一章-2 悪魔憑きとパンドラカラミティ
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部屋に戻り改めて病室を見直すとこの部屋は幸いなことに個室。しばらくはここにお世話になるかもしれないだろうから改めて周りにおいてある私物を見てみる。財布は一応ある。中身を覗いてみるとところどころ血が付いている一万円札が二十数枚は入っていた。思ったよりも俺は金持ちなのか……? というか、血が付いてるのは俺の血だろうか。本格的に不安になる。
しかし、財布の中身には俺の身元を知らせるようなものは一切なかった。現金だけとかどれだけチャレンジャーなんだよ、俺。保険証がないと全額負担なのに! 絶対この札は消えるぞ。
ま、まぁそれはおいておこう。重大な問題だが、今どうこうできる問題じゃない。
とりあえずここが悪徳病院ではなく市民から信頼を得ている良病院ということがわかったのは大きな収穫だろう。多分、病院代も相談には乗ってくれるはずだ。多分、きっと。おそらくメイビー。
それと、今の俺の知識はどれくらいあるのか試しておきたい。常識云々はともかくとして自分がどの程度の知識を持っているかを知るのは必要だろう。でなければここでの日常生活で何をしでかすかもわからない。まずはパッと頭に思いついたことを考察しよう。
両腕を組みながら考える。まずパッと思いついたのはパンドラカラミティという単語だった。
パンドラカラミティ、これには聞き覚えがあった。それは今から十年ほど前に起こった大災害のことだ。
当時、人々は平和に暮らしていた。老若男女が様々な問題を抱えながらも、それぞれが思い思いの生活を過ごしていた時にそれは起こった。
最初に大きい地震がおきた。この地震でまず当時の街の機能がほとんど潰れ、アスファルトでできた道路が液状化現象が発生、足を道路に挟まれ逃げ遅れた人々も現れた。だが本当の悲劇はここからだった。地震による津波が発生し逃げ遅れた人々はなす術もなく津波に飲み込まれていき多くの命が奪われていった。さらには車の油やらなんやらが多量に漏れて火事騒ぎまで起きたと記憶している。
ただ、この災害には奇妙な点が残っている。この災害はある程度復興した後に流れたニュースによると世界中のあらゆる観測所に引っかからなかったらしい。しかもこれは日本に限ったことではなく世界中で同一の現象が起こっていたということだ。なにか作為的なものを感じるが人間にそんな現象を起こせるかと言われれば答えはノーである。日本の、それも一部だけなら観測所を破壊すれば納得できるが、全世界同時でなら人の介入は考えられない。いや、ゼロってわけじゃないけどあんな災害にあわせて行動を起こせるとは思えない。
そして三年の時が流れ人々は復興の道へ進んでいった。だけど、ここで一つの噂が流れた。大災害が起きた日に超能力者が現れたという話だった。最初は人々は笑っていたがそれが事実だとわかってからは人々は恐怖して逃げ惑ったという。実際、俺がそこにいたわけではないから詳しいことはわからないが、最初に超能力者が現れた事件では人が十数人も死んだとか言うことが記憶に残っている。
その超能力者たちはまるで悪魔が取り憑いたように凶悪な者たちとして人々は彼ら、あるいは彼女らを『悪魔憑き』と呼ぶようになった。そして大災害はパンドラの箱を開けてしまったかのような大災害をパンドラカラミティと名付けた。
……思いのほか、自分の記憶以外は覚えているようだ。この調子で自分の名前を思い出せたなら最高だったんだが、そう都合良くはいかなかったようだ。
それにしても悪魔憑きが。案外この傷もその悪魔憑きと呼ばれるようになった連中の仕業かもしれない。そう考えると俺は悪魔憑き差別派の主要人物だったとかそういう可能性は……
「いや、ないな」
自分でこういうのはあれだがこんな若造がそんな重要人物なわけがない。俺という人間の物語では主人公足りえるが、他の人間の物語でそんなことは有り得ないだろう。それこそそんな大きな恨みを買うことも……いや、違うか。恨みは大でも小でもない。純粋な気持ちだ。肩に触れられるだけで殺意を覚える人間だっているかもしれない。
……ダメだ。考えてもわかることはない。とりあえず医者をもう一度見つけよう。それと名前を今度こそ聞き出して、病院代について相談させてもらおう。
よし、善は急げだ。そう考えて俺はもう一度病室を出る。
「しかし、どこにいるんだか……」
