三章-3
あの人の様子を見る限りまともな集団ではないことは確かだ。病院に被害がでていなければいいのだが……
嫌な予感が俺の背筋に悪寒となって走る。
いかん、落ち着け。頭はクールに、だけど行動はスピーディーに。
悪魔憑きの身体能力であれば森を抜けて病院に戻るのは数分とかからない。
全力で走った結果か、思ったよりも早く病院についた。だが病院に変わった様子がない。
まだ仕掛けられていないのか? いや、その線は薄いだろう。考えられるのはすでに仕掛けられているが、まだ病院内で異変として察知されていないというところだ。
不安が押し寄せ、夏場特有の湿った暑さもあいまって吐きそうになる。
「おい兄ちゃん、そんなとこでどうしたい?」
ここで後ろから話しかけられる。振り向いてみるとそこには吉田さんがいた。
「吉田さん。すいません、病院でなにか変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと? そういやさっき窓ガラスが割れるような音が聞こえたけど……それがどうしたんだい?」
「ありがとうございます。詳しいことは言えませんが、病院がヤバいかもです」
「? なんかわからんが……おじさんに協力できることはあるかい?」
「窓ガラスが割れた音の方向を教えてください」
「多分二階だったと思うけど……あ、速い」
吉田さんの話を聞き、すぐさま行動に移す。すみません吉田さん、今度なにかおいしいものをごちそうしますから許してください。
急いで正面玄関に走り込み、ドアを半ば強引に押し開け二階の方へ向かう。途中で恭二医師とすれ違うが、挨拶をしている余裕はない。俺は真っ先に華音ちゃんがいそうな図書室へと向かう。
数十秒も経たずに図書室に駆け込む。
図書室は既に荒らされた後だった。
窓ガラスは割られ辺りに散らばっており、椅子が転がっている。
「遅かったか……!」
「ちょっとアギトさん! 廊下は走らないでくださ……これは!?」
遅れてやってきた恭二医師も驚愕の表情を浮かべる。当たり前か、自分の病院があらされているところなど普通は想像もしないだろう。
しかし今はそれに構っているところではない。俺は周囲を見渡して彼女がいた痕跡を探す。床の一部が光っている。そこに向かうと、彼女が今日つけてきていたアクセサリーが落ちていた。
ドクン、と心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
病院にまで手が伸びているのはわかった。それで敵さんの狙いが俺ということもわかった。だが、敵さんはやってはいけないことをやってしまった。無関係、というわけではなくなってしまったが華音ちゃんを狙ったこと、そして病院に被害をもたらした。
殺せ、という言葉が頭に浮かんだ。
相手を見つけ、原形をとどめることもなくいたぶってから殺すということを考えついた。
と、わずかにミシリと天井の方から音が聞こえる。
ああ、どうやら天井に敵がいるらしい。そう感じた瞬間、身体が勝手に動いた。
転がっていた椅子に足をかけ、天井に向かってとんだ。
一見すると何もないような天井だったが、目を凝らせばぼんやりとだが人影が映っていた。そこに迷うことなく跳べば、相手の身体をつかむことは容易い。俺の右手は見えない敵の身体の一部をつかみ、そのまま引き下ろした。
落下した相手は下にあった机を壊し、その姿を現した。
暗視ゴーグルをつけた顔、迷彩服。それを覆うような機械の腕、足。どうやら装甲兵器をまとっているらしい。ただ、今の一撃で当たりどころが悪かったのだろう。その機能の一部、おそらくはステルス。それがだめになったと見るのが妥当だろう。
なんだ、それなら何も怖くない。
着地しすぐに手を相手の首元へ伸ばす。それを寸前で相手は横に転んで回避、すぐに立ち上がって距離をとった。
どうやら思いのほか身体能力は高いようだ。
