二章-6 二人の青年
さも当たり前のように彼女は言い、俺の手を引こうと手を差し出す。一瞬俺はそのことに理解を示すことができずポカンとするが、意味を理解しておれ果てを引っ込める。危うくそのまま手を差し出すところだった。
「な、なんで手を引っ込めるんですか?」
「いやぁ、だって俺管理局とかうさんくさい組織に行きたくないし……」
「う、うさんくさい!?」
うん、とうなずいて答える。だってドコから出たかもわからない超兵器を使用している組織とか怪しすぎる。治安維持を目的としているとはいえわからないものをうさんくさく思うのは人として仕方ないと思う。
まぁ、俺自身もそのうさんくさい組織にいたということらしいので、俺も大概にうさんくさい人物なわけなのだが記憶がないからノーカンということにしておきたい。あ、記憶がない時点でうさんくさいか。
だが、彼女が俺を知っているということはウソではないだろう。よどみなく嘘を言える人間というのもこの世の中には確かに存在するが、彼女は俺の写真を持ち探していたという。そういう人を疑うのはよくないと思う。もっとも、その気持ちを裏切るような真似をしているということも本来はいけないことである。
そもそも、だ。彼女の言う通りなら俺は彼女から以外にも捜索されてもいいはずだ。
なのに、現実は彼女しか俺を捜していない。これはちょっとおかしくはないだろうか? もちろんこれが俺の気のせいならばいいのだが、あいにくとそう楽観できるほど俺は人間ができてないらしい。
「で、でも管理局なら最新の設備で治療できますよ!」
「いや記憶に関することってキッカケが必要なだけであって、別に最新設備で治療したら治るってわけじゃないですよ」
華音ちゃん、ナイス。
「まぁ、というわけで諦めてくれると助かるんだが……」
愛野さんの方を見てみるが、納得していないという顔だ。
当然だろう。これはあくまで俺という一個の存在が拒否する理由であるというだけであって、それが他人を納得させるということまでにいたるわけではない。ましてやこれだけわがままなのはむこうとしては不服だろう。
かといって俺も譲る気はない。
「だったら、勝負です」
「勝負?」
「もしも私が隊長を撃ち破ることができたら、その時は隊長は私についてきてもらいます……! これに拒否権はありません」
「おいおい。バトル脳かよ。漫画じゃあるまいし、そういうのは流行らないと思うぜ」
「逃げるんですか? こんなか弱い女性である私から?」
「……自分でか弱いとかいう奴はたいがい強そうなんだが……ま、いいや。乗ってあげましょう」
「アギトさん、大丈夫なの?」
少し心配そうに俺を見つめながら華音ちゃんは言う。俺はそれに手を頭にやってなでるという形で彼女を安心させる。
大丈夫だ、俺は強い、というのはいささか自信過剰だろうがそこそこ強い悪魔憑きには違いないだろう。後は油断しないように叩くのみだ。それに乗らないと愛野さんは諦めてくれないだろうしな。
「さぁ始めようか」
「え、外出許可ですか……?」
恭二医師から凄く嫌そうな顔をされた。
まぁ前回の例があるから仕方のないことだし、今回の理由を聞いたらなおのこと許可は出ないだろう。
さてどうでっちあげるべきか……
「失礼。貴方がこの病院の院長ですか?」
「いえ、違いますけど……貴女は?」
恭二医師の意識が愛野さんの方に向く。どうするのか大変見物である。
「私、管理局のもので愛野心と申します。実はこのたび彼が彼女を助けるために倒した輩が指名手配中の犯人でございまして、その感謝状を授与するために管理局の方へ出向いてもらいたいのですが……」
「指名手配中の犯人。そりゃまた……って、アギトさんそれでよく無事でしたね」
まったくもってそうですね、と答えておく。
これ以上恭二医師には変な印象を与えておきたくない。もう手遅れかもしれんが。
それから数分ほどさらに愛野さんは説明をして恭二医師から外出許可をもらうことができた。
ありがとうございます、という愛野さんの微笑みはわずかに黒かった。
