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ざんねん美少女ホタルさん

作者: 七度



昔はもっとまともなやつだったと記憶している。


「じゃあ、約束ね?」

そういって小指を差し出すホタルは、白いワンピースの似合う可憐な美幼女だった。その約束のことは味噌汁の中の麩みたいにふやけていて良く思い出せないけれど、それでもあいつの可愛さははっきりと覚えている。

そんなホタルと俺もとうとう高校3年生になった。




「いやー今年は受験か。大変だわ」

そう言いながら俺の隣で弁当を食すホタルは、小さな木の椅子の上で器用に胡坐をかいている。コロッケを箸で口へと運ぶ彼女の姿は何故か体操服で、ブレザーを着用している俺たちの中で完全に浮いていた。


しかし、一番の問題は現在授業の真っただ中だということである。


「ねぇねぇ、ゲンジもさ、ヤバいって思うでしょ? 今度の日曜さ、勉強会しようよ」

「話しかけんなバカ、俺は今勉強してるんだよ」

隣の女を見ないように、俺はノートに視線を落としたままだ。その対応が不満だったらしく、ホタルは俺の袖を軽くひっぱった。無視した。

「……ねぇー、ゲンジ」

「……」

「あ、アスパラ食べる?」

何を思ったのか、アスパラのベーコン巻を俺の目の前にやつは差し出してくる。

「どけろよ! 教科書に油がついたらどうしてくれんだ!」

「そうだな、それは大問題だな」

立ち上がった俺の正面に困った顔の数学教師が立っていた。慌てたホタルは教科書を取り出したが、今更誤魔化しようがない。

「あのな、腹が減るのはわかるんだが、せめて先生の授業が終わった後にしてくれないか?」

「すみません。せんせい」

「じゃあ授業再開するぞー」

あと10分で授業が終わるというのに、今になってノートなどの筆記具を取り出したホタルに対してとても甘い対応である。しかし、これは甘いというよりも諦めである。

最初の頃はホタルにきゃんきゃんと犬みたいに怒っていた先生もいたが、彼女のこの自由すぎる性格は1年経っても2年経っても変わらなかった。

「あー今日もごはんおいしいわー」

こうして、いつものように弁当を食べる少女の隣で俺の毎日は過ぎていく。




「なぁ、あの子超かわいいよな」

その日の帰り道、定番となってきた男子のささやきが俺の耳へと入ってきた。「あの子」というのは横を歩いているホタルのことだろう。彼女は昼間の体操着姿と違って、きちんと学校指定のブレザーを着用している。膝上のスカート丈は彼女の綺麗な足を驚くほど魅力的に見せ、色素の薄い髪をかきあげる姿は誰もが振り返るほどの美しさだ。

しかし、そんなものはまやかしである。


「餃子たべたいな。あとゲームしたい。餃子作るゲームとかないかな」


力を抜くとホタルはすぐ猫背になる。一瞬は美人に見えても、数分一緒にいればその残念さに誰もががっかりするだろう。俺はもう何年もがっかりし続けている。

「ねぇー。ゲンジ。餃子食べたいから、今日私の家に作りに来ない?」

「嫌だ」

「えー。2人で餃子食べて、ニンニク臭い仲間になろうよ」

「嫌だ」

美少女に家に誘われれば普通は喜ぶものだが、相手はこいつだ。しかもニンニク臭くなろうという誘い文句などあってたまるか。

「俺は家に帰って、母さんの飯食って寝る」

「えー!! ……あ、携帯なってるよ」

言われなくてもわかっている。ポケットからスマホを取り出すと、母親からの電話だった。

「もしもし」

『あのね今日のご飯なんだけど、お父さんとデートに行くことになっちゃったから、お外で食べてきてくれる?』

嬉しそうな母親の声は、予想以上の音量だった。すぐに耳から画面を離して音の調節をするが、ホタルにはばっちり聞こえてしまったらしい。

「大丈夫ですよ、お母さん! ゲンジくんは私と一緒に餃子食べることになってるんで!」

「おい、こら!」

『あらその声、ホタルちゃん? いやぁ助かるわー。じゃあうちの子のことよろしくね』

俺の言葉を待つ気は無いらしい母はぶちりとそこで電話を終了してしまった。

「マジかよ」

この流れで家に帰りカップ麺なんか食べて寝たら、ものすごく怒られるだろう。母親は昔からホタルを俺以上に可愛がっていて、2人でケンカしてもだいたい叱られるのは俺だった。最初の頃は反抗していたのだが、いつしか逆らうのもめんどくさくなって今では多数決で負けてしまった場合は従うことにしている。

