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喪失者の道中  作者: 法相
二章=アギトを知る者=
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二章-4 愛野心

「……流石に一人で探すのには無理があったわね」

 あの男を管理局の支部にひっ捕らえて三日の時が経ち、私はもう何人目かわからない人に写真の人物に心当たりがないかと聞く。結果は空振り、相手に「スミマセン」と言って解放する。

 三日と言えば本格的な捜査から見ればまだ序の口と言った日数なのだろうが、あいにく私の気はあまり長くない方なのだ。これ以上まごつくのは本意ではない。とはいえ独断で捜査できる権限を持っていたのはいいが、やはり人探しというものは人員がいるらしい。

 かと言って所轄の方々にはあの男——報告では影山というらしいが——を取り調べしてもらっているからあまり余計な気を回させたくない。そもそもコレは独断専行なわけなのし。

 はぁ、とため息を吐いて辺りを見渡しスーパーマーケットを見つけ、日射しを一時的に避けるために中に入る。同時に夏の暑い外気にさらされた身体に凍えるほどの冷気が当てられる。

 思わず背筋がブルリと悪寒が走る。夏場なのだから店内に冷房がきいているのはわかるのだが、わかっていても身体は反応してしまう。

 スーパーのこういうところを私は苦手としていた。私は悪魔憑きであるが、身体の仕組みは人間のそれと変わりはないのだ。世間では悪魔憑きが畏怖の対象として見られているが、実際はあまり人と変わりがないので認知を改めて欲しいところである。もっとも、身体能力はその限りではないのだが。

 そんなことを考えながらペットボトル飲料のある売り場に向かいソルティライチというジュースを取る。発売された当初はあまり知名度はなかったらしいが、今では知名度人気ともにあるロングセラー商品だ。こういう夏場に塩分と水分を同時に取れる飲み物は貴重である。最初は隊長に進められて勝ったのだが、今では大好物の一品である。冷凍庫に入れてシャーベット状にして飲むのもまたオツなものである。

 しかし、一本じゃ足りないかもしれない。もう何本か買っておいても損はないだろう。外に出れば直射日光でまた汗が噴き出すことは確定なのだから、そうしておくことにしよう。そう思って手を伸ばすと誰かの手とぶつかり、思わず手を引っ込めてしまう。向こうも同じように手を引っ込めて「すいません」と謝ってくる。気にせずともいいのに。

 顔を見てみると少し幼さの残っている顔立ちをしており、制服を着ているから高校生だとわかるが、それがなかったら中学生に見えたかもしれない。だけどなによりも特徴的なのは日本人にしては珍しく紫がかった髪をしていたということだ。別に染めているというわけでもなさそうだ。

 少し間を置いて「気にしなくてもいいですよ」返す。

「私こそゴメンなさいね、驚いたでしょ?」

「いえ、ボクは大丈夫です。貴女もこのソルティライチを?」

「ええ。おいしいし塩分水分両方取れる便利な飲み物よね」

「そうですね。今日は頼まれて買いに来たんですけど、ボクも好きです」

「頼まれたって彼氏に? こんな暑い日に彼女に買いにいかせるなんて、気の利かない男ねぇ……」

「いえ、仕方ないんですよ。その人三日前に無茶をして病院から外出禁止令をだされちゃって……病院の売店にはないソルティライチをボクが買いに行くって言ったんです」

「病院から外出禁止令って……どんな無茶したのよその人」

 病院からそんなお達しがあるなんてよっぽどひどい怪我をしたのだろう。他人ではあるが容態が不安である。

 と、せっかくだしこの娘にも聞いてみることにしよう。懐から写真を取り出す。

「ねぇ、ここ数日でこの写真の人を見てない?」

 どれどれ、と写真を見る。

「……この人を知ってるのね?」

「え、ええ。でもどうして貴女がこの人を探してるんですか?」

「実はこの人私の恩師みたいな人でね、数日前にこの山口で行方不明になったから捜索してたの」

「貴女は一体……」

「おっと、失礼。偶然話した貴女からこの人を知ってるって情報聞いたから浮かれていたわ。私は愛野心、管理局の者よ」

「か、管理きょ……」

 スッと指をだして彼女の口を塞ぐ。その意味を察してくれたのか彼女は何も言わずうなずく。よろしい、騒いでくれないならなによりだ。

「まぁ、会計を済ませて外で話しましょうか。ついでだから奢ってあげるわ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて……」

 あらま、心なしか警戒されているような。まぁ管理局員ということで警戒されてもしかたないのかな? 場所によっては警察よりも冷たい目で見られることがあるというし、諦めておこう。

 そして会計を済ませ出ていく。すると直射日光が私たちを照らし、夏特有の湿った暑さが私たちを襲う。木陰がある場所を探して近場の公園に行きベンチに座る。

 スーパーのレジ袋から冷えたソルティライチを取り出し彼女に一本投げ渡す。彼女はそれをきれいに受け取り封を開ける。私も一本封を開けて口を付けて飲む。水分を失った身体にはよく染み渡っていくのがわかる。

