五章-4
「……皆さん、何をしているんですか?」
『あ』
一斉に声がそろう。
いつの間にかジトッとした目つきの華音ちゃんが俺たちの前にいた。思わず乾いた笑いを俺は漏らした。
「……アギトさんと愛野さんはともかく、何で先生と吉田さんもついてきてるんですか?」
「私は巻き込まれまして。では、業務に戻ります」
「おじさんは楽しそうだったからね。それじゃ」
二人は素早くこの場から退散する。に、逃げやがった……
「ハハ……ゴメンンサイ」
「別にいいですけど……心配してついてきてくれたんでしょうし」
「でも隊長がいくら気配を漏らしたからって、よくわかったわね」
「あ、はい。ボクに会いにきた人が教えてくれたんですよ」
ほら、と言って金髪の人の方に向かって小さく指を指す。男性はニコニコと笑いながらこちらに手を振っていた。
どうせなら、と華音ちゃんは俺の手を引き男性の元まで一緒に行く。心もニヤニヤとしながらついてくる。
「えっと、すみません。俺たちも同席しても構わないでしょうか? ええと……」
「砂上登です。構いませんよ、僕としても人数が多い方が楽しそうですし」
ニコニコと人懐っこい笑顔で男性、砂上登は俺たちの相席を許可する。しかしなんだろうか、この男を見ていると胸騒ぎがする。なんというか、血の臭いがする。少なくとも表面上よりも真っ当な人間ではない気がする。
「しかし、お久しぶりですね。砂上さん」
「ええ。お世話になりました華音さん」
男性、砂上登は深々と華音ちゃんに頭を下げる。礼儀は正しいようだ。
「えっと、で、お二人はどういう知り合いなんですか?」
気になったのか心が手を挙げて聞く。ただいつもの彼女はつらつとした状態ではなく、仕事モードとでも言うべきなのかまじめな顔で質問をしていた。どうやら心も砂上を警戒しているらしい。
「実は昔、もう二、三年前になりますか……僕は崖から落ちて死にかけまして」
「そこをたまたま通りがかったボクが病院に運んだんですよ。まぁ、黒髪から金髪に変わってたので誰かわかりませんでしたけど」
「イメチェンってやつですよ! 昔の僕はじめじめしていたやつでしたからね、髪の色を変えて気分も変えてみたんですよ!」
どうです? 似合ってますか? と髪を指して楽しそうに言う。楽しそうに言う理由も見当たらんがな。
「正直、微妙です」
そしてバッサリと切り捨てる華音ちゃん。あ、砂上くんが落ち込んだ。
「く、なかなか手厳しいですね華音さん……」
「そもそもボク黒髪が好きなんですよね。日本人らしいですし、ボク自身の髪が紫がかってますので」
自分の髪を触りながら少し切なそうな顔をする。今更だが彼女の髪は他の日本人と違っている。そもそも紫の髪って言うのは記憶喪失の身ではあるが彼女以外見たことがない。日本人ではあり得ない……いや、外人でもいるのか? 多分いないだろう。
「そんなこと! 華音さんのその髪は高貴な人間にこそ現れるものです! 女神たる華音さんにこそふさわしい!」
「ボクが女神って……何を言ってるんですか砂上さん」
「女神じゃないですか! 少なくとも命を助けられた時から僕に取っては女神ですよ!」
グッ、と拳を握りながら力説する砂上くん。コイツ、真剣だな……
(……隊長、感心しているところ悪いですがこの臭い、わかります?)
(言わずがもな。血の臭い、だろ)
コクリ、と心はうなずく。さっきから臭うこの鉄臭い生臭さはどこからきているんだ?
そんな俺たちの思考を知ってかしらずか、砂上くんはにこやかに華音ちゃんと話を進める。華音ちゃんも昔助けた人間が元気そうだとわかって笑顔を、ほんのわずかにだがこぼしている。
「そうだ! 華音さんにお土産もあるんですよ。喜んでもらえるといいんですけど……」
「お土産ですか? うわぁ、なんだろう」
「えへへ、ちょっと待ってくださいね」
砂上くんは嬉しそうに笑いながら近くに置いていた紙袋から何かを取り出そうとする。ちょうど華音ちゃんからの位置からなら見えなさそうだが、俺たちには見える……!
紙袋の中身が見えた。そして直感でマズいと判断して華音ちゃんの服をつかんで後ろに引っぱり心に預け彼女の目を塞ぐ。状況をつかめていないためか「え?」と声を漏らしていたが、今は気にするところではない。
気にするべきは目前の男の所行だ。
「あ……何をするんですか。えっと」
不服そうにしながらも俺の名前をわからないのでタジタジとする砂上。
「アギト・ファングだ。お前こそ、今彼女に『何』を見せるつもりだった」
「アギトさん、何を……?」
「華音ちゃん、目を閉じてなさい。あの人が見せようとしたものは女子高生には刺激が強すぎるから」
「……さぁ、答えろ。それは一体なんだ?」
「何って……華音さんが喜んでくれそうなものですよ?」
何を言っているんだコイツは、という顔で砂上は不思議そうに首を傾ける。
そして砂上は満面の笑みで、紙袋から『ソレ』を取り出し嬉しそうに口を開いた。
「頭ですよ。華音さんの父親の……いえ、父親の河を被った悪魔の」
「………………………………………え?」
信じられないと言った様子で華音ちゃんは声を漏らす。
俺はその頭を見ながらツバを飲み込んだ。砂上が取り出したのは人の頭。壮年の男性だが、頭しかないのでその全体像は想像できない。だが、コイツの言うことが正しければこの頭の男性は華音ちゃんの父親なのだろう。
彼女は親を毛嫌いしていたが、さすがにこの姿を見せるのはマズい。トラウマになりかねない。