三章-8
(まずい、なぁ……)
肩を押さえながら目の前の部隊長を見る。どうやら向こうは俺の体調事情を把握しているらしい。やれやれ、あれだけやったら引いてくれるかと思ったけど事情はそうそうに甘くはない。
(かなり派手にやったのに諦めてくれない。内蔵はもうボロボロだし、ていうか骨いってるんじゃないかコレ……さすがにこっからの三対一は厳しいものがあるな)
動きもだいぶ鈍ってきた。あの程度の攻撃をかわせずに肩にダメージ負うとか……けっこう深くぶっさしやがって。おかげで肩があがらん。
とはいえここで諦めるという選択肢はない。俺はこんなところで死ぬ気はないし、なにより華音ちゃんが心配だ。確実にこの工場内にはいるはずなんだ。ここまで来たら絶対に救い出してみせる。それが俺が彼女のために唯一できることだ。
「かかってこいよ、三下共」
肩から手を離してクイッと指を向けて挑発する。向こうは呆れたようにしながらもすぐにばらける。さいわい俺ならステルスを使われても見抜けないことはない。問題は俺の身体がどこまでついていけるかだ。
……こんなとき、能力がわかっていればまだ打開策が見つかるかもしれないがわからないものはしょうがない。下手に模索しようとする時間もないし、このままいくしかないか。
まず足音がした方向に身体を向け、そこへ跳ぶ。
ステルスをしているとはいえ、俺には見きれないわけではない。
指をそろえ全力で貫きにいく。が、動きは鈍い。あきらかに先ほどまでと比べて威力もキレもなくなっている。そんな攻撃は簡単にさばかれ、負傷した肩にカウンターをもらう。
激痛が体全体に響き渡る。
頭も痛い、内蔵も痛い。骨も多分何本かいっている。愛野さん、いやさ心との戦いが原因であることは間違いない。それに元々完治していない身体だ。無茶をすればガタが来るということはわかっていた。
胸にあんな大きな傷もあるわけだし、ボロボロだな俺は。
それでも、勝たなければいけないのだろう。そうしなければ華音ちゃんはどんな目に遭うかわからない。殺されるのか、それともまったく別の事柄に利用されるか。それとも、慰み者として扱われるか。
想像するだけで殺意の波動がわく。させない。俺が生きている限り彼女にそんな真似をさせるわけにはいかない。
がむしゃらに手を伸ばし身体のどこかを捕まえる。高さから察するに胸ぐらか。
そのまま俺は力の限り引き寄せずつきをかます。まともに表情すらも見れない以上、明確にダメージを与えられたかどうかは定かではないが確実に倒すには反撃の隙を与えることなくダメージを与えていくしかない。たとえそれが無様な形であろうと。
三度目の頭突きを出そうとした時、つかんでいる奴の背後の空間がわずかだがぶれた。これにあわせて動きをストップ、胸ぐらから手を離して向こうへ押し倒した。
さすがにステルスしている相手の状態は細かくはわからないが、これでほんのわずかだが動きが鈍るはずだ。
そして、押し倒した方向に向かって俺は跳び、そのまま蹴りをうちかました。
何かがーーおそらくは装甲がーー足に触れた感覚がある。そのまま体重をかけて押しこみ、反動をつけて空中で半回転し着地する。同時に二人くらい倒れる音が聞こえた。これで少なくとも一人はなんとか……
「甘いな、隙だらけだ」
背中を切り裂かれる感触がする。
この声は部隊長の男か。さっきの二人に気を取られたせいか全く気がつかなかった。
動く右腕を使って裏拳を放つ。だが当然スピードもパワーもない今の一撃はかすることすらかなわなかった。
「やはり時間が経つごとに弱っているな。その状態であの二人を倒したのもほめてやる。さすがは災害だ」
「誰が、災害だ……」
「お前しかいないだろう。全てが高水準、いやそのレベルを遥かに超えた戦闘能力……能力自体は不明とされているが、その分だと記憶喪失はまだ続いているようだな」
「……どこまで知ってるんだ、お前は」
