二章-7 アヴェンジ
それを前にかがんで回避、振り切ったのを好機と見て、踏み込んで拳を顎に打ち込む。
だが手応えが薄い、とっさに向こうも飛んで威力を逃がしたと見るのが妥当だろう。このバンダナと金髪、わかってはいたがレベルが影山とは違う。あいつを小悪党ととるとしたら、この二人は幹部怪人クラスの強さだ。
そんな二人をどこからともなく呼び出したのは間違いなく愛野さんだ。
幻影、というわけではない。あの青年コンビの攻撃は俺の身体にダメージを残していった。しかも重いのを。
相手は実体を持つものの意識はないということもわかる。
つまり彼女の能力は何かを呼び出すということに特化しているということがわかる。そんな悪魔憑きは聞いたことがないのでおそらくは希少な能力なのだろう。
強い能力だ、と思う。
詳細はわからない。対応策も思いつかない。
そんな状況ながら俺は思わず楽しい、と思った。自分の顔が笑っていることがわかる。どうやって倒そうか、そう考えるだけで楽しい。
「こんな状況で笑うんですか? 理解できませんね」
不服そうな声で愛野さんは言う。
そうだな、この感情は自分でも理解できない。だけど考えるんじゃない、感じるんだという言葉を思い出す。それが今の俺にはぴったりだろう。
「さぁ、愛野さん。俺を満足させてくれよ」
「……心と呼んでください。隊長が記憶を失う前にはそう呼んでもらっていましたから」
「そうかい。じゃあ勝ったらな」
起き上がりトントン、と軽く跳んで俺は踏み込んだ。
それを阻むかのように二人の青年は俺の前に立つ。
厄介なのは金髪の方、もう一人のバンダナも厄介と言えば厄介だが質の違う厄介さだ。最優先に除去するのは金髪の方だろう。あの速さは脅威の一言に限る。目にも止まらぬどころか瞬間的に視界からすら消えるのはすでに奇術のようだ。
そして視界から金髪が消え、横から鋭い蹴りを浴びせられる。防御する間もないその一撃には容赦ない重みがあり完治していない身体には正直辛いところだ。
だが、伸ばしきった足を捕まえる。それに愛野さんは驚愕の表情を見せていたが、こちらには関係ない。チャンスだ。
捕まえたまま地面に投げ捨て追撃に全力で拳を打ち込み、ゲホッと金髪はむせ込む。影山の影と違いダメージは残るということか。これは収穫である。確実にダメージを与えられるなら勝機はあるというものだ。
さらに言えば、戦っているのは俺だ。どういうわけだか俺の頭の中に負けのイメージはない。どうしてそうなのかはわからないが、自信を持つことはいいことだろう。
と、考えた時に背後から先ほど同様怖気を感じる。いわずがもな正体はバンダナである。
彼も速いが、金髪に比べればだいぶん対処が楽だ。
とはいえ切られたら元も子もない。すぐにその場を移動し攻撃を回避、地面から砂をすくいあげ投げつける。これによりとっさにバンダナは目をつむり、視界を封じることができた。
——まず一人だ。
まだ倒れている金髪に向かい、そのまま頭をつかんで起き上がらせ近くの木に叩き付ける。金髪からは血が流れた。
「へぇ、血まで出るなんてリアルだなぁ」
そのまま金髪の頭を全力でもう一度打ち付ける。
するとどうしたことだろうか、金髪の姿が消えてなくなっていく。まるで光の粒子になっていくように……
「……まさか具現化程度の存在とはいえ、今の隊長が副隊長を倒すとは思っていませんでしたよ」
「副隊長、つまりこの金髪は俺の部下だったってことか。しかし、具現化っていったな? ヒントをどうも」
しまった、と彼女は口をつぐむ。だが今さら遅いのである。
具現化、というと商品のアイディアを実現化するっていう意味合いの時に使うものだが、どうやら彼女の使う意味合いは別のものらしい。それをつかめば勝利は確定的なものとなるだろう。
まぁとはいっても大方の予想はつく。まさに言葉通りにとる、というやつだ。
「さて、ここで一つクイズの答えでも当ててみようか」
「クイズ?」
「そ。お題はそうだな……『愛野心の能力』について」
ピクン、と愛野さんの耳が動く。
それと同時に視界を取り戻したバンダナが切り掛かってくる。
俺はその斬撃を軽く横に跳んで回避、すかさず蹴りを頭部に打ち込みバンダナを転げたおす。今の一撃はなかなかいい感じだった。少しの間起きあがってこれんだろう。さて、と一息ついて俺は自分の説を提唱することにした。
