一章-6 反撃
鬼畜ってどの程度から言うのでしょうね。
捕まえられてから数分の時間が経ち、俺は一方的にサンドバッグとなっていた。
両腕は二体の影に捕まえられ、もう一体の余った影にひたすら欧打されている。正直なところを言うと影二体を振り払うだけなら全力を出せばなんとかなりそうなのだが、華音ちゃんが影山に捕らえられているためそれはできない。
彼女の命をこれ以上危険にさらすわけにはいかないと俺の本能が訴えている。そもそも、俺がさっさと自分の力を把握していれば影山をのめしていたはずだ。それができなかったことが悔やまれる。そう考えると同時にいい加減、自分の力が普通の人間のものではないということも理解できた。
悪魔憑きである影山の動きにとっさについていき、なおかつ一定以上のダメージを与えることができた。この時点でどうあっても俺は普通の人間ではない。
一般人(笑)だな。だがおかげでわかったこともある。俺の力はまともにやりあえば影山を凌駕している。
しかし、だからといってどうするか。現状策がないのには変わりない。
解決策として一番てっとりばやいのはやられたフリをすることだが、今の影山相手に成功する期待はできない。逆上していた時ならばともかくとして、今のアイツは残念なことに冷静な思考で俺の行動を見抜いてくるだろう。
そう考えている中、両手を解放され、身体を前に突き出される。そして対面している影から喉に向けてのレッグラリアートを放たれた。
強烈な一撃が首を襲い、衝撃が脳にまで伝わる。そのせいで後ろへ倒れる。
そんな俺を見て下衆じみた笑いが影山からこぼれる。高みの見物をしている影山にとって今の状況は楽しくて仕方がないのだろう。ああ、あいつは根っから弱者をいたぶるのが好きなのだとわかった。
それと同時にチリチリと頭が痛くなるのを感じる。
ラリアットをもらったからではない、もっと別の理由であるということだけがわかった。
次に影山が隙を見せたなら俺はコイツを容赦なく叩きのめすだろう。
問題はそのキッカケをまだ作り出せないということだ。
喉を押さえながら俺はゆっくりと立ち上がる。ここでへばったりしたら華音ちゃんに何をされるかわかったもんじゃない。
と、ここで呼吸音が変になっていることに気づく。人体急所である首にもろに痛烈な一撃をもらったからか。
チラリと捕らえられている華音ちゃんを見る。表面に出ているのはわずかだが心配そうに俺を見ており、そしてそれは自分のせいだと思っているような表情だった。
そんな彼女を見ていたら、脳裏に誰かが映った。
その人は女性で、どことなく華音ちゃんに似ていた。誰だろうか、知らないはずなのになぜか懐かしく感じる。
だが女性はすぐに消えた。何かを言いたそうな表情を残して。
なんだったのだろうか、今の女性は。
(いや、確かに気になるが、それよりも今は彼女を助けるのが先だ!)
今の女性は俺の記憶の欠片にある誰かかもしれない。だが目の前にある命を放っておいて自分探しをするほど俺は自分勝手ではない。
影山を睨みつける。その俺の視線に影山は、わずかにだが臆した。
華音ちゃんの首元を押さえていた腕の力が緩んだ。
その隙を好機と見たのか華音ちゃんわずかに屈伸をし、そのまま反動をつけて頭突きを影山の顎にぶつけた。仮にも相手は悪魔憑き、普通ならその行動は勇気とは言えず無謀を冠するものだが、今は違った。
——影の動きが止まった。
あまにも突然すぎる反抗だったからだろう、ダメージはほとんどなかっただろうが影山思考を鈍らせるには十分だった。しょせん影は影山の指示があってこその代物だ。確かに遠隔コントロールは驚異的な代物だったが、今の影たちは糸の切れた人形のようなもの。影山を守る騎士とははるか遠くにかけ離れた存在となっている。
乱れた呼吸のまま俺は突き進む。
影には目もくれず直進して一気に接敵、緩んだ腕から華音ちゃんの肩を掴みこちらへ引き寄せる。
「あ……」
「もう大丈夫だ。そして……」
「し、しまっ……!」
「終わりだ」
ひねりを加えた拳を先ほどとまでは比較にならないほどの全力で殴り跳ばした。
グシャッ、と拳に嫌な感触が伝わる。骨でも砕いたのかもしれない。影山は盛大に鼻血をこぼしながら後ろへ飛んでいく。同時に影たちもそれぞれ元の場所に戻っていく。
そして影山は何回転かして動かなくなった。手応えから察するに死んではいないだろうが気絶くらいはしているかもしれない。
「ゴメン、ちょっと確認するから座らせるよ」
「は、はい」
優しく華音ちゃんを地面に座らせ、影山の方に歩みを進める。
影山はうつぶせになって倒れている。油断ならないので念のために足の関節を外しておく。この際ビクン、と身体を動かしていたがそれ以外の反応はない。試しにゴロリと転がして顔を見る。
「……うわぁ、ひどい顔」
顔はひどく腫れており、口と鼻からは血が流れていた。こりゃしばらくは元には戻らないだろう。だがやりすぎたとは思わない。女性をさらったということはそれだけ大きな罪であり、許されざることではない。
とりあえずぺしぺしと顔を叩くが反応は全くない。完全に白目を剥いているから気絶していると見るのが妥当であろう。とはいえ念のため影山のはおっていた服をはぎ取り、他の間接を外した上で服で縛っておく。これなら動けんだろう。
さて、それはそれとして……
「華音ちゃん」
クルリと振り向いて話しかける。それに彼女は顔を少々赤くさせながら「は、はい!」と少し大きめな声で返事をした。
彼女の元に行き、縛られていた拘束を解除しながら話をした。
「ごめんな、怖い思いをさせて」
「い、いえ、アギトさんは助けてくれたじゃないですか」
「それでも怖かったろう? 相手は悪魔憑きだったんだから」
「そりゃ、まったく怖くなかったと言えばウソになりますけど、ボクは気持ちの上で負ける気はありませんでした」
肉体的には詰みの状態でしたけど、と彼女は力なく笑う。その瞳にはわずかだが涙が浮かんでいた。
「あれ? なんで涙が……」
「気を張りすぎたんだな。俺の胸でよかったら貸すから」
彼女を引き寄せ、頭を胸元へ置いて優しく背中を叩く。
少しして、彼女の身体は小さく震えていた。