五章-2
「あの、華音さんや?」
「なんですか?」
ニコニコとした表情で彼女は俺を見ている。出会った当初はこんなに感情表現が豊かではなかったが、最近ではずっとこの調子だ。よい傾向だとは思うが、俺の食事を口に運んでくれるのはやり過ぎだと思うんだ。
「さ、さすがにアーンは恥ずかしいんだけど」
「何を言ってるんですか。アギトさんはケガ人ですよ? お世話されるのは当然です。そしてボクがお世話するのも当然なんです」
「最後の方はどうかと思うけどね。で、でもほら別に両腕が骨折してるとか言うわけでもないし……痛い!?」
「やっぱり痛いんじゃないですか」
こ、この娘……今、ようしゃなく肩をつついてきおった。
確かに肩の方は思い切りクナイをぶっさされたせいでまだ回復していない。あのクナイも相当にくせ者でなかなか怪我の治りが遅い。まぁ、これでも常人からしたら早い方らしいけど、俺は悪魔憑きだからもっと治りが早くてもいいと思う。いや、これも個人差なんだろうけどさ。
「ほら、アーンってしてください。食事が食べれませんよ?」
「でもなぁ、十一歳(予想)も年下の子にお世話になりっぱなしなのはなぁ」
「アギトさんは二十八なんですか?」
「自称だけどね。まぁ見た目は若いから許されるだろ?」
「むしろその年齢よりも若く見える気がしますけど……まぁいいです。でも世話になりっぱなしっていうのは間違いですよ。ボクはアギトさんに助けられました。命の恩人っていうのはそれだけ、少なくともボクにとっては大切な存在です」
「あ、ありがとう……」
「ですから、その大切な人が怪我をしているのなら看病するのは当然です」
はい論破、と彼女は笑顔を向ける。
「はは、敵わないなぁ」
思わず笑いがこぼれる。なかなかどうして、彼女の言うことには逆らえる気がしない。これは俺を想ってくれての本心だろうからなおさらだ。
「隊長、なにを女子高生に論破されてるんですか」
と、にやけていると声をかけられる。
「おお、心」
いたのは俺が管理局にいたらしい時の部下、愛野心だった。前回の暗殺部隊との戦いから十日、目を覚ましてから一週間が経つのだが彼女はここに滞在している。仕事はいいのだろうか。
「仕事ならちゃんとしてますよ。今日も汗水をどっぷり流して働いてきました……」
夏場だからバカみたいに暑いんですよ、と彼女は服を引っ張りながら言う。ほぉ、確かに汗が大量に出ていたというのはウソじゃないな。彼女の服装は薄手なのだが、汗をかいたせいで身体のラインがはっきりと出ている。
見目もさることながら、プロポーションもいい。ボン、キュ、ボンとまで言わないがキュ、キュ、ボンはある。実に俺好みのスタイル……
「って、痛い!?」
急に太ももに痛みが走る。誰がつねっているのかは言うまでもない。
「か、華音ちゃん?」
「……むぅ」
華音ちゃんに先ほどまでの笑顔はなく、すねた子どものように頬を膨らませていた。
「愛野さんのこと、嫌らしい目で見てましたね」
「え? 本当ですか隊長!」
「いや、あのね。これはね」
「やったぜ私! これで隊長のハートをゲットよ!」
「予想以上に好意的にとらえられた!?」
侮蔑されることを一瞬覚悟したのだが、よかった。
「ふふふ、これで私が一歩リードよ華音ちゃん」
「むむ。負けませんよ! 最終的にボクが勝利しますから」
「え? これそういうお話なの?」
何? 俺が知らない間になにがあったのこの二人?
「それよりもほら、ご飯食べてください。アーン」
「あ、ちょっとずるい! 私にもやらせなさいよ!」
「心、お前は黙ってろ! それよりも騒がしくするとまた恭二医師に……」
ピタリ、と二人の動きが止まる。お、どうやらこの二人も恭二医師には頭が上がらないようだ。さては俺が意識不明の間になにかやらかして怒られたな? まぁ確かに恭二医師は並の悪魔憑きよりもよっぽど怖いからな。
「あ、さすがに……恭二先生は怒らせると、マズい、ですね……」
「わかってくれて何よりだ。というか心、悪魔憑きのお前でもビビるのか」
「いや〜……あの先生、優男に見えたのに、あそこまでのプレッシャーを放てるなんて」
ハハハ、と乾いた笑いをこぼす。その目はどこか遠くを見ていた。
「うん、わかった。これ以上は聞かないでおくよ。と、それよりも華音ちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「ずっと病院にいるけど、家には帰ってるのか? 親御さん心配してるんじゃ……」
「……アギトさん」
普段よりも低い声で、彼女は威圧的に俺に語りかける。
「大丈夫ですよ。向こうはボクに興味なんて持っていませんし、まぁ向こうも心配するフリくらいはしますけどね」
「華音、ちゃん?」
いつもと様子が違う。なんというか、こう普段の彼女よりもさらに感情を出さないようにしているというか、怒気を孕んでいる声だ。普段の穏やかな彼女からは考えられないような姿だ。
空気が変わったのに気づいたのか、ハッと華音ちゃんは普段通りの雰囲気に戻る。
「す、すみません」
「い、いやいいけど……親御さんとうまくいってないのかい?」
「……そうとってもらっても構いません。でも、お願いです。あまりこういう話はしないでもらっていいですか?」
「わ、わかった……」
「あー……お話中すみません」
第三者の声、この声は恭二医師か。
「なんか重い空気ですけど、どうしました?」
恭二医師も場の空気の重さを察したのだろう。気まずそうに口を開いた。
なんというか、空気に押されて若干いつもよりも腰が低い気がする。とても俺たちが恐怖しているあの笑顔の恭二医師と同一人物とは思えない。
「いえ、なんでもないですよ。それより先生、アギトさんに用事ですか?」
そんなことを知ってか知らずか、華音ちゃんはなんにも感じていない様子で普通に問い返す。恭二医師は「違うよ」と言ってから華音ちゃんを指差した。
「華音ちゃん、君にお客さんなんだ」