だがそれでも関係ない。むしろ処刑するまでの時間が延びたのは向こうの不幸だろう。
「観念しろ……お前には聞くことがあるからな。その後に殺してやる」
「ほざけ……記憶喪失の間抜けが。まぐれの一撃でステルスを壊したところでまだ私には……アガッ!?」
「間抜けはお前だ。敵の前でぺらぺら喋りやがって……その傲慢が隙を作る」
喋っている間に距離を詰め、のど元に今度こそ手を伸ばしてつかむ。
ほんの少しだけ力を込めるとミシッという音が聞こえる。
装甲兵器には弱点がある。機動性を確保するために間接はどうしても他よりも装甲が薄くなりやすい、あるいは全くと言っていいほど強度がない。それをわかった上でなのか、わかっていないほどの阿呆なのかは定かではないが隙を作るということはそれだけ危険を伴う。この装甲兵器を見たところ暗殺を主とするものと見て間違いはないだろう。
そんな装甲兵器を扱うならばまずは油断をなくさねばならない。こいつにはそれが欠けている。末端の人間と見ていいだろう。
そして……
「わかりやすい行動もさけなきゃな」
右腕の装甲を蹴りで破壊する。
挙動があるだけですぐに情報は割れる。可能な限りノーモーションで動いていくのがベストだろう。でなければ死ぬだけだ。今のこいつのように。
ああ、しかしこれはこれで一つ残念なところがある。確実に恭二医師には俺が人間ではなく、悪魔憑きということがばれてしまっただろう。それはしかたのないことだ、冷静になりきれていない俺が悪い。
「さぁて、とりあえずは吐いてもらおうか……華音ちゃんをどこにやった? 言わなかったら、わかるよな?」
腕に加わる力をさらに強くする。向こうは殺されるかもしれないという緊張感からか筋肉が固まっているように思う。それと呼吸が浅い。はぁ、これが暗殺を生業とする部隊の人間なのかと思うと辟易する。小さい頃の暗殺部隊のイメージを崩されたような気分で正直嫌味の一つでも言いたくなる。
だが、これならコイツもおとなしく場所を教えるだろう。この手の人間は自分より強いものにはおとなしく従うという面を見せるものだ。確証はないのだが、確率論だけでいえば期待できる。
「わ。わかった……言う……」
案の定、すぐに向こうは口を開く。
「そうだそれでいい……で、どこだ?」
「お、お前が目を覚まして出会った最初の悪魔憑きとはち合わせた倉庫だ……」
「本当か? ウソだと判断したらこのままくびり殺すぞ」
「これ以上は指示待ちだったんだ! 本当だ!」
「あ、アギトさん……た、多分その人の言ってることは本当だと思います」
「恭二医師?」
「自分が殺されるかもしれないという状況で嘘をつける人間なんていません。実際、その人はおびえています……なので嘘をつく理由はないかと……」
「……よかったな、信じてもらえて。だが……」
首をつかむ力を緩める。それに安堵したのか向こうは筋肉のこわばりが取れたようだった。甘いな。
油断している隙をつき渾身のストレートを腹部に叩き込む。
同時に装甲兵器は砕け、パーツがバラバラに飛び広がり向こうは油断していたこともあってか完全に気絶をした。
よし、これであとはどうにでもできるだろう。
「恭二医師、よろしければ紐を持ってきてくれませんか? 大急ぎで」
「わ、わかりました」
少し俺を恐れている様子だったが、恭二医師はすぐに外に出ていった。
そして二分も経つと紐を持って戻ってきた。俺は感謝の言葉を述べながら暗殺者の身体を脱出できないように何重にも紐を巻いて放置する。
「さて、これでひとまずは終了……ってわけにはいかないか」
「ええ。僕も状況を知りたいです、ですが、華音ちゃんを助けられるのなら急いだ方がいいです、話はそれからでも遅くありません」
「助かります。それじゃ、後で俺よりも詳しそうなのが病院に来ると思いますので原因はそちらから聞いてください。俺のことは全てが解決してからでも」
「ええ。華音ちゃんを頼みますよ」
言われずとも、そう答えて俺は窓から飛び降りた。