四章-3
「あ、おい……寝ちゃった」
ベッドに倒れて華音ちゃんはスヤスヤと寝息を立てて眠り始める。ふむ、どうやら目の下のクマから考えて眠れていなかったのだろう。どうやらまた迷惑をかけたようだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「看病しててくれたんだな……ありがとう」
そっと頭をなでる。前に撫でた時と違い、髪質が多少荒れている。
「布団借りてきたわよー……って、隊長! 起きたんですか!」
「お、心か。とりあえずボリューム下げてくんないか? 華音ちゃん今寝たところだからさ」
「あ、すみません。でも、心配しましたよ隊長。一週間も目覚めないからそのまま永眠するかと思いましたよ……よかったぁ……本当に、よかったよぉ……」
ポロポロと涙をこぼしながら心は布団を落とす。
「あーもう、泣くなよ。お前が悪いわけじゃないんだからさ」
「だ、だって……隊長、私が呼び出したあのバンダナや副隊長と戦ったせいでいらぬ怪我して……そのせいで暗殺部隊の人間に苦戦をして」
「確かに不慮の事態だったけど、なんとか切り抜けたんだ、気にしちゃいないよ」
「うぇ……ひぐ……」
あーあー。せっかくの美人な顔も泣き崩れてるせいでくしゃくしゃになっている。心も俺の怪我のことで気に病んでたのか……俺も可愛い部下を持ったもんだ。記憶はないが、きっと昔から俺の側でこのように喜怒哀楽をはっきりしていたのだろう。
「ほら、こっちこい」
「ゔぁい……」
涙を拭きながら華音ちゃんを起こさないように俺の元へ来る。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でた。
「ふぇ……?」
「悪かったな心配かけて。まだ管理局に戻る気はないけど、これくらいはしてやるよ」
「た、隊長〜!」
「うぉわっ!? き、急に抱きつくな!」
「だいちょう! いっじょうついていきばすー!」
「気持ちだけでいいから! ほら鼻水とかたらすなよ! 仮にも女の子だろうお前!」
「ぞんなごどはどうでもいいじゃないべすか!」
だめだコイツ! 何言ってるかわからん! 感情が爆発すると人間情緒不安定になるというが今まさにこのタイミングのことだろう。
「だいぢょう! だいぢょう!」
「だーっもう静かにしろ! 華音ちゃん起きちゃうだろ!」
(うるさいなぁ……愛野さん)
当初のクールなキャラクターはどこへ行ったのだろうか。いや、コイツはこれが素だったな……呆れるしかない。これもまた彼女の魅力なのだろうが。
それから数十分間。彼女をあやすのに時間を取られた。そして泣きつかれたのだろう、彼女もまた子どものように眠りについた。もっとも彼女は布団を敷いて寝たのだが。その辺はしっかりしてるな……
「やれやれ……やっと静かになったか。これで華音ちゃんもゆっくり眠れるな」
「病院での騒ぎは遠慮したいんですけどね。ア・ギ・トさん」
妙な笑いを含んだ声が聞こえる。この声は……
ギリギリと首を声の方に向ける。そこにはにんまりと悪い笑みを浮かべた恭二医師がいた。あ、目が笑ってないぞこの人。これはあかん奴だ。
「あ、あはは……恭二医師、どうもです」
「どうもです。お元気になったようでなによりです。だけども……こ・れ・は・ど・う・い・う・こ・と・で・す・か?」
「えっとですね。俺が起きたら心が騒いじゃってですね……」
「言い訳は無用です。それよりも……聞かせてもらいますよ。アナタの詳細なデータをね」
「記憶喪失なんで詳細な部分はわかりませんよ」
「いいですよぉ? わかってる部分だけで構いません。そうですね、少なくともアナタが何者なのか、それだけははっきりさせておきたいですね。少なくともそこの布団にくるまっている彼女からアナタが何者なのかは聞いているはずですよね?」
「……はい」
この圧力は尋常じゃない。下手をしなくとも影山以上の圧力がある。この医師、本当に人間か……!
「……俺は一応管理局所属の悪魔憑きだったようです。で、そこそこ地位も上にあったようで……」
「ふむ、悪魔憑きでしたか……どうりで怪我の治りが速いと思いましたよ。まぁ悪魔憑きとも思っていませんでしたが」
「あら? 警戒はしないんですか」
「なにを今更……アナタは華音ちゃんを助けた騎士様ですよ? そんな人になにを警戒をする必要があるんですか?」
おかしな人だ、と恭二医師は笑う。
普通は悪魔憑きだと知ったらすぐに人は態度を変えるものだと思っていたが、この人はそんなことはないようだ。今時たいそう珍しい人間だな。
「はは、そういっていただけると助かります」
「どうせ華音ちゃんもアナタが悪魔憑きだと知ってるんでしょう? 知らないならその方が幸せでしょうけど、前回といい今回といい気づいていない方がおかしいですし」
どうもこの医師は勘が良すぎる。もうこの人探偵になってもいいんじゃない?
