四章-1
……身体が重い。ここはどこなのだろうか?
むくり、と起きあがってみる。が、周囲は真っ暗で何も見えないし見当たらない。一体どういうことだってばよ。
「……まさか、俺死んだのか?」
いや、不思議ではないな。なんだかんだと世間一般では重傷と言われてもおかしくない傷を負っていたわけだし、いくら俺が悪魔憑きでも体力には限界がある。うん、しかたがない。
とはいえなんだ、こうやって自分が死んだのによく冷静でいられるな、俺。
でも、ここでまだ死にたくないな。なにせ俺にはまだやることがある、ような気がする。
それがなんなのかはわからない。だけどもそれは生きようとする意思があるだけのものだと思う。
「とは言っても、起きあがろうにもこれじゃあな……そもそも起きるってどうやるんだ?」
ここが仮死状態の人間が来る場所だとしたら、起きるにもきっかけが必要なのではないだろうか。それがどんなきっかけかは知らんが。
「だけど死ぬ気はないんだ……なんとかしろよ、俺」
『……』
背後から光を感じる。
振り向けば人形をかたどった光がいつの間にか俺の背後を取っていた。
思わず驚き変な声を出す。な、なんだこりゃ……
それから数分もしただろうか。光はどんどんその輝きを失っていき、人形の顔までわかるようになった。
「……あれ? 華音ちゃん……いや、前俺の頭に浮かんだ人か」
間違いない。華音ちゃんの髪の色は紫がかっているが、彼女の髪の色は大和撫子のように黒だ。そしてその姿はどことなく華音ちゃんにやはり似ている。
『……………』
彼女は何も答えない。
ただ悲しそうに笑っているだけだった。どうしてだろうか、その顔を見ているとひどく胸を締め付けられたかのような感覚におちいる。
「……なぁ、君は一体誰なんだ? 俺は君を知っているはずだけど、どうしても思い出せないんだ。なにか知っているのなら頼む、教えてくれ」
『……大丈夫。私のことは思い出さなくていいから』
ようやく、喋った。
だがどうして彼女は思い出さなくてもいいと言うのだろう。どうして俺の胸がこんなに締め付けられたように苦しむのだろう。
「なぜだ。どうしてそんなことをいうんだ?」
『その方がきっとアナタのためだから』
「記憶喪失のままのほうがいいってのか? 冗談じゃない。記憶もないまま殺されかけて、何をやらかしたか気になってしょうがないんだ。それにいくらかは事情を聞いて俺の存在も把握してきた。そこになにか問題でもあるっていうのか?」
『大いに、あるよ。周りの人たちのせいで記憶を取り戻しかけてるのも、よくない』
なにがよくないのだろうか。
『……思い出さなかった方が幸せなことって、きっとあるよ』
「それを決めるのは俺自身だ。アナタは俺のなにをわかってそんなことを……」
『………』
押し黙る。なにか言えないわけでもあるのだろうか。
(……とはいえ、このままここにいてもらちがあかない。どうやってここから抜け出すか)
『大丈夫だよ。朗人は……ううん、アギトはまだ生きてるから心配しなくていい』
「……俺、声に出してた?」
『出してないけど、そんな顔をしてたよ? 相変わらずなんだから』
ふふっ、と彼女はいたずらっぽく笑う。
その表情を見て、懐かしいという感情が俺の胸によぎった。やはりこの女性、俺の知り合いで、それもなかなか関係が深かったのかもしれない。
『それじゃあ、お別れ。もうここには来ないようにしてね』
「ちょ、待て! 結局君は何者なんだ!?」
『……秘密、とだけ言っておくね。でも、アナタの敵じゃないのは確かだよ』
そう言って彼女は消え、辺りが光に覆い尽くされ俺の視界は奪われた。