「まず君の能力だが……実体のある人形を作り上げる、というのが俺の簡単な答えだ。しかしそれだと今蹴り倒したバンダナがいる説明にならない。なぜなら、このバンダナは俺が夢で見た男だから君が知り得るはずないんだ」
「……」
黙り、か。まぁそれもいいだろう。
俺はかまわず口を開く。
「ならばどういうことか? 俺はそれも少し考えたが、すぐに答えが出た。間違いだとは思わんが、間違いなら間違いでかまわない。新しく理論をでっちあげるだけだ」
「……その答えとは?」
「ズバリ、対象が『強い』と思う人物、あるいはそれに準ずる何かを呼び出す能力だと見た。ランダム性は高いが、脅威になる能力には違いないな」
「……ズバリその通りです。時と場合によっては相手のトラウマになる人物も出てくるのでいい能力ですよ。私はこれを『心の痛み(マインドペイン)』と呼んでいます」
マインドペイン、ね。文字通り、というわけではないが恐ろしい能力だ。数にも制約がついているだろうが、こと対面勝負で不利に働くことはないだろう。いや、一対多でも数をある程度カバーできる。そして話していない、見たこともない相手を呼び出せるということは相手依存。これで彼女の腕が確かなら負けはないだろう。
だが、すでに愛野さんの表情は敗北を認めている顔だった。
「私の負けですよ。記憶を失っているなら勝機はあったんですが、この短い時間にそこまで看破されるようなら最初から私に勝機はなかったですよ」
アハハ、と乾いた笑いがこぼれる。少々あっけないが、これで終わりということだろう。
しかし戦いが終わる前に聞きたいことがある。
「なぁ、金髪の方は知ってたみたいだけどバンダナの彼の方は知らないか?」
「いえ、私は知らないですね。隊長が強いと思う人物を呼び出したんですけど……むしろ呼び出して強さにあぜんとしました」
「……まぁ俺も過去にあったとしても今は初見だったし、手こずったのは確かだな」
「アレで八割程度の強さなんだから驚きですよね」
「……八割?」
「ええ。しょせんは具現化で作り出した偽物、本物にいたるまでにはいきません」
なんてこった、あの速さが八割程度とは。そうだとすると本来のスピードはどれだけのものだろうか。想像するだけでも恐ろしい。
「まぁしかし負けを認めるならあのバンダナも早く消してくれないか? そろそろ戻らないと華音ちゃんが心配しそうだし」
「隊長……あんまり一般人の子に肩入れしちゃいけませんよ? 彼女はいい子かもしれませんが一般人です。あまり私たちの世界に触れさせることは得策ではありません」
「んなこといったってなぁ……って、早くあのバンダナの青年消しなさい」
「はいはい」
愛野さんは指をパチンと鳴らす。
だが、バンダナが消える気配はなくいまだに存在していた。
「……あれ?」
これには彼女も予想外だったのか何度も指を鳴らしてバンダナを消そうと試みるも、消える気配は全くなかった。これはどういうことなのだろうか。
「……ろす」
バンダナは小さく何かを呟く。よく聞こえなかったが、非常に恨みのこもった声だということがわかる。しかもわずかに聞こえた部分からその内容を察するには難しくなかった。
「殺す、ねぇ……」
「そんな! 私が具現化で呼び出した者は人形みたいな存在なんですよ!? そんな存在が喋るなんて……!」
「まさに『キャアアシャベッタァアアアアア!?』っていうことだな」
「そんな冷静にしゃべってる場合ですか!? こんなことになったことないんでわからないですけど、多分これよからぬ状況ですよ!」
あわわ、と困惑した表情で愛野さんは慌てているが、問題はない。さっきまでの対戦で実力は俺の方が上だ。しかし、夢の通りだとしたら……まずいことになる。
「……ろす……殺す……コロス!」
バンダナの手にどこからか篭手が装備され、刀を鞘へしまう。
……あ、これはまずいパターンだ。
「アヴェンジ!」
そして彼は叫ぶ。人類が悪魔憑きに対して開発した最強の兵器を起動するためのキーワードを。
篭手は分解され、フェイスガードが現れる。
右腕には橙を基調としたアーマーと大剣を、左腕には同じく橙を基調とした楕円形の縦が装備される。これは、夢にも出ていない装備だ。
装甲兵器。質量保存を無視した装甲の展開が特徴だが、相変わらずすごいものだ……
(ん? 今俺相変わらずだって考えたか? つまるところ俺は他の装甲兵器も見たこともあるのか……?)