三章-7
たとえこの気持ちが矛盾していたとしても、俺にはその先へ進む必要があった。
なにも力がないために守れたかもしれない人を救えないのなら、俺はその道を否定する。やらない善よりやる偽善。それが世界を変えるためには必要であり、そのために手に入れた力だ。例え相手が最強クラスの悪魔憑きとて恐れるわけにはいかない。確実に疲弊はさせているんだ、あと一撃、四肢のどこかに加えれば攻略の鍵は見つかるはずだ。
ほんの数瞬、深呼吸をする。
現実をその間に認識し、敵を見定める。
八神朗人。
必ず、殺す。
そう考えると気がつけば身体が勝手に動いていた。今まで何千回、何万回と繰り返してきたクナイをとるという行為が自然に行えた。
そして近づき目をくりぬかんとする勢いでクナイを突き出した。
紙一重で八神朗人はクナイをかわし、カウンターで俺の腹部に蹴りをいれる。相当の衝撃が俺を襲い、受け身も取れずに背後へ跳ばされる。
それから地面の上を何度も転がり、勢いが止まるまで少し時間がかかった。相当の衝撃だったが、幸い装甲の上からだったので威力はいくらか軽減されなんとか立ち上がる程度の体力は残されていた。
「……ッチィ」
そんな俺を見て八神朗人は負傷した肩を押さえながら、苦虫を潰したような表情をする。どうやら今の一撃で俺を倒せなかったことが意外だったようだ。
「……どうした、大島を殺したお前の実力はそんなものではないだろう。それとも情けで蹴りを優しくしたのか?」
あえて挑発するように言ってみたが、これはありえないだろう。俺がすぐに立ち上がれたのは装甲と向こうの威力が落ちたことによるもの。そして威力がさがったのはおそらく肩の傷が少なからず影響をおよおぼしていると考えていい。ここから察するに、奴は攻撃力は高いが防御面には不安があるとみていい。まるでゲームのキャラクターのような話だが、いける。
加えてよく考えればこの男は短いスパンで激闘を繰り返している。最初は重傷の身である俺たちに追いかけ回され、小物であるとはいえ悪魔憑きである人物からはリンチを受け、先ほどは詳細は知らないがカニバリズム部隊の愛野心と、次に病院で。
いくら悪魔憑きの身の上とはいえ、あれだけの重傷から意識を取り戻すだけでもかなりかかるはずだ。完治となるとさらに時間はかかる。それこそ再生特化型の悪魔憑きでもない限りは。
あまりの強さに焦っていて顔はよく見ていなかったが、顔は青ざめてきている。身体もぐらついている。柴田がどうこうできていたとは思えないので、その前の愛野心がどうにかしたと見た方がいいだろう。
「さぁ、八神朗人。異端者としてこのまま死んでもらおうか」
「カッ、そう簡単に死んでたまるか。俺はな、仮にもお姫様を助けにきた騎士様だぜ?」
「ふん、確かにさっきまでの戦闘能力ならそれにふさわしい実力だったかもな。だが、こうやって時間が経つにつれお前の戦闘能力は着実に落ちてきている。暗殺部隊の人間が真正面きって戦えるくらいには少なくとも弱っている」
「そう思うかい? 俺は最強なんだぜ」
「考えてみればお前の挙動はおかしかった。攻撃は全て紙一重でかわし、一撃でメンバーを倒す。確かにたいしたものだが……それは最低限身体を動かさないためだったんだろう?」
「んなわけあるかタコ」
「まぁ、そう答えるわな。さぁそれよりも……」
様子を伺っていた二人もようやく立ち上がる。失ったものも大きいがこれで形勢逆転だ。