五章-12
ゆっくりと視線を病院の方へ戻す。
ついさっきまで優しい目線を投げかけてくれた人たちはもういない。いるのはただ悪魔憑きという存在に恐怖する一般の人々だった。
正直なところ、警察とかを呼ぶ気配がないのだけはありがたい。呼ばれていたならこんなにのんびりした思考はできないからな。まぁ、それでも最後に華音ちゃんとは会っていくか。
それに出て行くだけの体力は、もう十分にある。砂上との戦いは能力使用やただの空うち程度での消耗ですんだのが幸いだったな。アイツが俺をなめてかかっていたのも含めて十二分な結果だ。欲を言うならもっと早く雨が降ってほしかったくらいかな。
首をならして歩みを進める。誰もが俺を見ていたが、止めようとするものは誰一人いなかった。
そして玄関を開けて中へ入ったところ、恭二医師がなんとも言えない表情で俺を出迎えた。察するに、さっきまでの光景を見て俺がここに来てからどういうことをしていたのかおおよその予想がついたからだろう。
俺は「どうも」と軽く会釈するだけで恭二医師の横を通り過ぎる。
恭二医師は動かなかった。
うん、そうだ。こういうものだとはわかっていた。いくらいい人でも、目の前で殺人が起きればその人物に対しての評価は変わるものだ。なにせ生きる世界が違うのだから。どれだけいい人であっても、それはきっと変わらないのだろう。もし仮に恭二医師が今までと変わらない様子で接してきたらその方が困るしな。むしろ、その方が異常だ。
「兄ちゃん」
と、部屋へ向かう途中で誰かに呼び止められる。
振り返るとそこには吉田さんがいた。
「……何か?」
やや威圧気味に聞く。だが吉田さんはひるむことなく、普段のおちゃらけた様子はどこへいったのかまじめな雰囲気で俺に話しかけてきた。
「何か、じゃない。君は今から一体どうするんだ?」
「さぁてね、宛てのない旅にでも出ようかと」
「そうか。それには華音ちゃんも連れて行くのかい?」
「……何でそこで華音ちゃんの名前が出るんですかね? 彼女は一般人だ、これ以上巻き込む必要はないでしょう」
「バカを言うなよ。君はもうすでに彼女を、意図していないとはいえ巻き込んでしまっているんだ。その上あの子はもう唯一の肉親である父親を亡くしているんだ、今回の騒動のせいでね」
「俺が親代わりになれとでも?」
「もしくは恋人にでもなったらどうだい?」
クックック、と笑いながら吉田さんは半歩下がる。なんだ? この人ってこんなに怪しい雰囲気を出すおっさんだったか?
「不思議そうな顔をしているね」
「ええ。俺の知る吉田さんとは雰囲気がえらい違うもので正直驚いてますよ。どっちかと言うと恭二医師とかの方がそういう変貌するキャラは似合うんじゃないですかね?」
「確かに先生ならそういうのも似合いそうだなぁ。まぁここは一つおじさんで我慢してくれ。おじさんは君の旅路に幸福を祈っているよ」
それじゃあ元気で、と言うと吉田さんは自分の病室のある方に戻っていく。
……吉田さん、まるで全てを知っているかのような口ぶりだったが何者なのだろうか。少なくともただのおっさんということでないのは確かなようだ。
多少もやもやするものの、俺は自分の病室に向かった。