三章-10
「……見つけた」
「あ、アギトさん……その傷は!?」
「ああこれ? 喧嘩の後だから気にしない気にしない」
部屋をしらみつぶしに当たっていくと、すぐに見つかった。縛られてこそいるが外傷などはない。よかった……
「喧嘩って……そんなひどい傷を作って、喧嘩どころじゃないですよ!?」
「なに、余裕余裕。俺、これでも強いから」
見た目は相当ボロボロなので説得力は皆無だろうが、ここはこれで納得してもらうしかない。
「さぁ、行こうか。病院に戻ろう……それとできれば目をつむってくれ。俺がエスコートするから」
「わ、わかりました……」
心配そうにしながらも彼女は俺の言うことを聞いてくれ、目をつぶる。
これでいい。下の惨状は女子高生には刺激が強すぎる。首なし死体に砕け散った装甲兵器の残骸、その近くにある死体。死体を二回も言ってしまったが、たぶん思考が回っていないのだろう。けっこうまとまりのない考えしか出てこない。
座っていた彼女を立ち上がらせ、腕を引いて部屋から出て行く。
部屋を出れば先ほどと違い倉庫内は明るさを取りもどしていた。これで完全勝利した、といったところか。
エスコートしながらふと足下を見る。首なし死体はまだあった。だが、奇妙なことがあった。俺が投げ捨てた首なし死体の頭が、どこにも見当たらなかった。さっき逃げていった奴らが回収したとは考えにくい。ならば誰が……
「あの男か……」
すぐに思いつく。装甲兵器の残骸はあるがあの男の姿はない。装甲兵器のおかげで威力が軽減されていたのだろう、まだ生きていたんだ。あの男の生死を確かめなかったのは間違いだったか……威力調整をミスッたか。だけど、これで手を引くだろう。壊滅寸前まで追いやったんだ、少なくともしばらくは復帰できまい。
(いや、でも……あの男の執念ならまた相見える気がする)
それだけは確かだ。ここでしとめられなかったのは痛いミスだったかもしれない。
心に頼んで病院には管理局の人間でも張ってもらうか。そうでもしないと病院の安全が確保できそうにない。と、それにあのバンダナの件もある。気になることはいくらでもあるが、まずはここから出ることが先決か。
ゆっくりと歩みを進めて、罠がもうないかを確認しながら外に出る。
外に出た瞬間、むわっとした空気が身体に触れ、不快感を感じる。なかなかどうして……夏場だから暑いのはしょうがないけど。さっきまでは必死で暑さのことを考える余裕もなかったし。
「もう、目を開けていいよ」
「はい……う、眩しい」
「はは、倉庫のあの部屋はけっこう暗かったからな。でもすぐに慣れるよ」
「そうですね。あの、本当に身体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。君を病院に送ったらそのまま精密検査してもらうつもりだから。ま、やれやれだよな。かっこつけて出てきた割にこんなボロボロになってるわけだし」
「そんなことありません! アギトさんはボクを助けにきてくれて……」
「それに関しては申し訳ない。俺は君に謝らなければいけないことがある」
「え?」
隠しておくのは好ましくない。彼女にもどういう経緯であの連中に連れ去られたかを話しておくべきだろう。これで嫌われたとしても、それはしょうがないし、ある意味結果オーライなのかもしれない。それで彼女が幸せになれるのだとしたら、本望だ。
そして正直に話した。あの連中は俺を狙って襲ってきたということ、その人質として華音ちゃんがさらわれたということ。
華音ちゃんはただ黙って聞いていた。もうこれで前のような関係は望めないだろう。だけどこれでいい。これで俺も心置きなく消えることができる。
「……それだけですか?」
「……え?」
だが、彼女の反応は思ったよりもさっぱりしたものだった。それだけって、暗殺部隊にさらわれたことをそんなにあっさりと……
「それだけって、華音ちゃん、君の命までかかってたんだよ? いや、下手をしたら死ぬよりもひどい目にあってたかもしれない」
「でも、アギトさんは助けてくれたじゃないですか」
「そりゃ気がついたから助けられたけど、これからもうまくいくとは限らない」
「いきますよ。きっと」
当たり前なことを言わないでください、と頭を軽くはたかれる。いや、そんなアナタ、何を根拠にそんなことが言えるのだろうか。
「根拠? そんなものはありませんよ。でもアギトさんはきっとボクを助けてくれる、そのくらいには信頼して信用しています。むしろ謝るのはボクの方です……なんの抵抗もできずにさらわれて、その上アギトさんがくることを確信した上での相手の神経を逆撫でするようなことを言ったかもしれませんし……本当にすみません」
「いや、だから悪いのは俺であって君じゃ……」
「いいえ! ボクが悪いんです!」
ものすごい勢いで顔を近づけられる。おお、このポジションはおいしい、じゃない。
それから移動しながらも互いに自分が悪いということを言い合い、最終的には平行線で決着はつかなかった。
「……意外に頑固なんだな、華音ちゃん」
「そっちこそ。もっと女性の意思を尊重してくれるかと思いましたよ」
「は、人の命を危険にさらしてたのにいけしゃあしゃあと罪をなすり付ける気はないよ」
「ヤレヤレです。まぁボクも同じ気分ですけど……でも」
キュッと俺の服の裾を華音ちゃんはつかむ。
「生きていてくれてありがとうございます。おかげで助かりました……この恩は一生をかけてでも返します」
「……ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」
巻き込んでおいてなんだが、彼女にそういわれるだけでだいぶ救われる。どうしてだろうか。やはり影山と戦った時、脳裏に映ったあの女性が関係しているのだろうか。彼女もどことなく華音ちゃんに似ていたが、それが関係しているのだろうか。
「アギトさん?」
「あ、な、なんだい?」
「いえ、ボクの顔をじっと見ているのでどうしたのかなって思って」
「え? そんなじっくりと見てた?」
「はい。なんか複雑そうな顔をしてたので……なにかボクの顔についてました?」
「いや、なにもついてないよ」
笑ってそう答える。そうだ、まだ俺自身の記憶が全て戻ったわけではない。半端に取り戻した記憶では俺が器用貧乏とかいう装甲兵器を自作したこと、それと自分の能力がわかったことくらいだ。
なんで俺が重傷を負って奴らに追われていたのか、この胸の傷はなんなのか、まだ謎は残っている。
これからのことを考えなきゃな、と思ったところで病院につく。なんだか、帰ってきたーという感じがする。
「お、帰ってきた……って、美人のあんちゃん! その傷はどうしたんだい!?」
「あ、吉田さん……どうもです。さっきはおかげで華音ちゃんを助けることができまして」
「君は一体なにと戦ってるんだ!? と、とりあえずそれどころじゃないな、早く病院で治療だ! メディーーック!」
俺の傷を見て混乱しているのか衛生兵を呼び始める。相変わらずこの人は面白いな。まあでも俺もさっさと病院にはいることは賛成だ。もう、正直辛い……
と、あ ら ?
急に身体から力が抜けていく。
「アギトさん!?」
「あんちゃん!?」
二人の声が聞こえるが、力が入らずにそのまま重力に従って身体は倒れていった。
(まず……もう体力の限界だったか。多分この夏の気温もあるだろうし、ったく。最後の最後で……)
せめて部屋で落ちたかった、と考えている間に意識はどんどん薄れ……