「じゃあまた後で近所のスーパーに集合ね」

一度ホタルとは別れて、お互い家に帰って着替えてくることになった。教科書を持ったまま買い物には行きたくないし、制服姿で餃子を作るのも嫌だ。


数分後、スーパーの駐車場で再会したホタルはくそダサいTシャツにハーフパンツ姿だった。白いTシャツには『雀百まで踊り忘れず』と縦書きされ狂った表情の4羽の雀が麻雀を打つイラストが描かれていた。さっぱりこいつの趣味が理解できない。

「中にさ、米入れようよ。たくあんとか、チーズとかも入れよう。チョコもおいしいんじゃない?」

「……ふつーに餃子作ろうぜ」

俺はカゴにひき肉やらニラやらを放り込みながら、マシュマロや塩辛を笑顔で持ってくるホタルから逃げ回っていた。


買い物が終わった後は歩いて5分のホタルの家へと向かう。

庭付きの一軒家はいつもと違ってずいぶん静かだった。子どもの頃から行き慣れた場所なので迷うことなくキッチンへと買い物袋を持っていく。

「おばさんは?」

姿の見えない彼女の母親について尋ねる。挨拶をしておきたかったのだが、この様子だと不在かもしれない。

「転勤中の父さんのところ。なんかね、北海道の大自然に負けて風邪ひいちゃったらしくて、心配だからって看病するって行っちゃった……だからこの家で2人っきりってこと…………ねぇ、聞いてる!?」

俺は戸棚から包丁やらボウルを取り出し、餃子作りの準備を進めていく。最初は乗り気ではなかったが買い物をしている内にお腹が減って来たので早く作ってしまいたい。

「おいホタル、手洗って早く手伝え」

「ほーい」

こうして、俺とホタルの夕食作りが始まった。




『ホタルさんってさー、すっごい美人だけど……』

『あー、……うん、なんか、ざんねん、な感じだよね』

休み時間の教室でよだれを垂らしながら眠るホタルを横目に、クラスの女子たちがそんな会話をしていたのを思い出した。

「おいホタル」

手作り餃子を食べ終わったホタルはソファの上でだらしなく寝そべっている。確かに、非常に残念な少女だ。

「うー? どうかしたのかい、ゲンジくん?」

眠たそうに仰向けになった彼女は顔だけはとびきりの女の子だ。しかし。

「……ゲンジ、ニンニク臭いから近寄らないで」

「……お前もだろ」

ホタルは左の太ももの辺りを右足で器用にかきながら、テーブル上の開封済みのスナック菓子へと手を伸ばす。

「それで?」

「お前さ、昔はもっとまともだったよな」

特に深い意味はなかった。彼女を見ていてなんとなく、口から出てしまったのだ。幼いホタルはよく俺の後ろを付いて回る可愛らしい子どもだった。もちろんわけのわからないTシャツも着ていなかったし、他人の迷惑も今より考えていた気がする。

「もっと大人しい性格だった気がするし、あ、スカートも制服以外は着なくなったのは何でだ?」

幼少期の白いワンピース姿は俺の脳内にしっかりと焼きついている。

とてもよく似合っていたが、俺は彼女がその恰好をしているときは何だか落ち着かなかった。ズボン姿で共に走っているときには感じなかった女の子らしさに、幼い俺は焦りに似た何かを感じていたのだ。