病室から出たのはいいものの、なにも考えずに出ては行けないものだと思い知る。とは言っても他にやることはないので、そのまま病院をうろつくことにする。
数十分もうろついただろうか、俺はおおかたの病院の構造を把握した。まずこの病院は二階だてで俺の個室も二階にある。まぁ無事に目を覚ましたことだし団体部屋に押し込まれることになるかもしれないな。それはそれで新たな触れ合いが生まれるから楽しいのかもしれんな。
二階の窓から空を見る。雲一つない澄み渡る綺麗な青空が視界に広がる。思い切り深呼吸をしてみれば青々しい香りが鼻孔につく。まわりがほとんど森林ということもあって空気がおいしい。
「おや、目が覚めたようでなによりです」
後ろから喋りかけられる。誰かと思い振り向くとそこに白衣を着た若い青年がいた。歳の頃は俺よりも若いくらいだな。きりっとした目つきと整った顔立ちでいかにもイケメンと言えるだろう。
「どうも。で、どちらさまでしょうか?」
「これは失礼。院長の息子の鬼柳恭二ともうします。アナタの手術にも立ち会っていますよ」
「これはどうも。しかし名乗ってくださったところ悪いんですが実は……」
「名前を覚えていないんですよね? 父から話を伺いました。安心してください、我々もできうる限りの協力をしますので困ったことがありましたらなんでもご相談ください」
「あ、ありがとうございます」
爽やかな笑顔で握手を求められ、気圧されたように俺は手を出し握手をする。見た目と違いごつく力強い手だった。こりゃ見た目の影響もあってなかなかの人気者であるかもしれないと容易に想像できる。
「しかし、回復が早いですね。正直驚きました」
「そうですか? 自分ではよくわからないんですが……」
「とても早いですね。普通あれだけの重傷を負っていたなら最低でも十日くらいは眠っているはずなんですが、アナタは数日と比較的早い段階で目が覚めましたので」
そんなに重傷だったのか……傷を見て覚悟はしていたが予想以上にまずい傷跡だったらしい。
俺は素直に頭を下げてお礼を言う。やはり人間という生き物ならば世話になった人にはきちんとお礼をせねばならない。恭二医師はそれを見て「とんでもない」とカルテを持ちながら両手を前に出して言う。
「お礼を言うならアナタを病院の中に入れた少女に言ってあげてください」
「少女、さっきもトイレで出会った男性に聞きましたがその少女に俺は礼を言わないと行けませんよね。よろしかったら教えていただけませんか?」
「もちろんですよ。彼女はひんぱんにこの病院にやってきますからね。すぐに会えることでしょう」
「そんなに頻繁に病院に来るんですか? その娘」
ええ、と恭二医師はうなずく。
「どうしてだかはわかりませんがね。ですがいい娘ですよ」
一瞬、どうしてだかわからなかったが恭二医師は悲しそうな顔をしていた。これの意味するところはなんだろうか、といらぬ詮索をしてしまう。
しかし人当たりの良さそうな恭二医師がそうまで言う少女はどんな娘なのか気になるのも確かだ。
「で、その娘の名前はなんていうんですか?」
「あ、はい。その娘の名前はですね……」
「おーい! 美人の兄ちゃん、こんなところにいたのか」
またもや第三者の声。声の方に顔を向ければトイレで出会った男性がいた。
「さっきはどうも。どうかしたんですか?」
「ああ。大事な用だよ……あ、恭二先生もいらっしゃったんですか。どうもお世話になっています」
「ああ吉田さん。今日も元気がいいですね」
ぺこりと男性、吉田さんは恭二医師に頭を下げる。どうやら彼も世話になっているらしい。まぁ二人だけの病院の割に規模は大きい病因だよな、ここ。しかも二人しかいないってことはそれだけ患者さんと接する機会が多いってことだよな。しかしそれならこの病院はマジで暇なしってことでは……
心の中で素直に頭を下げる。俺、傷の深さから考えて医師方の助力がなかったら確実に死んでいたような傷だったわけだからなおさら頭が上がらない。
恭二医師は困ったように頭をかきながら「それよりも」と言う。
「彼になにか用があったんではないですか?」
「おお。そうだった。美人の兄ちゃん」
「美人の、はいりませんよ」
「じゃあ兄ちゃん。例のお嬢ちゃんが今しがたやってきたから報告にきたぞ」
「本当ですか!」
「ああ。案内したるからついてきな」
ありがとうございます、と俺はお礼を言う。そして恭二医師に一礼をしてから吉田さんに連れられてその少女に会いにいくことにした。