三章-6
「ウソだろ……」
俺は思わず空いた口に手をやっておさえる。今の一連の動きで闇の七、斉藤が一撃で蹴散らされた。動く様子がないことから気絶しており、おそらくもうこの戦いには復帰できないだろう。
これで残る戦力は4人。本調子とは言いがたい相手に不安をこんなに感じるのは初めてだ。バカな、俺たちは数々の要人や悪魔憑きを暗殺してきた。その成功率はこの任務を覗いて現状百パーセントを維持している。それまでの過程で俺たちは確かな実力を身につけ、正規の部隊にも劣らない、いや、なんでもありならむしろ一歩抜きん出ていると思っている。だが、対象の男、八神朗人の実力はそれすらも遥かに凌駕していた。
(異端者の風情で……! なぜあれだけ強い!?)
確かに強いと言うのは聞いていた。あの日の夜、闇の八であった佐藤が殺されたのも見ていたから知っている。だがそれは負傷している八神朗人を見て気を緩めたからだと思っていた。事実、佐藤はそんな性格をしていた。
だが、これは認識を改めるしかない。
(闇の一より各員へ。敵をただの悪魔憑きと思うな。あれは一種の災害だと思え。そして今からその災害に立ち向かう、命はないと思え)
直接組み合わずとも先ほどの交戦、そして敗北したメンバーの実力も噛み合わせてわかる。八神朗人は俺たちの何倍も強い。それは覆せない事実だ。
だが、実際どれだけ強くとも生物である以上、殺せないということはありえない。実際、俺たちが暗殺の命をくだされたのも奴が半死半生というほどの重体に追いこまれ、確実に止めを刺すようにと判断されたからだ。だから殺せる、それは確実だ。
少し間を置いてから了解、と返事がある。
どうやら他のメンバーも覚悟を決めたらしい。それもそうか、ここまでくれば逃げることなど許されない。それは向こうも同じことを思っているはずだろう、つまるところ逃がしはしないと。奴から見れば俺たちは華音という少女をさらった悪党、それが向こうから見える絶対の真実なのだから。
正直、気絶で倒れた斉藤や病院で縛られた柴田は幸運だ。なにせまだ生きているのだから。佐藤も運が悪かったと思うしかない。それにしても……ああ、くそ。さっきまでの自分を殴りたくなってくる。弱った八神朗人の前でお姫様を汚すという計画はいらぬ狸の皮算用でしかなかった。彼女を盾として使ったとしてももはや時間稼ぎにしかならないだろう。嫌なものだ、ジョーカーを握っていたと思ったらそれはもうただの最弱札になりさがったのだから。
ならばどうするか?
真正面きってからの戦闘はバカらしい。それこそ雑兵のように蹴散らされて終わりだろう。
それこそ今までの経験を活かすしかない。
どんな手段を使ってでも……殺す。
そう決めたら自然と身体が動き始めた。
腰に手をやり装備の一つであるクナイを取りだし、八神朗人に向かって投げる。
それを奴はほんの半歩動いただけでかわす。だが間髪入れずに他のメンバーからもクナイが放たれていき八神朗人はその場から動かざるを得ない状況にした。
ガシャン、とすぐに腰には新たなクナイが生成され、俺はそれを再び取り出す。『知られざる罪』の機能の一つクナイの自動生成。これもどういう理屈かは知らんが延々とクナイができるので武器がなくなるということはない非常に優れた機能だ。
なんでもこの機能は最初期に作られた装甲兵器、器用貧乏から受け継がれたそうだ。
器用貧乏とは話を聞く限り、とても人間が扱えるものではない装甲兵器だったらしい。まず変形前から相当の重量があり持ち運ぶのにも一苦労であったらしい。だがそれをこえて管理局内で有名になったのはその性能からだ。器用貧乏はその状況に応じた形態に変化させることができ、装着さえできれば無類の強さを発揮できると言われていた。
だが、結局器用貧乏は日の目を見ることがなくお蔵入りになったらしい。だがその性能はあまりにも高かったために苦心の策として後継機にその性質を継承していくということで解決したらしい。それが俺たちが今使っている『知られざる罪』に受け継がれているということだ。
受け継がれた要素はステルス、クナイの自動生成。