「ですが、今回はどうしてアナタが狙われたんですか? こういっちゃなんですが、華音ちゃんも巻き込まれてますし病院が狙われた以上、無関係ではいられませんよ」
「……そう、ですね。その辺もお話ししましょうか……とはいっても、俺も詳しくは知らないんですが、どうも俺はこの病院に来る前から今回の奴らに命を付けねらわれていたらしいです」
「……そうとうに深い闇がアナタにはあるんでしょうね。あんな人たちが襲ってくるくらいですし」
否定できないのが悔しい。
「すみません、明日にはこの病院を出て行きます。今回みたいなことが起きないとも限りませんし……」
「バカですかあなた? そんなこと許しませんよ」
「……は?」
「そんな不思議そうな顔されても……病人を放っておく医者がどこにいるんですか?」
「いや、待て。俺は疫病神みたいな存在ですが」
「だからどうしたんですか? 今しがた言ったばかりです。病人を放っておく医者がどこにいるんですか? もう三度目はありません、ま、出て行きたいなら早々に身体を治すことから始めてください。そうしないとずっと病院暮らしですよ」
「そ、そうですね……」
ハハ、と俺は乾いた笑いをこぼす。
この医師、肝が据わってやがる。普通は俺みたいな得体の知れない悪魔憑きが、しかも俺を原因とした事件にも巻き込まれているのにぶれていない。この人は本当に芯から医者なんだ。それも俺たちが考えているよりもよっぽど立派な。
「恭二医師。ありがとうございます」
「礼を言われることはしていませんよ。私はただ医者としての使命を全うするだけですからね……まぁここまで外出を繰り返しては怪我をする人も見たことありませんけど」
「それを言われると辛い……あ」
と、ここで俺は一つの問題を思い出した。そういえばこれは生きていく以上、どうしようもないし避けては通れない道だった。なぜ今まで気がつかなかったのか。
「でもそうするとあれだな……まずいなぁ」
「どうかしましたか?」
「俺、残金があと十数万円しかないんですよ」
ここに厄介になって結構な時間が経っている。その間にも入院費用はかかってくるし、俺は二回も手術を受けているんだ。きっと十数万円程度ではまかなえない。というか保険証もないから割引すらきかない。クソゥ、なぜ俺は保険証を持っていないんだ!
「あー……それは確かにまずいですね。ウチも慈善事業じゃないですし、さすがにお金は払ってもらわないと……そりゃいくらかは大目に見ますけど、さすがに十数万円はきついですね……」
さすがに恭二医師もこればかりはどうしようもない、と苦笑いを浮かべる。
どうしよう、隠し財産とか持ってないしどうすればいいんだろう。
「うぉお……やべぇ、はげそう……」
「どうにかはしてあげたいですけどね。まぁ保険がかかってるくらいの料金にはできますけど」
「たいがい親切すぎやしません?」
「貧乏暇なしを地でいってるような病院ですからね。ま、気長に考えていきましょう。そうでうすね、まぁアナタの回復力ならあと二週間もすればどうにかなるでしょう。多分きっと、おそらくメイビー」
「恭二医師、キャラクター崩れてますよ」
「そうですか? 普段通りのつもりですが」
いや、確実に崩れている気がする。それともこの人こっちの方が地なのだろうか。
「では、私はこの辺で失礼します。他の患者さんたちも見ていかないといけませんので」
「はい。お疲れさまです」
「それではお大事に」
さわやかな笑顔を浮かべて恭二医師は病室を出て行った。
「お金の件以外は全部丸く収まったか……しかしこう、自分がトラブルメーカーだとなんとも言えない気分になるな」
そもそも暗殺者に命を狙われる患者って、どこの世の中を探してもいないだろう。
それにしても、結局夢で見たあの女性は一体誰なんだろうか? 彼女は俺の何を知っているのだろうか? もしもう一度あの場所に、いや場所なのか? それは置いておきまぁまたあの空間に行って出会ったとしても、彼女はきっと教えてくれないだろうけど。あの瞳はそれだけの意思があった。
……こうなるとますます俺の過去を知らないといけないな。まぁ暗殺部隊に狙われてるあたり真っ当な人生を歩んでいたとは到底思えないけど。俺自身の腕っ節もそうだ。なんというか、場の空気にもそう簡単には負けない。
(俺が悪魔憑きの部隊、カニバリズム部隊だったか……それの隊長をやってたってのはウソじゃない。この場慣れした身体がいい証拠だ)
自分の手を見つめる。綺麗なように見えるが、この手は一週間前確かに人を殺した。きっと過去にも人を殺めているのだろう。
……やめよう、これ以上自分へのあら探しを続けても意味はない。今はゆっくり休んで、コレからのことやお金のこととかは明日考えよう。
視線を二人に移す。この二人も俺に付きっきりで看病してくれたんだよな。
「……ありがとう」
起こさないようにそう呟く。
俺ももう寝よう。明日に向けて英気を養うために。