「上っ面の情報だけだ。八神朗人、別名管理局最強の男……その戦いぶりは同じ悪魔憑きですら恐怖を隠せないほどの荒々しいスタイルだったそうだ。その反面、部下には優しく人当たりのいい人物として老若男女関係なく慕われていた」
「へぇ、俺けっこう理想の上司じゃん」
「かもしれんが、俺は他にも疑問を持っている」
「なんだよ? 答えれることなら答えてやるぜ」
「記憶喪失の異端者に聞くのもあれだが、あえて聞こう。貴様……どうして歳を取らない?」
「………………………はぁ?」
唐突に何を言っているのだろうか、この男は。
「……なるほど、この辺りは記憶がないのか。いや、そもそもお前はどの程度記憶を持っているんだ?」
「名前すらも覚えてなかったわ……待て。その前に俺が歳をとらないってどういう意味だ?」
「文字通りの意味だ。俺がお前の情報を得る際に過去の情報も洗ったが……不可解今なことに写真に写っているお前は今の姿と全くといっていいほど変わっていなかった」
「……はは、そんなバカな。自称二十八だぞ、俺」
「記憶喪失者の自称などあてになるか馬鹿者め。……少なくとも十年間は変わっていないな。妖怪か何かか貴様……あ、異端者か」
「勝手に納得するんじゃねえよ」
まったく、気分が悪くなるってもんだ。とはいえ人間でも悪魔憑きでも当たり前のことながら生物である以上歳は取る。それは生物である以上、いや、この世に存在する以上絶対に避けられないことだ。
それを、俺が十年前と変わっていないだと? なにを根拠にいっているのだろうか、とそれを口に出そうとしたがやめる。この男の言っていることは多分はったりでもなんでもない。
こんなことを聞き出しにきたのも今度こそ自分が有利な立場に立ったからこそだと考えられる。油断なく殺しにくればいいものを、甘いと言わざるを得ない。
とはいえ俺自身も今はまともに動ける状態ではない。おまけに動かずとも体力は減っていく一方だ。向こうが余裕綽々なのもうなずける。
「で、俺が十年前から見た目が変わっていなかったらなんだってんだ? もしかしたら十八から成長していないだけかもしれないだろう?」
だからこそ、ここは話に乗ってみる。どうせこのままだと隙なんてできやしない。可能性が狭まるくらいならここで無茶をするのも一興だろう。
「ふん、それにしても変わらなさすぎる。身長から体重、まるで変化がない」
「え? そこまで調べてるの?」
「表面上のデータくらいならいくらでも入手できる」
表面上のデータ、ねぇ。それだけ俺は裏っかわでは危ない橋わたりまくっていたのか。詳しくは教えてはもらえないだろうが、ここは話を続けよう……
「まぁいい、そろそろ消えてもらおうか」
あ、話を続けさせてもらえないパターンだコレ。
クナイを持ち、そのまま急接近。俺に向かってクナイを突き刺してくる。
とっさにその場は転がってことなきを得たが、転がった衝撃でまた内蔵にダメージが。
「が、ぁ……」
「……初めて苦痛の声をあげたな。追いかけ回した時もそんな声をあげなかったが、それだけダメージがたまっているわけだな。ちりも積もればなんとやらというが……まぁ塵どころではないか」
「か、カッ……んなわけ」
あるか、という前に口から血が吹き出る。
「ガフ……ゴホッ!?」
「案の定、吐血するまで弱っているわけだな。これであいつらの意識が戻らなくても俺一人で完全に対処できる」
安全に、確実にと。
「最強の悪魔憑きの最後だ。今度こそ、終われ」
クナイを構え、それを投げ出される。
瞬間、世界がゆっくりと動く錯覚におちいる。死ぬ直前、あるいは殺される時に世界はゆっくりと動くという。
つまり、今俺は死ぬかどうかの境目にいるというわけだ。
(だけど、この光景はどこかで見たことある。どこだったか……)
思い出せ。この光景は確かに経験したことがある。どこだ……思い出せ。