四章-2
「アギトさん……」
ギュッと彼の手を握りしめる。あの日から一週間の時が経ったが、彼が目を覚ます気配はなかった。あのあと、すぐに吉田さんが恭二先生を連れてきてくれてそのまま病院の中へ運ばれた。
運ばれたのはこの病院では滅多に使われることのない手術室。恭二先生も院長先生もこんな短いスパンで同じ人間が二度も運び込まれるなんて初めてだ、とぼやいていた。手術は難航を極めたが、なんとか成功してアギトさんは一命を取り留めた。だけど、それから一向に起きあがる気配を見せない。
恭二先生に聞くと、身体は全身打撲。内蔵にもダメージがあり、他にも多数の傷があるそうだ。常人ならとても生きていられるようなものではなかったと言う。今も生きていられるのは彼が悪魔憑きであるからだろう。
目覚めるのはいつになるかわからない、そう院長先生には言われた。
その傷の原因の一つには確実にボクも加わっている。直接的じゃないとはいえ、ボクがさらわれたから彼が傷つくはめになった。
「ごめんなさい、アギトさん……ボクのせいで……」
「……暗いのはなしにしましょ、華音ちゃん」
後ろから声が聞こえ、振り向くと花を買いにいっていた愛野さんが戻ってきていた。
「愛野さん、お帰りなさいです」
「ただいま。隊長、起きる気配はないみたいね」
「ええ……そういえば愛野さんが連れてきたっていう男の人は……」
「……昨日亡くなったわ。隊長を狙っていたグループのリーダーだったから何か知ってると思ってたけど、死人に口無し。吐く前に死なれちゃどうしようもないわね」
ふぅ、とため息をつきながら花を入れ替えてから椅子に座る。
「ところで華音ちゃん、アナタこの一週間ろくに家に帰ってもいないようだけど、大丈夫なの? 親御さん心配してるんじゃ……」
「連絡は入れてます。最初は反対されましたけど、無理矢理押し切りました」
「押し切ったって……アナタはまだ学生なんだし、家でゆっくり休むのも一つの仕事よ?」
「あの家にボクの居場所なんてありません。それに学校ももう夏休みで怒られる心配もありませんから」
「そうは言ってもねぇ……」
「家庭事情にはあまり口を挟まれたくないんです。心配してくれるのはわかるんですけど……すみません」
「まぁ、深く事情を知られたくないって言うのはあるでしょうし、深入りするなと言われたらそれまでね。でも、せめて眠りなさい。徹夜何日目よ、クマがすごいわよ?」
ほら、と愛野さんはポケットから鏡を取り出しボクに見せる。
……確かに目の下に濃いクマができている。そういえば数えてなかったが眠った記憶はない。最初の方は眠っていたけど、おおよそ三日目くらいから寝ていない気がする。
「うわぁ、これはすごい」
「でしょ? 隊長が起きた時にその様子だときっと心配するから眠りなさい。隊長が起きたら起こしてあげるから。布団を恭二さんに言って借りてくるわね」
そう言うと愛野さんは椅子から立ち上がり、部屋から出て行く。さっきも出て行ったばかりだというのに、元気な人だ。でも、彼女もアギトさんを、悪気がないとはいえ傷つけた人だ。おそらく心の中では罪悪感が芽生えているだろう。実際、アギトさんが手術を受けている際にも泣いていた。
この人もまた、しっかりと自分の罪を認めている。
できていないのは、ボクだけだろう。やはりボクはまだまだ子どもなのだろう。学校に行ってるのも、なんだかんだで嫌いと言っている父のお金で行っている。悲しいかな自分ではほとんどなにもできない女子高生だ。
できるのはせいぜいこのように手を握って起きあがるのを待つこと、それと身体を拭いてあげることくらいだ。
静かな時間が流れる。
この一週間、愛野さんが病院にいるからか誰かが襲ってくるということはなかった。愛野さんが言うには私服警官も病院周辺を警備しているらしい。
「アギトさん、早く起きてください。みんな心配してますよ」
答えはない。
それからどんどん意識がぼやけてくる。瞼も重い、眠気が押し寄せてくる。
「……ぅ」
そんな意識が落ちるかどうかの刹那、小さい声が聞こえた。
眠気を無理矢理振り払い、瞼を必死で開ける。
「……ん、ぁ……」
「アギト、さん」
「……おお、可愛い天使が見える。こりゃまだ起きてないのか、俺?」
ゆっくりと瞼を開け、ボクの姿を認識するとアギトさんはそう言った。もう、天使とか言い過ぎだよ。
「現実、ですよ。おはようございます……アギトさん」
「ん、おはよう。って、うわ!? 目の下のクマがすごいけど大丈夫!?」
「大丈夫、ですよ……」
緊張の糸が、切れちゃった。
そのままベッドに身体は倒れ、意識はすぐに手放した。