「だって、ゲンジが嫌って言ったから」


スナック菓子を次々と咀嚼しながら、平気な顔をしてホタルは答える。しかし、俺には全く覚えがなかった。

「そんなこと、……言ったか?」

「うん。ちっちゃい頃にね、あたしが他の男の子と遊んでたら、ゲンジが急に泣き出したんだよ」

「記憶にないんだが」

「じゃあ追加しといて。……で、『俺以外と遊ぶの禁止! そいつに優しくしたらダメ! そんなんじゃこいつもホタルちゃんのこと好きにちゃうよ、うぇえええん!』って」

「……すまん」

子どもの独占欲というのは本当にどうしようもないな。俺は羞恥から赤くなる顔をホタルから背けて代わりに背中を向ける。

「それからね、『誰かに気を遣ったり優しいのはよくない! スカートも可愛いからもうヤメテ! もっと普通にしてて! 俺だけがホタルちゃんを可愛いって思ってればいいの!』ってずーと泣いてるからさ」

「……スミマセンでした」

誰か餃子を焼くのに使ったフライパンで俺の頭を殴ってくれ。恥ずかしすぎて意識を保っているのが辛い。ホタルの昔話にぼんやりだが、俺はその時のことを思い出していた。というかとんでもないことを言っておきながらどうして忘れていたんだ、俺。

「ねぇ」

カーペットの上に座る俺をホタルが後ろから抱きしめてきた。背中に当たる柔らかな感触に顔がますます赤くなる。俺の耳元でホタルがくすくす笑うせいでくすぐったいのだが、同時に別の感覚も湧き上がり焦ってしまう。

「どうしてゲンジの言うとおりにしてたかわかる? 普段の空気読めてない演技、なかなかうまかったでしょう?」

「おま、あれ、演技だった……のか?」

「うーん全部ってわけじゃないけど……ああやって振る舞ってると男の子が一歩引いてくれるのはわかったからね。私としては楽だったかな」

いつもとかわらない声のはずなのに、後ろにいるホタルはいつもと違う表情をしている気がして振り向こうとは思えなかった。

「ゲンジ」

その時彼女の腕が震えていることに気が付いた。ゆっくりしゃべることで誤魔化そうとしているが、ホタルは間違いなく緊張している。

「……ずっとね、言えなかったことがあるの」

「おう。俺もお前に言いたいことがある」

後ろで彼女が息をのむのがわかった。

「……なぁに?」

不安そうな問いかけは、驚くほど小さかった。

深呼吸して気持ちを整えると、俺は思い切ってホタルの方へ身体の向きを変えた。ゆるく抱きしめていた彼女の腕は簡単に外れ、俺はその手を握りしめる。


「……好きだ。子どもの頃から嫉妬するほど俺はお前のことがずーっと好きだった」


初恋はホタルだった。それから成長するに連れて彼女の自由さは増していったけれど、それでも嫌いにはなれなかった。白いワンピース姿の大人しいホタルはとても可愛かったけれど、ジャージ姿で校内を歩き気まぐれに俺の邪魔をしてくるホタルも、俺にとっては可愛い女の子だったのだ。たとえ残念だったとしても、それでもよかった。ずっと傍から離れられなかった。好きだから、だ。


「私も……好きだから! ゲンジに負けないぐらい大好きだから!」

ホタルの顔は真っ赤になっていた。しかもちょっと泣きそうになっている。

我慢できなくて、俺は彼女のことを抱きしめていた。


「ねぇ、ゲンジ」

「ん?」

「2人っきりだね」

「そうだな」

「……ねぇゲンジ」

「ん?」

「……キスしようか」

「いや、ニンニクが」

俺の腕からがばりと顔を上げたホタルは、どこから取り出したのか緑色の物体を俺の口に投げ入れていた。続いてホタル自身も緑の何かを噛みだす。俺も口内の物体を確かめるように噛みしめると途端に爽やかなミントの味が全体に広がった。

「おりゃ!」

「ぶっ!」

こうして俺たちはキスすることになったのだが、この味は生涯忘れないと思う。






「これってホタルちゃんのお父さんとお母さん?」

幼い俺が指差すのは、ホタルの両親の結婚式の写真だ。

「そうなの。私もねこういう白いふわふわ着てみたいんだ」

どうやら母親のドレス姿が羨ましいらしい。なら簡単だ。それを着るにはどうすればいいのか、その時の俺は知っていた。

「じゃあ俺と結婚しよう。そうすれば着られるよ」

「ほんと? じゃあ、約束ね」


その約束が果たされるのは、まだまだ先の話である。



ホタルさんのTシャツは彼女がまじめに選んだやつなので、どうしようもないです。やっぱりざんねん。

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