五章-8
「大丈夫、華音ちゃん?」
心さんが心配そうにボクの隣に座って背中をさする。
今、ボクと心さんは朗人さんが言った通りにアギトさんが寝泊まりしている病室にいる。朗人さんは言わずがもな、先ほどの砂上さんと交戦を開始していることだろう。本当に、申し訳ない。
「アギトさん……」
「大丈夫、隊長ならきっとあの人に勝つわ。だって最強の悪魔憑きなのよ、あの人。それよりも……華音ちゃんのお父さんのことだけど」
「……砂上さんがお父さんを滅した、というのが事実なら、多分それは事実なんでしょう。ボクは砂上さんの持ってきた袋の中身をよく見れなかったですけど、うっすら見えたのは人の頭でした」
「……そう、やっぱりちょっとは見えちゃったのね」
はい、とボクは答える。二人からの忠告を無視して目を開いていた。
そこから見えたのは人の頭らしき物を持っている砂上さんだった。アギトさんの指の間から見えたものだから精度はあまり良くないけど、確かに見えた。そしてあの人は嘘がつけるほど器用な人ではない。間違いなく、お父さんは死んだのであろうと実感する。しかし、実感はしているのだが、不思議なことに悲しいという感情はわかなかった。
「どうして、ですかね……ボク、親が死んだのに涙の一つも出る気配がありませんよ」
「華音ちゃん……」
「……必死にボクを傷つかせまいとしてくれた二人には申し訳ないですけど、ボク、お父さんが嫌いなんです。学校とかに通わせてくれるのはありがたいとは思いますけど、気に入らないことがあったらすぐに暴力ふるうし、ボクを信用していないし、言葉でも暴力をふるうし」
正直、いい思い出がない。だから涙が出ないのも当然だと思う。
美談らしきものがあるとしたら、友達が病気で死んだ時に抱きしめてくれたことくらいだろうか。だがそれは偽善だと正直に思った。
いまさら、どこに悲しむ余地があるのだろうか?
「すいません、二人に気を使わせてしまったのにあまり傷ついてなくて……」
「別にいいわよ。私は華音ちゃんの家庭事情を深くは知らないわけだし、そこに口を挟む権利はないんだと思う。私も実は親父っていう生き物には犯されかけたことがあるんだけど……」
「え?」
「その時に助けてくれたのが隊長なのよ。唐突だったわよー偶然管理局員の人たちと晩ご飯食べにいった帰りだったらしいけど、私が押し倒されて服脱がされそうになってるのを見て窓ガラス割って入ってきてね。そのまま家の親父を半殺しにしちゃったのよ」
よ、よくそんなことして捕まらなかったなぁ。あ、あの人を捕まえておくなんて無理な話か。
「それに親父も娘に手を出そうとしたわけだからそこを突かれると問題だったわけよ。あれで会社の社長っていうから笑えるわー。ま、それで助けてもらってから私はすぐに家を出て管理局に入社するために頑張ったものよ。隊長が「しょうがねぇなぁ」って言ってくれて面倒見てもらったのもあるけど」
「え? 一緒に暮らしてたんですか?」
「いいえ、保護者みたいなものでアパートとか手配してもらったの。私としては一緒に住んでもよかったけど」
気持ちはわかるでしょ? といたずらっぽく彼女は笑う。た、確かに気持ちはわかる。ボクもアギトさんと一緒に住んでみたい。今もある意味一緒に住んでいるようなものだけど。でも、心さんも父親によってひどい目に遭わされそうになったのか……
「ま、今では立派にやらせてもらってるし、悪魔憑きに覚醒してからは役立っていると自負はしているわ。華音ちゃんには目立った活躍を見せたことないけどね」
「そう、ですね。ボクのイメージでは心さん、アギトさん持っていこうとした悪い人でしたし」
「あらら、嫌われてるわね」
「でも、今は頼れるお姉さんです。だからこそ、ボクは申し訳ないです……」
「何がよ?」
「涙が出なかったこと、です」
「それなら気にしない。今時の世の中、肉親が死んでも涙を流さない人間なんていっぱいいるわ。かくいう私も親父が死んだときは涙なんて流さなかったし、焼香を棺に向かってぶん投げたわよ?」
「それはまた大胆な……」
「だから、気にしなくてもいいの。それよりも生首なんてものを見た方が精神的に問題よ。本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です。まだ実感ないだけかもしれませんけど、体調が悪くなったらすぐに言いますよ」
「ならよし。後は隊長が帰ってくるのを待つだけね」
「はい。でも大丈夫ですよね、アギトさんなら」
「もちろん。だってあの人は……」
とても、強いから。