが絹の制服の袖のところをきゅっと掴んだ。彼女は男性が少し苦手な所があって、見ず知らずの男性には構えてしまうのだった。

「……こんにちは」

 彼の極めて一般的な挨拶に絹が代表して応じた。声には少しの警戒心があった。

 体育の時は遠目で分からなかったけれど、近くで見る彼はなんだか頼りない印象だ。声と同様に細い身体が大きめのブレザーに包まれている。

「僕は、大川おおかわ憂介ゆうすけです」

 細い癖っ毛に白い顔。顔の白さのせいで、薄い唇が余計に赤く見える。彼の瞳は儚げで印象的だった。まるで遠くを見る視線の途中に人がいるとでもいった風に、絹を見る眼には力が感じられない。その為か表情から意思というものが読み取れなくて、彼の存在を得体の知れない物にしていた。

「?」

 急に始まった自己紹介に絹は自分も名乗ってよいものか図りかねて、先ずは彼の目的を質すことにした。

「私を、待っていたんですか?」

 ()とは自意識過剰にも聞こえるが、と寧々子ちゃんも含めてしまっては彼女の恐れを加速させてしまうかもしれないからに違いない。

「そうです。君と話がしたかったから」

 寧々子ちゃんを気遣った絹の言葉だったが、存外に的を射てしまったらしい。

「?」

 奇妙な間が空いて、僕達の困惑は益々深まった。彼が絹としたかった話とは話難い類のものなのか、なかなか切り出さない。

「憂介君。ここにいたのか」

 展開が見通せない停滞したような不思議な空気を切り裂くように、二人目の人物が彼を追って現れた。

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