「……美味しいですね」

 ボソリ、と彼女は呟く。私はそれに同意しながらも本題を切り出すことにした。

「それで、写真の人のことなんだけど」

「その前に聞かせてください。この人は何か悪いことをしたんですか?」

 真剣なまなざしで彼女は聞く。そのまなざしには強い意思が見えた。こういうタイプに嘘をつくとろくなことが起きないから、正直に話した方がいいだろう。

「大丈夫、特に悪いことなんてしてないわよ。神様にでも悪魔にでも誓っていいわよ」

「そうですか。よかった……」

 心底安堵したようで胸に手を押さえて息を漏らす。そんな彼女の表情は同性である私が見てもかわいらしいもので、なんとなく落ち着いた。

「安心してもらえたなら幸いだわ。それにさっきも言ったけど恩師みたいな人って言ったでしょ? ついでを言うとこれは任務に関係ない私の独断専行で他の管理局員は関係ないしね」

「あ、そうなんですか?」

「そうよ。そもそもこの人じゃなかったら私は探そうとすら思わなかったわね」

「と、言いますと?」

「そこは秘密ね。それで、この人をどこで見たのかしら? よかったら教えてほしいんだけども」

「……まぁ隠す理由はありませんので、お教えしますけど」

「話が早くて助かるわ。まぁでも、あの人は元気かしら?」

「とても重傷で運ばれた患者さんとは思えないほど元気ですよ」

「重傷!?」

「え、ええ。命も危ういほどの重傷だったんですけど、今はケロリとしてますよ」

「そ、そうなんだ……」

 信じられない。私がこっちに来る数日の間に一体どんなことが起きたのだろう。少なくとも私が知っているあの人をそんな状況に陥らせるほどの人物は知らない。これは悪魔憑き、装甲兵器使いともに私が知っている限りの話でだが、そんな強者は存在しない。副隊長ですらあの人にはハッキリと「勝てない」と言うのに。

「で、でも今はケロリとしているのよね?」

「ええ。目を覚ました日に暴漢に襲われたボクを助けるくらいには元気です。それが元で外出禁止令をだされたんですけど」

 ふふっと小さく彼女は微笑む。

 ま、まぁ今が無事というのならそれにこしたことはない。むしろ暴漢から彼女を助けたという辺り元気は満タンといったところか。あの人は仮にも悪魔憑き、やはり常人とは違う。むしろ悪魔憑き全体のくくりで見ても異端といえるかもしれないような人だし。

 と、ここで私はあることに気づく。これは大事なことだ。

「ねぇ、貴女のお名前はなんていうのかしら?」

 この少女の名前を知らない。情報を提供してくれる相手の名前を知らないというのは悪魔憑きどうこう以前に人としてどうかと思う。今後お礼もしたいししっかり名前を聞いておかねば。

「あ、そういえばボクは名乗ってませんでしたね。スイマセン。ボクの名前は大鳥華音といいます」

「華音ちゃんか。綺麗な名前ね」

「ありがとうございます。それとここからしばらく歩きますけど問題はないですか?」

「問題ないわよ。そんなに遠いの?」

「距離もそこそこですけど、やはりこの暑さなので体力が続くかなぁと」

「ああ、なるほどね」

 確かにこのうだるような暑さは一歩歩くだけでもなかなかの体力を消費する。私はまだ問題が薄いが、彼女には中々辛いかもしれない。

「じゃあ休憩をいれながら歩きましょうか。その方が貴女にもいいんじゃない?」

「そうですね、そうしてくれると助かります。それじゃ、行きましょうか」

 彼女はベンチから立ち上がり、私もそれに遅れて立ち上がる。

 それから休憩を挟みながら約三十分ほど歩いた頃だろうか、森林に囲まれた病院へたどり着いた。二階建ての構築でところどころボロが出ているが、病院として機能を果たすには問題ないだろう。

 そして華音ちゃんの先導で病院の中へ案内される。院内はほどよいくらいの冷気で空調がきいており、スーパーとは違って身震いするようなことはなかった。うん、ここのお医者さんはよくわかっている。外との温度差はこれくらいでいいのだ。

 そしてあの人がいるという二階の方まで上がると、談話室の方が騒がしかった。何事かと思い耳を澄ませると子どもたちのはしゃぐ声だった。そして、その中にはあの人の声が混じっていた。

 思わず私の足は談話室の方へ向けられた。ある程度早足で、気分が落ち着かなかった。

 そして、談話室につくとあの人は確かにいた。

「ゴリラの話をしよう。ゴリラといえば君たちにはどんなイメージがある?」

「暴力的—」

「毛むくじゃらー!」

「強そうかっこ小並感」

「そう、だいたいそんなイメージだろうね。しかし実際は彼らは心優しい動物でね、実はストレスでお腹や心臓を壊したりするんだ。そしてうっかりその強靭なゴリラパワーで森の小動物を傷つけた時には本気でへこむ森の紳士なんだ」

「以外—」

「ゴリラって優しいんだね」

 そうなんだよ、と言ってあの人は優しく微笑む。その後すぐに子どもたちは散らばり、あの人は「元気がいいなぁ」言って座っていた場所から立ち上がった。

 そして私は走ってあの人の元へ飛び込んだ。

 同時に「ホワイ!?」という台詞も飛び出したが、そのまま彼は後ろへ倒れる。

「てて……だ、誰だ?」

「お久しぶりです隊長! 私です、愛野心です!」

 ついに出会えた、カニバリズム部隊隊長、八神朗人さんと。


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