とりあえずと場所を移動することになり、病院の近くの森林でやることになった。距離は病院からそれほど遠くなく、かといって近すぎない。このくらいの位置ならば問題なく戦闘を行えるはずだな。
音も病院には聞こえるはずがない。今回は病院に華音ちゃんはおいてきた。心配だからといってこないようにとも釘を刺しておいた。これで遠慮なく互いに暴れることができる。
「さて、愛野さん。やろうか」
「ええ。手加減はしませんよ」
彼女は髪を後ろで結び、同時に目つきがかわる。
「最初から全力全開でいかせてもらいます!」
パチンと指を鳴らすと同時に木々の隙間から二つの人影が現れる。だがそれに気配はなく、人かどうかわからない。しかしそれはそうだった。何せその人影はまだ黒かった。
……うん、ちょっとよくわからないが影山の“影の騎士団”とは違うのはなんとなくわかる。そう思うと同時に人影には実体がついてくる。
一人は金髪の長髪の男性、目つきは鋭く容姿は非常に整っているので女性にはよくもてるだろうというのがよくわかる。しかしその目には生気がなく人形を思わせるような印象を与える。
そしてもう一つの人影は、夢で見たあのバンダナを巻いた青年だった。
どういうことだろうか、確かに見たことがあるかもしれないという記憶はあるのだが、それに確証はなかった。それに彼女もあの夢で見た青年のことは知らないはずだ。なにせ華音ちゃんにも言ってない。
「さぁ隊長、ショウタイムです」
俺の考えを遮るように彼女は口を開く。先ほどまでとは違う低い声音。さっきまでは多少陽気なお嬢さん、といった感じだったがどうやらこちらの方が素らしい。
とはいえ、まだ能力の趣向がわからない。様子見をしながらここは……
そう考えた瞬間だった。
金髪の青年がほんの一瞬のうちに俺の目前まで迫っていた。しかもすでに攻撃のモーションにまで入っている。
——速い!
とっさにバックステップで回避しようとするが、それよりも早く拳が俺の顎を打ち抜いた。グワン、と脳が揺さぶられる。
そのまま後ろへ身体がのけぞり、地面に倒れるとまではいかなかったがそこそこの距離を飛ばされた。凄まじい速さから繰り出される拳は通常の拳よりもはるかに重い一撃だった。先日争った影山とは大違いの強さだ。
直後、背筋にゾワリと悪寒が走り。その場から転がって移動すると直後に何かが空を切る音がした。
視線を移せばそこには夢で見た青年が日本刀、おそらく小太刀と呼ばれるものを持って立っていた。空を切る音はあの小太刀によるものだろう。直前で気づけてよかった。音の位置から察するにあのままだと俺の首が飛んでいた可能性がある。とても俺を連れて帰ろうと考えている人間のすることとは思えない。
だが動きは金髪の青年よりも遅い。こちらから対処すれば勝機は見える。
手近にある小石をつかみ、バンダナの青年に全力で投げつける。
たかが小石と侮る事なかれ。小石も悪魔憑きが使えば銃弾にも匹敵する武器になり得る。悪魔憑きにも種類はいくつかにわかれるが生身の悪魔憑きになら致命傷を与えることもできる。
もっとも、それは当たればの話だが。
小石は当たる直前に金髪の青年によりたたき落とされる。まぁあの速さなら当然の帰結と言ってもいいだろう。
油断をしているつもりはないのだが、俺の想像以上にこの二人は強い。
ならばどうするか? 勝つためにはどうすればいいのか?
そんな思考の間にも青年たちは俺に向かって突撃をしてくる。しかも一人はめっぽう速いときて、もう一人は一撃でも当たると致命傷になりかねない。
金髪の青年、いやややこしい。金髪は先ほどと同じように距離をつめ俺に一撃を加えようとするが、その攻撃方向を予測。ほんの数センチずれて攻撃を回避、カウンターに蹴りを放つが向こうの速さによってその攻撃が当たることはなくむなしく空を切り、さらにカウンターの拳が俺の腹部に突き刺さる。
ズシンと重い一撃が身体に伝わり、今度は身体が宙に浮き木々に向かって吹き飛ばされ、一本の木に背中から叩き付けられる。そこに続いて追撃するようにバンダナが俺の首筋を狙って小太刀を向けて襲いかかる。