二つしか受け継がれなかったのか、と思いもしたがコストなどを考えたらこれが精一杯だったのだろう。だがそれでも俺たちには頼もしい相棒となっている。
そして俺は奴の移動する先にクナイを投げる。
案の定、奴はそのクナイをなんの苦もなく避けた。だが甘い、俺の狙いは二撃目だ。
闇の伍、大島の投げたクナイが間髪入れずに八神朗人に向かう。それを奴は素手でつかんだ。
「どうしたぁ! こんなもんかぁ!?」
感情が高ぶっているのだろう。八神朗人は吼えるように言う。
そこにわずかな隙ができた。その隙を狙って闇の二、クナイを持った小枝が気配もなく音もなく背後から襲いかかる。よくあそこまで近づいた小枝! それにその背後には闇の四、新城もいる。
「そ、こかぁ!」
ギリギリのところで反転し、寸でのところで回避される。
だが小枝の一撃はかわされたが、続く新城の跳び蹴りは八神朗人の胸元へ突き刺さった。
体勢を崩した八神朗人はそのまま後ろへあとずさる。紙一重でかわすのが向こうはうまいが、それは逆を言えば一度崩せばもろいということにほかならない。
そして続いて上空から大島がクナイを持ち八神朗人の肩を思い切り刺した。
嫌な音が聞こえ、小さい苦悶の声が八神朗人から漏れる。そうだ、普段通りの俺たちでやればこんな風に災害相手でも立ち向かえる。確実に戦力をそいで、殺せる。
だがその直後だった。
「グが……!?」
肩にクナイを刺されたままなのに。八神朗人は右手を背後に伸ばして大島の顔をつかみ、そのまま……
「千切れろ」
強引に力技で、その頭を引き抜こうとした。
そしてほんの数瞬後、ミチミチ、と音がして大島の頭は無惨にも身体と離ればなれになってしまった。
大島の首から上はなくなり、統率する脳を失った身体は血をごぼごぼと噴き出しながらフラフラとよろめき、自然と倒れた。まるで出来の悪い映画のようだったが、今目の前で起きていることは俺たち降り掛かっている現実である。
それから八神朗人は肩に刺さったクナイを引き抜きながら返り血を拭い、唾を吐き捨てた。
相手は悪魔憑きとはいえ、これは尋常ではない。
恐怖が他のメンバーに伝染したのか小枝と新城はすぐさま距離をとって身構える。だがそれすらも今は虚勢にすぎない。それを見越しているのか八神朗人は鼻で笑っていた。
「おいおい、これがあの暗殺部隊か? ストレートすぎる名前はともかくとしてもうちっと俺を殺そうとする気概はないのか?」
気概、か。気軽に言ってくれる。自分がどれほど規格外の存在なのか理解していないのか、それとも理解した上で言っているのか。どちらにせよこの男は、正真正銘の化け物だ。
「ったく、さっきの罠やらこの辺の暗転とかよくできてるから警戒したのに、この程度かよ。どうする? 今なら華音ちゃんを解放するだけで手をうってやるぜ?」
それで命を確保できるのなら安いものだが、あいにくと八神朗人が約束を守るという保証などどこにもない。むしろ腹の中ではあのお姫様を返した瞬間に全員殺されかねん。むしろその可能性の方が濃厚だろう。
最悪だ。
なぜ異端者にここまで俺たちが追いつめられなければならない?
また一人殺され、向こうには譲歩の条件まで出される始末だ。許しがたい、あまりにも許しがたい。異端者である八神朗人自身にもそうだが、なめられている俺自身にも。
俺はなんのために隊長を殺し、この立場についたのだ。一人でも多くの異端者を狩るためだ。この任務もこれからの足がけのために華麗に達成するはずだった。
なのに、現実はこのざまだ。
どうして自分が許せよう。
『お母さん……動いてよ』
ふと脳裏にかつての後継が蘇る。パンドラカラミティ以降に発生した悪魔憑きという人間を逸脱した化け物共。
そのせいでたくさんの人々が悲しみに包まれた。
そんな輩に、ウソかもしれない譲歩を出された。
『お母さん……』
今でも覚えている。悪魔憑きに母親を殺されたあの子どもの嘆きを、悲しみを。
俺はあのとき、なにもできない無力な男だった。だがそんな子どもたちを一人でも減らすために俺はこの道を選んだ。人殺しをしようがなんだろうが、悪魔憑きを狩ることができるのなら喜んで要人の暗殺だって請け負う。それが結果的には人を守ることに繋がっているというのならそれが俺の道なのだ。